置いてけぼリン
マラソン大会は実話です。
『姉ちゃん、起きろよ!』
ゆさゆさと体を揺さぶられる。
『ん、もう少しだけ寝かせてよ。ジグ……』
温かいベッドに潜り込んだまどろみの時間を邪魔されたくなくて弟のジグの手を払いのける。
すぐ起きないとこの後にお腹に肘鉄が来るのだけれど。
『もう、姉ちゃん! いい加減にしろよ!』
ゆさゆさゆさ……と、いつものジグにしてはすごく優しい。いつもこれくらいで起こしてくれれば私も怒らないのだけれど。
「ん……」
ゆっくりと目を開けると毛むくじゃらな顔があった。
「んひぃ!」
……女の子らしくない悲鳴をあげてしまった。
悲鳴をあげた反動でもたれかかって寝ていた洞窟の壁に後頭部をゴンとぶつけてしまう。
痛みで涙が出たけれど、目の前の顔……いや、ぽむがベロンベロンと私の顔を舐めまわしていた。
ちょっと、口はやめて、私まだ……。
ベリとぽむを引き剥がし、ぶつけた所を擦ってみたけれど幸いコブも出来ていないみたい、少しだけホッとする。
この世界には脳外科なんて居ないから脳内出血とかは致命傷だしね……。
お腹がすいたのかとも思ったけれどまだ私が出した魔力の糸は残ってるし。
そういえばこの子達魔力が切れるとどうなるんだろう。
精霊はこの世界に具現化するための魔力が切れると世界と同化して人間には知覚できなくなってしまうのだけれど、ぽむとぽこもそうなのかしら。
そうだとすると、この世界にぽむぽこが来ても魔力切れで消えちゃうのかな。
流石にそれは悲しい。
「それはそうとどうしたの? いきなりビックリしたのよ?」
「ぽ、ぽ!」
「ぷ、ぷ!」
服の裾を引っ張られる。洞窟の外に引っ張っているのかな?
「わかった、わかったから服引っ張らないで!」
リュックを置いていくわけには行かない。
この中には生活する為に必要なものが入っているのだ。
まだ卵に書いてある文字も読みたいんだけどな、まぁ後でまたくればいっか。
「それじゃあ行きますか! よっと……」
重たいリュックを背負い、ドールを操る為のハンドルに魔力を通す。
立ち上がりランタンを持って、お辞儀をするドール。
……少しだけドールの反応速度がいつもより遅く感じる。
魔力を込めた服がほつれているからかもしれない。
ぽむとぽこが食べ残した、私の魔力で編んだ糸をドールに巻きつけると反応がよくなったので安心した。
ぐねぐねと曲がりくねった洞窟を進むと光が見えた。
良かった、雨は止んだみたい。まだ明るいって事は一時間くらいウトウトしていたのかな。ランタンに入れた石の魔力も切れていないし。
と、その時ピシィッと鞭で叩くような音が洞窟に響いた。
そういえばあの卵が洞窟を作ったんだっけ……。
強い衝撃を与えながらほぼ真横に山肌を掘り進めたらどうなるか……。
「って考えてる場合じゃない! やばすぎるでしょ! 二匹とも急いで! ここ崩れちゃう!」
「ぽぷーーー!」
私の声に二匹の声が合わさって洞窟に反響して、ブブゼラみたいな音に聞こえた。
あ、しまった……!崩れかけた洞窟で大声なんか出したら余計に崩れちゃう……!
急いで駆け出すのと奥のほうから岩の崩れる音が聞こえて来たのはほぼ同時だった。
重い荷物を背負っているので何度か転びそうになるけれど、これなら何とか間に合う!
少しだけ安堵すると洞窟の入り口に大きな岩がズンと音を立てて落ちてきた。え、何この映画みたいな展開!?
私映画の主人公じゃないから機転を利かせて助かる方法とか、岩を壊すような魔術を詠唱するにも息が切れてて無理なんですけれど!?
あ、でも何とか私やぽむぽこなら通れそう。
これ以上岩が落ちてきて完全に入り口をふさがれる前に通り抜けよう。
たぶん紡時代も合わせて、こんなに全力疾走したのは初めてかもしれない。
アドレナリンだかドーパミンだか脳内物質どっばどば出てると思う。
紡の時、マラソン大会で一緒に走ろうね!と言われた友達にラストスパートかけられて置いていかれた時より本気で走ってる。
光が溢れるゴールまでもう少し……!
もう少し……!
ゴール!と某一粒300メートルは走れるキャラメルに描いてあるポーズを決めて洞窟を出た……!
いや、出たつもりが出られなかった。グイ、と洞窟の中から引っ張られる。
「ぁぇ?」
ぐるうりと首を回すとリュックに横に刺していた箒が岩と岩に引っかかっている。
しかも後ろからは崩れる岩が押し迫っていて……!
