王都到着
馬車の中はとても心地よい。
そもそも空を飛んでいるし、馬車も浮いているのだから全く揺れないのだ。
遊園地の観覧車に近いと言えば近い。当たらずとも遠からずと言った所かな?
窓の外、移り行く景色を見ていたらレイミーさんに話しかけられた。
「リン様。もうすぐ転移門に着きますが通る時に少しだけ気持ち悪くなるかもしれません。魔力酔いとでも言いましょうか。魔力の少ない方は転移門の高密度魔力に晒された時に、馬車酔いと同じような症状を起こすのです」
え、それって魔力が少ない私は完全に酔いそう……。
「魔力酔いに効くお薬はもっているので安心して下さい。もうすぐ転移門をくぐりますよ」
レイミーさんが窓の外を指差したので、見るとストーンサークルを円形の壁で囲んだ様な建物が見えてくる。
スレイプニルの牽く馬車がフワリと降り立ち、そこに立っている衛兵らしき人にセバスチャンさんが硬貨が入っているらしい皮袋を渡す。
皮袋にはアルカードさんの家の紋章が刻まれており、衛兵さんは中身を確認すると皮袋ごと天秤に載せた。天秤の片方には大きさの違う重りが5つ載っている。
「……はい、スレイプニルと馬車、人間3名ですね。結構です。お通り下さい」
衛兵さんが道を開け、ストーンサークルの中央、岩を組み合わせてつくられたらしい門が見える。あれが転移門らしい。
「リン様、レイミー。行きますよ」
セバスチャンさんがスレイプニルを操り、ゆっくりと進んで転移門に入ると、途端に目の前がぐるぐると回るような錯覚を受けた。
なんだろう、洗濯機の中に放り込まれた洗濯物の気持ちというか、泡だて器でホイップされる生クリームのような気持ちというか……。
「うぇっぷ……」
乙女にあるまじき声をあげ、妙な浮遊感を味わう。
レイミーさんをチラリと見ると平然としていた。
「リン様、大丈夫ですか? もう少しで着きますので我慢なさって下さいませ」
レイミーさんが隣に腰掛け、背中をさすってくれる。あぁ、優しいなぁレイミーさんって。
そのまま、レイミーさんに寄りかかるとしっかりと抱きとめてくれた。おかげで大分楽になったような気がする。
「……着きました。リン様、大丈夫ですか?」
レイミーさんが心配してくれたので、私もなんとか笑顔を浮かべ返事をする。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
レイミーさんに背中をさすって貰いながら、それに対する礼を言う。
「リン様、レイミー。王都に着きましたよ。ここはまだ郊外ですが、それでも大分栄えている事が見てとれますね」
御者台へ続く小窓を開けたセバスチャンさんの声が聞こえる。
その言葉に窓の外を見ると大きな塀と街、そしてそれを更に上回る大きな白い宮殿が見えた。街の塀は向こう側が見えないくらいだから目測で直線3000オルム(3km)くらいはあるだろうか。
「うわぁ……。すごい……」
「本当ですね。私も王都は初めてですけれど、ここまでとは思いませんでした」
私の言葉にレイミーさんが返してくれる。
「このまま宿に向かいます。レイミー、リン様のお召し変えは任せましたよ」
「はい、畏まりました」
セバスチャンさんの声に馬車はゆっくりと進む。
王都の門を潜り抜ける時に衛兵さんが敬礼をする。
何故スルーパス?と思ったけれど当然か、アルカードさんの家の貴族の紋章が馬車に彫られているし、スレイプニルなんてそもそも貴族くらいじゃないと維持できないからだ。
ちなみにアルカードさんの家の紋章はグリフォンが槍を持った意匠をあしらっている。
黒き翼だから悪は見逃さないって意味がヒシヒシと伝わって来そう。
「そういえばアルカードさんの家族って居ないんですか?」
ふと疑問に思ってレイミーさんに聞いてみる。
「それは……。いえ、私ごときが喋って良い事ではありませんね。もし興味がお有りでしたらアルカード様御本人に聞かれるとよろしいかと」
あまり話題に出したくないみたいだ。
少しだけ哀しそうに俯いたレイミーさんに私は謝っておく事にした。
「ごめんなさい、そうですね。勝手に他人のお家の事を話題にするなんて配慮が足りませんでした」
ペコリと頭を下げる。
その仕草に少しだけホッとした様子のレイミーさん。
居たたまれなくて他愛も無い話を振り、しばらくすると馬車が止まった感触が伝わってきた。
「リン様、着きました。ここの宿の一室を借りていますので、休憩と夜会の準備を致しましょう」
どうやら宿に着いたようだ。真っ白い外壁でアルカードさんの別邸とは言わないまでも、ちょっとした貴族の屋敷にも勝るとも劣らない外観だ。
歩いている人や馬車も高級感溢れる服を着ている。王城に近いせいだろうか、庶民街よりもここは貴族街といった風体だ。
レイミーさんが馬車の扉を開き、私の荷物が入った鞄を持ってフワリと降り立つ。
足音がしなかったのは風魔術でも使ったんだろうか。それとも街の喧騒にまぎれて聞こえなかっただけなんだろうか。……うん、たぶん前者かな。
「リン様、お手をどうぞ」
セバスチャンさんが手を差し出してくれた。
私はその手を取って、馬車から降りる。
と、地面の感触に慣れなかったせいかフラリと立ちくらみに似た感触が体を襲う。
「ぁう?」
「おっと、危ないですぞ。大丈夫ですかな?」
倒れかけた私の背にセバスチャンさんが手を当てて支えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「なんの、レディーを支えるのは執事としての役目で御座いますから」
ホッホッホと笑い、セバスチャンさんがニコリと微笑む。
やーめーてー。至近距離でそんな事されたら腰が砕けるから!
「レイミー。リン様をお部屋までお連れしなさい。少し休ませてあげた後、貧血予防にホットミルクをお出ししなさい」
「畏まりました。リン様、お部屋は2階ですが歩けますか? 歩けなければ抱き上げてでも……」
レイミーさんの言葉にブンブンと首を縦に振る。
女性に、しかもレイミーさんに抱き上げられるなんてどんな羞恥プレイよ!
少しだけ残念そうなレイミーさんの様子にセバスチャンさんが声をかける。
「ホッホッホ。では私はスレイプニルを厩舎に連れて行きます。後は任せましたよ」
「はい、では後ほど」
宿に入り、フロントの人から鍵を受け取り、階段を上がる。
内装もしっかりしており、毛足の長い絨毯は音を全て吸収するような作りになっている。
階段も同じ絨毯だけれど、滑り止めの魔術が掛かっているらしく、ヒールがある靴でも問題無く登る事ができた。
部屋に通され、レイミーさんに勧められた椅子に深く腰掛け、一息つく。
「それではホットミルクを貰って来ますので、リン様、少々お待ち下さい」
レイミーさんが退室し、部屋に一人になる。
直にセバスチャンさんも来るだろうけれど、今は束の間の一人の時間を満喫しよう。
テーブルににょへりと体を溶かし、もたれかかる。
夜会の事を考えると緊張するけれど、今だけは良いよね。
何事も切り替えだから。
と、自分に言い訳をする。
その後、テーブルにだらしなく突っ伏している私を見たレイミーさんが定規を背中に差し込んだのは言わずもがなでありました。
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