残念な吸血鬼
トレントに寄りかかり、ネクタルを齧りながら、失った魔力の補給をする。
「私どうなっちゃうのかなぁ」
「どうもしないよ、リンはリンだ。私の可愛い娘みたいなものだねぇ」
私の独り言にトレントが答えてくれる。
空を見上げると大晶壁の六角形が組み合わさった障壁がかすかに光を反射しているのが見て取れる。
「綺麗……」
大晶壁はアルカードさんが張ってくれたもので、魔力を外に漏らさないようにする為のものだ。
勿論、日光や鳥達なんかは素通りできる。
「おや、あの執事がそろそろ向かって来そうだよ」
「うん、わかった。トレント、しばらく留守にするかもしれないけれど……。寂しくない? 大丈夫?」
「ホッホッホ、私は世界中の樹木と繋がっているんだよ。それこそリンが砂漠にでも行かない限りちゃんと見ているよ」
「ありがとう、トレント」
トレントの鼻にこつんと額を当てて、感謝の言葉を述べる。
「帰ってきたらまたお話しようね」
「あぁ、約束するよ。それじゃあリンも準備があるだろう、いまのうちにしておくと良いよ」
……準備と言ってもレインとぽむぽこを連れてくくらいなものだけれどね。
それでも、と思い、家に不備が無いか確認する。
「うん、火の始末も大丈夫だし。……あ、スィートポテトはどうしよう。アンヘルの村に寄ってもらおうかな。私が居れば結界も素通りできるだろうし」
そう考えて氷冷箱から取り出し、バスケットに残りのスィートポテトを全部入れ、表でセバスチャンさんを待つ。
じきにスレイプニルが牽く馬車が見えてきた。
着地すると同時に地面に蹄の音が鳴り響く。
シュタっと音がするようにセバスチャンさんが降りてきた。
「レディーをお待たせして申し訳ありません。それと金斬虫ですが思ったより高値で売れました」
「ホント!? 良かった!」
「さ、リン様。お手をどうぞ」
真っ白な手袋をした手を差し出され、私もその手を取る。
大きな手だなぁと感じる。温かみがあり不思議と安心感を与える手だ。
馬車に引き上げられ、ぽむとぽこもついてくる。
「ぽ」
「ぷ」
みょんみょんと飛び跳ねて馬車に乗り込んだ。
私はといえばレインを腕に乗せ、バスケットを片手で持っている格好だ。
「ではいきますよ!」
「あ、セバスチャンさん。ちょっと通り道の村に寄っていただきたいんですけれど」
「御安い御用ですよ」
そうしてスレイプニルの馬車は私とセバスチャンさん、ぽむぽこを乗せて空に飛び上がった。
山を越え、しばらくするとアンヘルの村が見えてきた。
「あ、あそこです。あの牧場」
「畏まりました」
農作業用のフォークを持ってるのはゼルスさんかな?麦わら帽子を被ってるし、アンヘルより筋肉がついてるから一目でわかった。
「ゼルスさん!」
「おぉ、リンじゃないか。そんなものに乗っているからビックリしたよ」
声をかけると人の良さそうな笑みを浮かべ近寄って来てくれた。
セバスチャンさんの手を借りる前に馬車から下り、バスケットを手渡す。
「あの、これ、作ったのでよければ食べてください。……そういえばアンヘルは?」
「あぁ、アンヘルならアデラのとこにいっとるよ。パンを買いにな」
アンヘルと会えなかったのは幸運だったのか残念だったのか解らないけれど、少しは幸運が勝ってるかな?どんな顔して会えばいいか解らないしね。
それならばとゼルスさんに伝言を頼む。
「そうですか……。実はしばらく留守にしますので、アンヘルにも伝えておいていただけませんか?」
「あぁわかった。伝えておくよ」
ゼルスさんにありがとうございますと礼を言い、馬車から降りていたセバスチャンさんに馬車に引き上げてもらう。
「たまげたなぁ……」
ゼルスさんの声が聞こえたけれどセバスチャンさんは優雅な一礼をして馬車に乗り込んできた。
