いたいのいたいのとんでいけ~
「な、何故ですか?」
そうなのだ。ママが言っていたけれど、魔力を形として残せる人間は良くて貴族の飼い殺しと言われていたのだ。
あの時は冗談かと思っていたけれど、アルシェさんの言葉にはどうやら嘘じゃない響きがこもっていた。
それをいきなり黙っておくだなんて……。
「うーん、一番は面倒臭いんですよね。ボクはだらだらしていたいので。後は黒き翼としてあの伯爵がどうこうするつもりも無いようですから、危険性は無いと判断しました」
そ、そんな理由で?
それに、とアルシェさんが続ける。
「お昼に精気を吸いましたけれど、とても美味しかったんですよね。それなら血も美味しいんじゃないかと。ほら、ボク一応吸血鬼ですし。だから遠い王都で軟禁されるよりは近い場所で暮らしてもらえればボクも血を吸えるかもしれないですし」
え、やっぱり私血を吸われるの?
「あ、あの血を吸われた時の妙な気持ちになるのは勘弁して欲しいんですが……」
私はアルカードさんに血を吸われた事を思い出す。
「あー、大丈夫ですよ。何も首筋に牙を突き立てたりしませんので。指の先で針でつついた一滴くらい貰えれば満足できますから」
ダンピールってそこまで吸血衝動強くないのかな?
少し考えて、それならばと頷いた。
「アルカードさんに飽きたらいつでもボクが家事手伝いしてあげますからね。その代わり養って下さい。だらだらごろごろ、略してだらごろしたいので」
なんだろう、このヒモみたいな、共依存な関係を強要する半吸血鬼は。
そしてどうして私の周りには百合百合しい人達しか集まらないの!?
私はノーマルな恋愛したいのにー!
枕をぽふぽふと叩く。
「ぽ、ぽ?」
「ぷ、ぷ?」
ぽむとぽこが慰めるように両隣からくっついてくる。
うん、少し落ち着いた。
「別に血をあげるのは良いんですけれど、痕とか残らないようにしたいです。それにアルカードさんにばれると多分やきもち妬いちゃうので」
そう言うとお昼に貸してもらったソーイングセットが入った木箱に手を伸ばす。
「あー、それは大丈夫です。回復魔法極めてますので、腕とか足とか切り落としてもニョキニョキ生えてきますよ。たけのこやきのこみたいに。ボクはきのこが好きですけどね」
なんだろう、論争が起きそうな話題だ。ていうか魔法って言った!?普通の人が使えるのは魔術止まりなのに、魔法を極めているってどういう事!?しかも欠損部位を気にもせずニョキニョキ生やすって一財産築けるレベルじゃないの!?
……まぁアルカードさんが付けた牙の痕を綺麗さっぱり消し去ったくらいの能力の持ち主だから当たり前かな……。それにダンピールで普通の人ではないし。
そう結論付けて針で左手の人差し指を刺す。
チクリとした痛みと、赤い珠が指先でプクリと大きくなる。
「どうぞ」
「あ、どもども。じゃあいただきます」
アルシェさんが哺乳瓶に吸い付く子供みたいにちぅちぅと私の人差し指を吸う。
指先が舌でなぞられる感触にビクリとするけれど、不快ではない。
どこか頭の芯がジンと痺れるような感覚に、あぁ、やっぱりこの人も吸血鬼なんだな、と思った。
アルカードさんの時より意識がハッキリしているのは首筋とかじゃなくて末端の指だからかもしれない。
それに無心で血を吸っているアルシェさんはなんだか可愛い。思わずピンクッションに針を戻し、空いた右手で頭を撫でたら猫みたいに嬉しそうに紅い瞳を細めた。
「ふぅ、ごちそうさまでした。思ったとおりとても美味しかったです。じゃあ、いたいのいたいのとんでいけ~」
どこか力が抜けるような呪文を唱えると、針で刺した傷は綺麗さっぱり無くなった。
これが魔法……?
ていうか色々と世界の法則無視されているような気がする……。
物思いに耽っているとアルシェさんから声をかけられた。
「どうしてボクに血をくれたんです? 別に強要してもないんですけど」
「あぁ、それは黙ってくれているお礼です。アルシェさん『約束』を違える人じゃ無さそうなので」
あえて『約束』と言った部分に力を込めて見る。
別にした覚えもしたつもりも無いけれど、ここで約束と言ってしまえば、それは真実になる。
一種の詐欺に近いけれど、あえて言葉で縛る。私の血、数滴分で黙っていてくれるなら御の字だ。
それはアルシェさんにも伝わったようで、苦笑している。
「仕方ないですね。その約束受けましょう。でもたまには吸わせてくださいね」
私はアルシェさんの言葉にコクコクと頷いた。
「そういえばアルカードさんの為に使用人さんが血をあげているのに傷痕が無いって事はやっぱりアルシェさんが治しているんですか?」
少し疑問に思った事を聞いて見る。
そうなのだ、この屋敷に来てから手に包帯を巻いた人や傷痕がある人を見たことがない。アルカードさん自体が使用人から血を貰っていると言っていたのに。
なにかしらの治癒魔術をしているものだとばっかり思っていたけれど、アルシェさんの魔法なら頷ける。
「はい、その通りです。見返りとして、少しアルシェにも血を与えてやっていますけれどね」
第三者の低い声が響き、驚いてドアの方を見ると、何時の間に入ったのか セバスチャンさんが立っていた。
セバスチャンさん、アナタ忍者になれるよ……。
アルシェさんも少しだけ驚いたようだ。
五感が人よりも優れているダンピールに気付かせない人って一体!?
本当にセバスチャンさんって何者なんだろう……。
「さぁ、もう日も変わっております。今日の夜には夜会に出席せねばなりません。アルカード様は日光の下へは出られないため、一足早く王都へ着いておりますがリン様は夜が明けたらスレイプニルで向かう御身にございます。アルシェも余り主人の客に夜更かしをさせてはいけませんよ」
「はーい、わかりました」
アルシェさんが少しだけ残念そうに唇の端を舐めながら返す。
その舌の赤さにドキリとしたけれど、これは多分血を吸われたせいだ。この変な気持ちは、うん、きっと、おそらく。
「それではゆっくりお休みなさいませ」
アルシェさんを連れて出て行くセバスチャンさん。今度はドアが開き、閉まるのをきちんと見届けてベッドに倒れこむ。
……アルシェさんはともかくセバスチャンさんはどうやって入ったんだろう。まさか天井に隠し通路があるとか、隠し扉があるとか無いよね?
うん、無いと良いなぁ……。そんな事を考えながら再び眠りについた私だった。
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