ロミオとジュリエット
「リン様、そろそろダンスの練習を致しましょうか」
ノックの音と共にセバスチャンさんが入ってくる。
「あ、はい」
そう答え、私は椅子から飛び降りた。
「ぷ、ぷ!」
「ぽ、ぽ!」
ぽむとぽこが声をあげる。
「何? ぽむとぽこも付いてきたいの?」
私が声をかけるとコクコクと頷く二匹。
どうしようかとセバスチャンさんを見上げる。
「ホッホッホ、構いませんよ。それでは行きましょうか」
セバスチャンさんが先導し、新人教育の部屋に向かう。
レイミーさんに手を引かれ、ぽむとぽこがみょんみょんと飛び跳ねながら付いてくる。
「やはりヒールが高い靴は慣れませんかな?」
私の速度に合わせていてくれたのだろう、いつもより歩調を落としたセバスチャンさんが声をかけてくれる。
「ええ、少し慣れませんけれど、大丈夫です。アルカードさんに恥をかかせる訳にもいきませんし、頑張ってみます」
「ホッホッホ、良い心がけですな。さ、着きました。どうぞ、リン様」
セバスチャンさんが両開きのドアを開けてくれる。
昨日も来た新人教育用の部屋だ。
音も無くドアが開いたのは油がきちんと差されているからだろう。
目につかない所もちゃんとしてるんだなぁと感心した。
「それではダンスのお相手ですが……。私とレイミーどちらを御所望ですかな? レイミーも一通り男役は踊れるでしょうし問題はありませんが、異性に慣れるという点であれば私が行った方がよろしいかと。どちらにしてもリン様にお任せいたします」
「うーん……。それじゃあセバスチャンさんお願いします」
私の言葉に明らかに落胆するレイミーさん。名残惜しげに手が離れた。
「解りました。レイミーは気付いた所があればどんどん言って下さい」
「畏まりました。このレイミー、リン様の動向を一目一目しっかりと見るのを頑張らせて頂きます!」
両手を胸の前で合わせてフンムと鼻息を荒くするレイミーさん。……少し怖いですよ?
「さぁ、リン様。お手をどうぞ。私はレイミーほど甘くはありませんので覚悟して下さい」
セバスチャンさんの目がスッと細められる。
笑顔だけれど眼が笑ってないよ!セバスチャンさん!
おずおずとセバスチャンさんの手を取る。
「よ、よろしくお願いします」
私の声にふむ、と声をあげ、私を見下ろす形になる。
「身長差が少しありますな。もしかするともう少しヒールが高い靴を履かせるべきかも知れません」
「え、これ以上は無理です! 絶対転びます!」
「ふむ……。仕方ありませんな、それではこのままで踊ってみますか」
セバスチャンさんはアルカードさんより少し背が高い。
私の身長が1,5オルム(150cm)くらいだからどうしても大人と子供みたいに見える。
「姿勢が悪いですな。ここは背筋を伸ばしてターンをする時に顔を横に向けるのです(ズボッ)」
「きゃいん!」
セバスチャンさんに駄目出しをもらう度に定規が背中に突き差さる。
うぅ……スパルタだとは解っていたけれど、背骨が定規をくっつきそう……。
しばらく踊っているといつの間にかアルカードさんが部屋に入ってきていた。
「ア、アルカードさん!? 今は昼間ですよ!?」
「余所見をしない!(ズボッ)」
「ひゃん!」
驚いて声を上げた私の背中に容赦なくセバスチャンさんの定規が入り込む。
うぅ……この感触が癖になったらどうしてくれるんですか、セバスチャンさん。
どうしよう、『私、もう定規無しでは生きていけないんです!』みたいな変な性癖がついたら絶対セバスチャンさんのせいにしてやる。
私の恨みがましい視線を華麗にスルーして、セバスチャンさんはアルカードさんに声をかける。
「どうかなさいましたかな? アルカード様」
「いや、なに。リンの悲鳴がうるさくてな。おちおち寝ても居られなくなってな」
クククと笑いながら定規が背筋に沿ってささったままの私を見つめるアルカードさん。
……見ないで下さい……。
「それは失礼致しました。しかしリン様も仰る通り今は日中でございます。アルカード様には少々厳しい時間かと」
「何、カーテンを閉めてくれれば大丈夫だ。それに私もリンと踊りたい」
アルカードさんは日光の当たらない場所に立っている。
対して私は窓から射す日光の中。
ロミオとジュリエットみたいだなぁと、学園時代にやった文化祭の劇を思い出しクスリと笑みが漏れた。
あの時は友達が男装してロミオを演じて私がジュリエットだったっけ。懐かしいなぁ。
「リン様? どうかなさいました?」
レイミーさんが私の様子に声をかけてきた。
「あ、ううん。ちょっと懐かしい事を思い出して……」
「ほう、どのような事だ?」
私の言葉にアルカードさんが質問してきた。
「えっと、悲恋のお話でそれぞれの家の不和に苦しむ男女の悲劇を描いたものです」
「ほう、詳しく聞かせてもらいたいな。リンも休憩したいところだろう、レイミーお茶を淹れてくれないか」
「畏まりました」
カーテンを閉め、日光が部屋に入らないようにしていたレイミーさんはお茶の用意をする為に一礼すると出て行った。
「どうぞ、リン様」
セバスチャンさんがアルカードさんの対面の席を勧めてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言い、腰掛ける。
その後、レイミーさんが淹れてくれた紅茶とお菓子をつまみながら、ロミオとジュリエットのお話をすると三人とも眼が真っ赤になってしまった。
レイミーさんに至ってはグジグジと涙を流していた。
うーん……できるだけ喜劇寄りに話したつもりだったんだけれどなぁ……。
と思っても後の祭りだった。
その後、紅い目を更に赤くしたアルカードさんとダンスを踊ったのはまた別の機会に話そうかな。
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