Armeria
貴族の儀礼マナーを学んで三日ほど経ったある日、セバスチャンさんにこんな事を言われた。
「今日は街へ出て見ませんか?」
「はい?」
朝食のポタージュを掬う手が止まって、思わず聞き返す。
「いえ、アクセサリーが出来たようでして。本来ならば館に届けさすのですがリン様も家に篭ってばかりだと気が滅入るでしょう。なのでお出かけをついでに、と思った次第でございます」
ホッホッホと顎を撫でながら笑うセバスチャンさん。
「うーん……」
少しだけ考える。
街へ出るのは良いけれど、この間誘拐されてアルカードさんに迷惑かけたばっかりだし……。
「リン様の御心配は最もです。が、今回はレイミーも同行しますし、怠慢だった街の警備兵も厳重処罰してあります。この間のような事にはなりませんと断言できますよ」
セバスチャンさんの言葉は信用できる。
街が安全と断言するのならばきっと大丈夫かな?
「えーっと……。一種のご褒美ですか? 街へ誘って頂けるのは」
疑問に思った事を問いかける。
「えぇ、リン様は筋も良く、頑張っておいでですので息抜きになれば、と思っております」
「そうですか、それならよろしくお願いします」
内心では街へ行くのはすごく楽しみだったのだ。
「あれ、そういえばレイミーさんって護衛できるんですか?」
ふと思ってレイミーさんに聞いてみる。
「ええ、そこらの男二、三人程度は一瞬で昏倒させる自信があります。……セバスチャン様には敵いませんけれど」
と、いう事はセバスチャンさんは五人くらいを一機に殲滅できるのかしら。
もしかしてこの間私を攫わせたのはあえて餌として使う為だったのかも知れないなぁと思い胡乱気な視線をセバスチャンさんに向けてみる。
「ホッホッホ、どうかなさいましたかな?」
……駄目だ。素で切り返された。
結構セバスチャンさんって狸かもしれない。いや、今更だけれど。
朝食が終わり、外に出る為のドレスに着替えさせられる。
……貴族って面倒だなぁ。
レイミーさんにコルセットを比較的緩めに締められながら考える。
いちいち館の中から外へ出るだけなのに色んなドレスに着替えないといけないなんて。
「リン様、ドレスは貴族の戦闘服なんです。貴族たるもの常に自分がどう見られているかという事を気にしなければいけません」
「……解りました」
考えている事をそのまま当てられ、ギクリとしたけれど表向き平静を装って答える。
戦闘服かぁ……。戦闘力53万くらいあがればいいのに。とか頭の何処かで考えながら。
「髪型はどう致しましょうか……。できればアップにしたいのですけれど……うーん、悩みますねぇ」
「あ、じゃあレイミーさんと同じ髪型がいいです!」
{!}
レイミーさんの髪型はマーガレットとシニヨンの中間といった感じで三つ編にした髪を後ろで巻いている。
そういえば……。 紡時代の記憶を引っ張って思い出す。
レイミーさんの淡いピンクの髪色とクルクルと巻かれた髪型は何かを連想させる。
そうだ、アルメリアの花!
ピンクの花弁がいくつも寄り集まった華やかさが、レイミーさんの髪型にそっくりだ!
どうせアップにするならレイミーさんと同じ髪型にしてみたい。
返答を少し待って見たけれどレイミーさんは硬直している。
……あれ、やっぱ嫌だったのかな。
『使用人と御主人様のお客様が同じ髪型なんて許されません!』とか言われちゃうのかな。
そう思って少しだけ悲しくなり、オズオズと声をかける。
「あの、レイミーさん。無理だったら良いんですけれど……」
「……そ……む……」
あれ?何だかフルフルと震えているような?
そんなに怒らせる事だったのだろうか……。
けれど、私の心配は杞憂に終わった。
パァァと笑顔になったレイミーさんは私の手を取ると嬉しそうにギュッと胸に押し当てる。
「そんな事! 無理じゃないんです! リン様と同じ髪型……! レイミーは嬉しいんです!」
ちょ……レイミーさん、興奮のあまり一人称が『私』から『レイミー』になってるよ。
あーうー……私また失敗したかな。
でもこの綺麗な花が咲いたような笑顔を壊したくないしなぁ。
そういえばレイミーさんの髪型に似た、アルメリアの花言葉ってなんだったっけ……。
紡時代の記憶を引っ張って思い出す。
確か心づかいや思いやり、可憐、共感、同情、歓待だったっけ。
うん、レイミーさんにピッタリな花だなぁ。
あれ?待てよ、確か友達が他の意味もあるって言ってた筈……何だったっけ。
髪を編み編みされるのが心地よくてついつい記憶があちこちに飛んでいく。
ゲームが大好きで色んなゲームをやっていた友達を必死で思い出す。
アルメリアの花……アルメリア……確かバスク語で……。
「……武器庫だ……」
呟いてサーッと顔が青くなる。
「はい? 何か仰いました?」
私の呟きに鏡越しでニッコニコな笑顔を向けてくれるレイミーさん。
「いえ、何でもないんです! 何でも!」
……この花の意味は私の心の中にしまっておこうと心に誓った。
未だ少しだけ青くなった顔色の私を他所に髪を鼻歌交じりで編み上げていくレイミーさん。
確かに火属性だし、一度怒らせるととんでもなさそうだなぁ。
「編みあがったんです。うふふ、リン様とお揃いなんです」
って早っ!……まぁ当然よねいつも自分でやっているでしょうし。
「仲の良い姉妹に見えたらいいな」
あまり街中で目立ちたくないのでそんな事を呟く私。
ところがレイミーさんはそんな私の言葉を勘違いしたようで、『天使がいます……』とウットリと呟くだけだった。
いや、違うからね!?強引に良い方向へ変換しないで!?
帰って来てレイミーさーんー!
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