ミラクル定規
「なにか御用ですか? アルカード様」
セバスチャンさんの冷たい声が響く。
こ、怖い!セバスチャンさん本気で怖い!
「い、いや……。リンの悲鳴が聞こえてな。心配で駆けつけて来た所だ」
対する残念吸血鬼さんは少し得意そうだ。
「吸血鬼は聴力も人より優れているからな」
なにやらふふんと笑っている。
「アルカード様、いくらお屋敷の窓が小さいと言っても太陽の光に当たれば灰になってしまうのですよ? そのような事が判らないほど分別のつかない大人に育てた記憶は、このセバスチャン、ありませんが」
顔は笑っているけれど背中から何やら黒いオーラ出てるよ!何この怖さ!
「そうは言ってもな、セバスが何やらいかがわしい教育をリンにほどこそうとしたのではないかと思ってな……。それに昼にリンに会う事は初めてであろう? 私は昼間のリンに会いたかっただけなのだ」
「レイミー、私めはそのようないかがわしい教育を施してましたか?」
セバスチャンさんがくるりと振り向きレイミーさんに問う。
「いえ、リン様の姿勢を矯正なさるほどでしたが」
息ぴったりだ、この二人ー!
セバスチャンさんとレイミーさんが二人してアルカードさんを言いくるめている。
この館の権力ヒエラルキーってどうなってるんだろう……。思うにアルカードさん一番下かもしれないと感じてしまった。
「ふぅ……。仕方がありませんね。アルカード様、リン様に見せてあげて頂けませんか。そうですね……。この本とこの本を頭の上に乗せて少し歩いてみてください」
「そんな事で良いのか? 解った」
そう言うとアルカードさんは本二冊……といっても分厚い国語辞典くらいありそうなものを頭の上に乗せ、部屋を隅から隅まで歩き回って見せてくれた。
勿論頭の上の本は少しもずれても落としたりもしていない。
「……凄い……」
「そうだろう、そうだろう? このくらいは貴族位を持つものとして当然だ」
私の声にドヤ顔で答えるアルカードさん、ちょっと見直したので残念吸血鬼と頭につけるのは撤回してあげる事にする。
「ところでリン、せっかくの昼間なのだ。それを食べたら、どうだ? 私とダンスの練習でもし……(ズボッ)あひぃん!」
アルカードさんが妙な悲鳴を上げる。レイミーさんがアルカードさんの背中に定規を差し込んだのだ。しかも気付かれずに後ろへ回って。
吸血鬼に気付かれないってどんだけなのよ……。レイミーさん、貴女も化け物か。
そんな状況でも頭の上から本を落とさないアルカードさんは流石というべきか。
いやそもそもこの館の人達って定規を標準装備なの!?
どこからともなく出てくる定規、定規マスター?それとも魔力で定規を出してるとか!?
「リン様はレイミーと私めとドレスを作りに行くのです。アルカード様はおとなしく自室でお眠り下さい」
「いや、そうは言ってもだな……。せっかく仕事も終えたのだ。リンと語らう時間くらい……」
セバスチャンさんとアルカードさんが言い合いを始める。
「ふぅ……。埒が空きませんね。レイミー! アルカード様を自室へ!」
「はい、セバスチャン様。さ、アルカード様行きましょう」
「待て、レイミー! リン! リーン!」
ため息を一つついたセバスチャンさんはレイミーさんに命じる。
有無を言わせない勢いでドップラー効果を残しながらドナドナされていったアルカードさん。
……超がつくほどの強力な吸血鬼なのに……。
あ、もしかして昼間だから能力半減してるとか?それともただ単純にレイミーさんが底抜けに強いだけかも……。
「とんだ邪魔が入ってしまいましたが……。さ、どうぞお召し上がりください」
「あ、はい。ありがとうございます」
今度は定規を差されないように姿勢を正してはむはむとできるだけ上品にサンドイッチを食べる。
セバスチャンさんの様子を横目でチラリと窺うとニコリと微笑んでいた。
良かった、どうやらこれで良いみたい。
「80点……といった所ですな。まぁ合格と言えるでしょう」
セバスチャンさんが答えてくれた。
うーん、でも80点かぁ。どうせなら100点を目指したいよね。
サンドイッチを食べ終え、セバスチャンさんが入れてくれた紅茶を飲みながらまったりとしているとレイミーさんが戻ってきた。
「リン様、お食事が終わったのでしたら仕立て屋に向かいませんか? セバスチャン様もさきほど仰られていましたし」
「そうですね、どのようなドレスがよろしいでしょうか。やはり1からつくるのでしたら王絹のドレスなんていかがでしょう」
「まぁ、それはよろしいですわね。リン様の瞳の色に合わせて淡い水色のドレス等が映えそうですわね」
……なんだろう、私の知らない所で天文学的な値段のものがぽんぽん決められていってるような気がするのは気のせいでしょうか……。
「それでは馬車を出しましょう。今度は賊になど指一本触れさせませぬゆえ、ご安心ください」
セバスチャンさんに手を差し出され、おずおずとその手を取る。
攫われた時の恐怖感が蘇るけれど、しっかりと手を握られ、安心できた。
この人達が守るという事は全幅の信頼を寄せても大丈夫なんだと、そう感じさせる手だった。
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