「きゃー! イヤー!?」
悲鳴をあげてジタバタと手を振る私だけれど、冷静な部分な私が、あ、コレ死んだわ。と語りかける。
箒を引き抜いてしまえばよかったんだろうけれど、咄嗟の事で全くそんな結論にたどり着かなかった私は馬鹿だ。
ピシリと真上で音がした。
……パパ、ママそしてジグ、ごめんなさい。
親不孝者の私を赦して下さい。
後、できればぽむとぽこが無事に生き延びれますように……!
今日二度目の懺悔をすると同時に天井の岩が崩れて落ちてきた。
それはスローモーションのようで、あぁ、死ぬときって本当にこんな景色に見えるのねとギュッと眼を瞑った。
「ぽぽぽーーーー!!!」
ぽむの声が聞こえて目を開けるとぽむとぽこが駆け寄ってくるのが見えた。
不味い!
このままじゃ道連れにしちゃう!
「だめっ! 来ちゃダメェーーーーッ!」
慌てて制止の声を上げるがみょんみょんと飛び跳ねて来る。
足元まで来るとブーツに顔?をスリスリと擦り付けてくるけれど、正直脛のむき出しの肌の部分に毛が当たるのでくすぐったい。
「……あれ?」
岩が落ちてこない……。
驚いて顔を上に上げると鼻先10センチくらいの所に大岩が浮かんでいた。
「うひゃあ!?」
正直腰が抜けそうだったけれど引っかかった箒に支えられた。
うぅ……なんだか物干し竿に干される洗濯モノの気持ち。
「もしかして、これぽむがやったの……?」
「ぽ! ぽ!」
得意気に鼻をヒクヒクと動かしているぽむ。その隣で少し悔しそうな仕草をしているぽこ。
具体的に言うとフンと鼻を鳴らしている。
……少しだけ兄弟喧嘩を見ているようで和んだけれど、いつまでもこのままでは埒があかない。
リュックを降ろして箒を抜こうと思っても頭の上の大岩が邪魔をして身動き取れない状況だ。
「ごめんね、ぽむ、ぽこ。せっかく助けてくれたけれど私、動けないの……。だからお前達だけでも逃げて」
せっかく会えたのに、と悲しいのと自分の不甲斐なさに涙が出る。
なのにぽこの方は踊りだしている。
みょんみょんと跳ねるリズムに合わせてぷ、ぷ、と鳴き声が聞こえた。
元気付けようとしてくれているのだろうか、そんなの良いから早く遠くに逃げてと言おうとした瞬間ぽこが一際大きな鳴き声を上げた。
「ぷっぷぷーーーー!!!」
その瞬間、私とぽむとぽこが光に包まれた。
「あわわわわわ!?」
ぐるぐると視界が回る……。
正直気持ち悪い、眼球を取り出して泡立て器で掻き回したらこんな感じかもしれない。
膝と地面に付いた手に草の感触があるのが分かるのと眩暈が治まって後ろで大きなモノがズンと音を立てて落ちたのはほぼ同時でした。
慌てて後ろを振り返ると完全に塞がった洞窟の入り口。
で、私が居るのは洞窟から数メートル離れた場所。
……という事は……瞬間移動でもしたのかしら。
今度はぽこが得意気にみょんみょんと私の前で跳ねる。
「助かったんだ……」
一気に気が抜けてリョックを下敷きにゴロリと仰向けになった。
雨上がりの草の匂いと青空が蒼すぎて涙が溢れる。
「うぇっ……ひっく……私、助かったんだ……」
ぽむとぽこが心配そうに胸とお腹の上に乗ってきた。
重さを感じないけれど助けてくれたし無碍に振り落としたりはしない。
手を回して二匹の頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。
ぽむの方は私の薄い胸にスリスリと頬ずりしているのだけれど……。
うん、正直育ってないからやめて欲しい。
子供体型で悪かったわね!
……しばらくそのままで居たのだけれど、おかしいと思ったのは執拗にスリスリしてくるので……もしかしたらご飯が欲しいのかも、と気付いた。
それにこれ以上薄い胸板を撫でられると……いや、うん、なんでもない。
……というか正直に言うと今着ているローブの生地はそこまで肌触りが良くないので痛いのだ。
肌触りより丈夫さを選んだのは旅に出る関係上仕方が無い。
「あの……私、お乳はまだ出ないんですけど……」
「ぷ! ぶぇ」
「ぽ! ぼぇ」
……なんだかすっごく不満そうな声を出された。
ぽむとぽこが執拗にお乳を求めるのは、さっき魔力を使ったせいだろうか……。
規模は小さいけれどたぶん魔法クラス。私達が使う魔術なんてチャチなものじゃない。
世界の理を改変できるくらいの物だ。
手の届くところに転がっていたドールから魔力の糸をほどいてぽむとぽこの前に差し出すともっちゃもっちゃと食べ始めた。
……なんだかガムみたい。
やっぱりお腹が空いてたのね。
……お腹が空きすぎるとどうなるんだろう。私を丸呑みする様な怪物にならないか少しだけ心配だ。
……あれこれ考えていても仕方無い、とりあえず家を建てよう。
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