合わせ鏡のセカイ
レイミーさんとゆったりした時間を過ごし、夕陽の光が窓から射すころ、ドレスに着替え、薄化粧を施されてから髪をレイミーさんに編んでもらう。
今はレイミーさんに梳られているところだ。私の銀の髪がサラサラと櫛になぞられていくのが気持ち良い。
「リン様、当初の予定通りアップに纏めたいんですがよろしいですか?」
「はい、レイミーさんにおまかせします」
鏡の中の私の髪はあっという間に編まれていく。……この編み方はシニヨンかな?
髪を四つの三つ編に編まれ、クルクルと巻かれていく。
「リン様は上と下、どちらがお好きですか?」
何のことだろうと一瞬思ったけれど、髪を纏める位置だよね、きっと。
そういえばうなじを出すとか言っていたっけ。
「うなじを出すんでしょう? なら、中間くらいでお願いします。ティアラも着けなければいけませんし」
「畏まりましたんです」
ムフーとレイミーさんがやる気を見せるように息を溜める。
あ、なんか口調が変わってる。
……興奮とかしていないといいなぁ。
レイミーさん興奮すると暴走するし……。
考え事をしているとレイミーさんの声に引き戻された。
「出来ましたんです。如何ですか?」
合わせ鏡に映された後頭部は綺麗に編まれたお団子が載っている。それを囲むように純白の髪結い紐が巻かれ、まるでリボンのようだ。
私の、髪結い紐を着けていたいって希望を覚えていてくれたんですね。レイミーさんありがとう。
心の中でお礼を言うに留めておいた。今言葉に出したら、多分レイミーさん暴走するだろうし。
合わせ鏡の中の私が右を向いたり左を向いたりして、お団子の位置を確かめていると合わせ鏡の中に何か光が見えたような気がして、それに注意を向けると急にズキリとコメカミに頭が割れるくらいの痛みが走った……!
「……ッ!」
「リン様!?」
咄嗟に目を伏せ、コメカミを押さえる私にレイミーさんが驚愕した声をかける。
「……なんでもないです。少し緊張したせいか頭痛がしただけで、問題はありません」
レイミーさんに言い訳をし、目の前にあるドレッサーの鏡を見る。少し青ざめた顔の私が映っていた。
……なんだったんだろう、さっきの痛みは。偏頭痛?いや、リンの体にそんな兆候見られなかったし、気のせいだろうか。
……脳腫瘍とかはこの年じゃありえないだろうし。よし……。
念のため、レイミーさんに少しだけ外して貰って糸を少し出し、コメカミに当て、自分が独自に編み出した探査の魔術をかける。昔、パパが隠していたネックレスを見つけた時と同じ魔術の範囲が狭い版だ。
「うん、どこにも異常はないみたいね……」
たまたまだったのかな。
レイミーさんを呼び戻すとセバスチャンさんも入って来た。
レイミーさんに聞いたのか、少しだけ表情がいつもより硬い。
「レイミーに聞きましたが、頭痛がすると……。大丈夫ですかな?」
「ええ、問題ありません。探査の魔術をかけてみてもどこにも異常はありませんでしたから大丈夫です。御心配をおかけしてすみません。そしてありがとうございます」
セバスチャンさんに頭を下げ、心配してくれたお詫びと礼を言う。
「御無事なら良かったです。では私は宿の外で馬車を用意して待機しております。まだ、着替えの途中でしょうからな」
ホッホッホとセバスチャンさんが笑う。
……着替えの途中だと言っても後はアクセサリー着けるだけだよ?
まぁ、貴族様って自分が一番見栄えの良い状態の時じゃないと怒り出す人もいるそうだから仕方ないのかな。
セバスチャンさんが退室した後、レイミーさんがティアラとネックレスを着けてくれる。
それと私が編んだレインリリーのコサージュも。
ネクタルの香りがふわりと体を纏い、まるでトレントが側に居るような安心感を与えてくれた。
コサージュとネックレス、両方を着けるとゴテゴテしすぎるかなと思ったけれど、レイミーさんが絶妙なバランスの位置に着けてくれた。
「一流のアクセサリー工房の職人が仕上げたんです。どの様な物を着けてもリン様の魅力を上げこそすれ、損なうような事はありえません」
ニコニコと笑顔で言い切られ、少し顔が赤くなる。
「さ、参りましょう。セバスチャン様がスレイプニルの馬車を出してくれます」
「はい、よろしくお願いします」
レイミーさんの手を取り、静々と歩く。
この一週間のスパルタ教育の成果を今発揮する時だ。
宿の使用人さん達の視線が結構刺さるけれど似合ってないとかじゃないよね?少しだけ心臓の鼓動が上がり、ついレイミーさんを握る手に力が込められてしまう。
「大丈夫です、リン様は今世界で一番女神様に祝福されているお方ですから」
そっとレイミーさんが私にしか聞こえないように呟く。
……何処の聖職者ですか!?私そんな大層なものになった記憶が無いんですが……。
赤くなり、俯きかけた視線を必死で正面に縫いとめ、視線の中を潜り抜ける。
中には貴族の様な人達も居て、自然と耳もそちらに向く。
『まぁ、あの方はどなたかしら。白磁の肌に朱がさして、緊張なさっているのですわね。愛おしいですわ』とか『そうですわね、息子の嫁に是非あのような方が来てくれれば……』とか『不思議な香りがしますわね。……これはネクタルかしら。ネクタルの香水なんて実在したら白金貨100枚は下りませんわ。あぁ、私もできる事なら付けてみたいですわ』とか聞こえてくる。あぅぅ、ごめんなさい、それ私の木の魔力で編んだコサージュです。それとお嫁さんに行く気はまだ無いです!
おっかしいなぁ、星の魔力は出ていないはずなのに。
「リン様がそれだけ魅力的なんです」
レイミーさんが誇らしげに先導する。
すでに外は暗く、それでも体色が白い為、目立つスレイプニルの馬車の前に着くとセバスチャンさんが恭しく頭を下げ、礼をする。
「リン様、お待ちしておりました。まるで星の河で踊る妖精のように愛らしくなられましたな」
何処の乙女ゲーですか!?
でも私が動揺するか試しているんだろう。もう貴族の荒波の中へと放り込む準備はできているんだから。
だから私はニコリと微笑み、お礼の言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます。頼りにしていますね」
「ハハッ!」
セバスチャンさんが腰を折り、再び礼をする。どうやら及第点はもらえたらしい。
セバスチャンさんの手を取り、馬車に乗るとアルカードさんがすでに乗っていた。
「……とても綺麗だよ、リン。まるで月の女神のようだ。羽根がもし生えていたら月に帰ってしまいそうだからこのまま私が抱きしめておきたいな。……永遠にね……」
最後の言葉はボソリと言われたので聞こえなかったのだけれど、どうやら褒められているらしい。
「ありがとうございます。アルカード様。今宵の御相手役を精一杯努めさせていただきますね」
ドレスの裾をつまみ、頭を下げ、上げると同時に柔らかく微笑む。
アルカードさんはしばしボーっと見惚れていたけれど慌てて取り繕うように咳払いをした。
「ゴホン! う、うむ。よろしく頼む。頼りにしているぞ、リン」
今までの教育の成果見せてあげますね、アルカードさん。
私が燃えていると、後から入って来たレイミーさんがヤレヤレと首を竦めるような仕草が目に入った。
あれ、何でだろう?どこかいけなかったのかな?
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