暴走メイド
「レイミーさん、あの、ごめんなさい。エプロンドレスに匂いがついちゃって……」
お好み焼きの匂いがついたエプロンドレスをスンスンと嗅いで見る。
うん、やっぱ取れてない。
「良いんですよ~。お返しくださいませ」
そう言うとレイミーさんは少し人気の無い裏通りに私を連れ込む。
そしてエプロンドレスを脱がせにかかった。
「レ、レイミーさん?」
人気の無い所に連れ込まれてしまったのも驚いたけれど、まさか脱がされるとは思ってなかったので、声が震えてしまう。
「あの、洗ってお返ししますので……」
「大丈夫ですよ。これもリン様の匂いですので。……うふふ、とても美味しそうな匂いなんです。ただ一つ悔やまれるのが、私も食べたかったのですけれど……」
レイミーさんがシュンとしょげて心から残念そうな声を出す。
「あ、それなら料理人さんの許可がでたらキッチン使わせてもらって作りましょうか? もちろんレイミーさんの為だけに」
「本当なんですか!? それはとても嬉しいです!」
私の両肩をガシッと掴み、期待に瞳をキラキラさせているレイミーさん。
後ろには家らしき建物の壁、あれ?これ一種の壁ドン……?
「うふふ……。リン様が私 だけ の為にお料理を作ってくださるなんて……。レイミーは嬉しいです」
レイミーさんって興奮すると一人称レイミーと自分の名前になるのかな、少し可愛い……。
っ!じゃなくって近い!顔が近いよ!レイミーさん!
レイミーさんは両手両肘を壁につけて私と同じ目線で屈んでくれているけれど、何ですかこれ、恋する乙女ですかってほどに頬が赤く、瞳が潤んでいる。うわぁ、睫毛の数まで数えられそうな距離だなぁ。
あぁもうそうじゃなくて!レイミーさんを正気に戻さないと!
「レ、レイミーさん? お願いだから正気に戻って下さい?」
空いた右手でレイミーさんの胸元を押すが、いかんせん距離が近すぎて力が入らない。
「レイミーは正気なんです。リン様が私だけの為とか言って誘惑するからなんです。あぁ、そういえば金色の蝶って呼ばれてましたね。知っておられますか? リン様、雌の蝶と言う物は異性を引き寄せるフェロモンをばらまいて飛ぶそうなんです。できる事ならレイミーが閉じ込めてそのフェロモンが漏れないように一生大切にして差し上げたいんです」
レイミーさんの熱に浮かされた熱い吐息を間近で感じながら背筋に冷たいものが走る。
これもしかして詰んだ?私いつのまにかゆりんゆりんなヤンデレルートなフラグぶち抜いちゃった?
そういえば女子校時代にもこうやって押しの強い先輩いたっけ。
その時の被害者後輩ちゃんはどうやって切り抜けたんだっけ……。思い出せ私!羽をもがれる前に!
そうだ、これだ!
私はできるだけ哀しみの表情を作ってレイミーさんを見上げる。
「レ、レイミーさんも……」
「?」
「レイミーさんも私の羽をもいでしまうんですか……? 自由に飛べない蝶に何の価値があると言うんですか?」
上目づかいでレイミーさんを見上げ、一息に捲くし立てる。
左手に抱いているドールのレインもそうだといわんばかりにコクリと首が揺れた。あれ、魔力通して無いのに……。まぁいつもの事か。
「リン様……」
私の様子に少し視線を彷徨わせるレイミーさん。
やったか!?これでも私人形劇やっていたから演技力には自信あるんだぞ!
……しかし私は思い出すのを忘れていた。『やったか!?』は死亡フラグだと言う事を。
「やはりリン様はレイミーの元が一番良いと思います! 他人の前に出したら危険なんです!」
レイミーさんの熱っぽい吐息と共に吐き出される言葉。そして近づいてくるレイミーさんの唇。
やーだー!また選択肢間違えたー!
いやー!たすけてー!おかーさーんー!
「そこまでですな」
「ひゃうんっ!」
ズボッと言う音と共に悲鳴があがる。レイミーさんの背筋が伸び、それによって私から距離が離れる。
レイミーさんの手に持っていたエプロンドレスがハラリと地に落ちた。
セバスチャンさんがレイミーさんの背筋に定規を差し込んで止めてくれたのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
「……はぁ~……」
助かったと思って安堵するけれど、セバスチャンさんの雰囲気が怖い。
いつもの微笑じゃなく、真顔になっている。
一気にここら辺の温度が下がったような錯覚に陥る。
「レイミー、貴女は守るべき人に何をするつもりだったんですかな?」
セバスチャンさんの怜悧な声が静かに、街の喧騒にも混じることなくただ静かに響き渡った。
「あ、あの……。リン様をお守りしようとはしていたんです。けれど、とても愛おしい感情が私の中で膨れ上がって……。もうどうにも止められなかったんです……」
レイミーさんがオドオドと答える。
自分でもどうしてだか解らないといった風体で、表情は少し青ざめている。
そりゃそうだよね。私も壁に寄りかかってないと今のセバスチャンさんを見ただけでへたりこむ自信がある。
その怒りを真っ向から受け止めているレイミーさんは私の比じゃないだろう。
「……ハァ……。レイミー、貴女は今日付けでリン様の専属から外れていただきます」
「ッ! そ、そんなッ……!」
「当たり前でしょう。主人の大切なお客様を害なそうとしていたのですから。しかも閉じ込める? 一体何処にですかな? 是非教えていただきたいものですな」
ニイィと口角を上げるセバスチャンさん。これ目が笑っていない典型的なパターンだ!
対するレイミーさんは顔を真っ青にし、ブルブルと震えている。
……いくら何でもこれじゃ可哀想だ。レイミーさんは私に良くしてくれるし尽くしてくれる。ただ私の星の魔力がレイミーさんの火の属性と相性が良すぎるだけなのだ。
それで暴走しちゃうんだろう。
「待って下さい」
あれこれ考えるより先に口が出てしまった。
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