扉が閉まるとふわりと浮き上がり、一路アルカードさんの別荘に向かう。
「そういえばアルカードさんは?」
「アルカード様でしたら、書類仕事と格闘なさっておられる頃だと思いますよ。正直この時間まで起きている事は珍しいのですけれどね」
そうかぁ、アルカードさん領主だから色々大変なお仕事も抱えてるんだな。そんな中わざわざ来てくれて気にかけてくれるって嬉しいな。
考え事をしているとくぅとお腹が鳴いた。そういえばネクタルの実しか食べてなかったのを思い出す。
「リン様、館に着きましたら軽食に致しましょうか。ついでにマナーも教えられる良い機会ですので」
ホッホッホと笑いながらにこやかに見つめてくるセバスチャンさん。……うぅ、恥ずかしい。
スレイプニルに揺られる馬車に乗ることしばらく、アルカードさんの別荘についた。
「おかえりなさいませ、セバスチャン様。それからリン様もようこそいらっしゃいました」
レイミーさんが出迎えてくれた。
「レイミー、何か軽食を。それをあの部屋に運んでください」
「……畏まりました。セバスチャン様直々に、ですか」
「そうです」
そのやりとりにレイミーさんがチラッと憐憫の眼差しを向けてきたけれど、一体どういう事?
私はただ頭の上にはてなマークを浮かべることしかできなかったけれど、その疑問はすぐに解ける事になる。
***
「良いですか? リン様。軽食一つ取ってもマナーというものが御座います」
「はひ」
今まで見たことの無いようなセバスチャンさんの鋭い眼光に射抜かれ、私は萎縮してしまう。
「返事ははひではありません。はい、です。良いですね?」
「は、はい……」
あの部屋という場所は新人教育の場だとレイミーさんが教えてくれた。
今、私はセバスチャンさんとレイミーさん付きっ切りで食事のマナーを教えられているところだ。
うぅ……。こんなスパルタなんて聞いてないよぅ……。
目の前にはソースがたっぷりと染み込んだローストビーフとレタスを挟んだサンドイッチ。
美味しそうに私の前でキラキラしているけれど、勿論まだ食べることを許されていない。
「セバスチャン様、そのくらいで……」
レイミーさんが助け舟を出してくれる。あぁ、レイミーさんが天使かサンドイッチの神様に見えるよ……。
「……良いでしょう。リン様、お食べ下さい」
「ありがとうございますっ!」
セバスチャンさんのその言葉に美味しそうなサンドイッチに手を伸ばす……。
ズボッ!
「きゃん!」
自分の口から随分と可愛らしい悲鳴が漏れた。
「姿勢が悪いです」
セバスチャンさんの怜悧な言葉が響き私の背中に何か大きくて冷たいものが入っている。
「定規です。姿勢が悪いと品位も下に見えます」
ずるずると引き抜かれた定規にビクリとしてしまう。
「あっ、やんっ!」
くすぐりには弱いんだってばぁ!
いや、そもそもそれ何処から出したの!?
どう見てもセバスチャンさん定規なんてもって無かったよね!?
「セバスチャン様、リン様にそんな凶悪なモノを入れようとなさるなんて……」
どこかうっとりとしたレイミーさん。そういえばこの人も変だったー!!
と、その時バターンと激しい音を立てて扉が開いた。
「セバス! 貴様私のリンに何をしよう……と……?」
アルカードさんだった……。
アルカードさんは目の前の状況を見て硬直している。セバスチャンさんもレイミーさんも、そして私も固まってしまっている。
ま、まぁ今の悲鳴から会話の流れだといかがわしい事に聞こえなくもないよね……。
でも今更ながらに私はアルカードさんの頭に残念吸血鬼とつける事を心に誓ったのだった……。
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