吸いますか?吸いませんか?
困ったように固まるアルカードさんを他所に、そのシャツに涙の後が残るくらいの時間。
私は泣き続けた。
その間何も言わず、ただ頭を撫でてくれていた。
「……金斬虫が襲ってきたんです……」
「なっ……!? 私が結界を張っておいた筈だぞ。それなのに何故……」
「私が、私が悪いんです。トレントにネクタルの実をつけてもらうように頼んだから」
ようやく話す事ができるくらいに落ち着いた私は事のあらましを呟くようにポツリポツリと紡ぎ始めた。
ふむ、と顎に手を当てて考えるアルカードさんは月の光を浴びて随分さまになっていた。
「ネクタルのような魔力密度の濃い果実は私の結界なぞ上位の個体には役に立たなかったのだろうな。例えるならば猛獣の檻に生肉を入れて食べるなと命令するようなものだ」
私の髪を手で梳きながら抱きしめる。
「しかし、よくやったな、リン。お前がトレントも自分の家も守ったのだぞ」
「アルカードさん……」
最後に助けてもらったのはアルカードさんだ。せめてそのお礼を言わなくちゃ。
見下ろされている紅い瞳をじっと見つめる。
「あのありがとうございまし……」
「ぐぉっ!?」
私がお礼を言い終わるより早く、それはアルカードさんの悲鳴でかき消された。
なんだろう、どうしたんだろう……。
「リ、リン。何故太陽の魔力を持っている……?」
私と目を合わせようともせず、疑問の言葉を口にするアルカードさん。
ちょっと寂しい。
「あ、それはちょっと今日アンヘルと事故がありまして……」
「アンヘルというとあの少年か……。何があった?」
「ぷー!」
「ぽー!」
ぽむとぽこがみょんみょんと跳ねてきて目の前でチュウをした。
「なっ!? 許さんぞ! リン!」
ぽむとぽこの行為で大体察したようだ。
アルカードさんがオタオタと慌てている。
「ホッホッホ。助かったみたいだねぇ。吸血鬼もありがとう。リンが悲しむような結果にならなかったのが一番だからねぇ」
「いや、それは良いんだ……。だがあの少年とキスをしたのか……? リン」
その言葉にコクリと頷く。
事故とは言え、キスしちゃったのは事実なのだ。
まさかバレるとは思わなかったけれど、アルカードさん魔眼持ちだからしょうがないよね。
よろよろとトレントに縋りつくアルカードさん、ちょっと、そこまでショックなの!?
「トレントよ、リンが不良になってしまったぞ。父としてどう責任を取るつもりだ……?」
ヨヨヨとトレントに泣きつくアルカードさん。……なにもそこまでしなくても。
その様子にこちらもある程度冷静になれた。
「アルカードさん、それはちょっとした事故で。アンヘルも私も、その、しようとしてしたわけじゃないです」
このままだとハンカチを噛んでムキィー!とかしかねない。
それに寄りかかられているトレントも迷惑そうだしね。
「事故だと分かっていてもショックなものはショックなのだ。自分の好きな相手が他の男と唇を合わせるなどと……」
「それについてなんですが、どうして私なんですか? アルカードさんが好きなのはママじゃなかったんですか? 正直ママと私を重ね合わせているとしか思えません」
その言葉にしばらく考えていたアルカードさん。ちょっとキツイ言葉だったかなと後悔したけれど、しっかりと此方を向いて答えてくれた。
「リン、最初に会った時に血を吸った事を覚えているか?」
「えぇ、アルカードさんを介抱してたら吸われた事ですよね。覚えてます」
ちょっと意地悪く言うと少しだけ視線を落とされた。心なしかしょげている。
「……すまない。だがそれで気付いたのだ。リリーとリンは違うと。リンは逃げないで居てくれた。だから誓ったのだ、私が守ると……いや、護ると」
ずるい人だなぁ……。そうまで言われたら逃げられないじゃない。
「血を吸えば私の考えている事が嘘では無いことを証明できるのだがな。吸われてみるか?」
その言葉に首をフルフルと振る。
冗談じゃない、あんな気持ちいい事何度も味わっていたらそれこそ依存症になっちゃう。
「しかし、どうするかな……。ふむ……。しょうがない、リン。今から大晶壁を張ってやろう。これは魔力を外に漏れなくさせる為の結界と思ってくれれば良い」
大晶壁という言葉に聞き覚えが無くて頭にハテナマークが浮かぶ。
「闇の精霊よ、我が声に答え、この地を護れ! 大晶壁!」
アルカードさんの声に透明な六角形の壁が組み合わさって半球状のドームを作る。
「なにこれ……すごい……」
「闇の精霊の魔法だが、普通に光も通すので安心して欲しい。遮断するのは魔力だけだ……」
少し疲れた様子のアルカードさん。トレントに寄りかかっている。
「……吸血鬼といえども世界を改変する魔法は辛いのではないかね?」
「……大丈夫だ。少し休めばじきに回復する」
トレントが問うけれども、もしかしてそんな大魔法だったの!?
そういえばアルカードさんが詠唱しているところは初めて見た。
グラリとふらつき、片膝をつくアルカードさん。
「アルカードさん!」
慌てて抱きとめ、私と同じ目線になった吸血鬼を正面から見据える。
息も荒く、辛そうだ。
「……吸いますか?」
「あ?」
「辛いんでしょう? だから、お礼に……私の血、吸いますか?」
正直ここまでフラフラになるくらい私の為にしてくれたのだ。何かお礼と言ってもできる事はそれくらいしか思い浮かばない。
肩を出し、吸って下さいとアルカードさんに向けたが、止められ、服を着させられた。
「ふふ……。魅力的なお誘いなのだがな。それは今すぐにでも吸いたいが、ここには他にも魔力を回復させる手段があるだろう?」
ニコリと笑って私の頭を撫でるアルカードさん。
「あ、ネクタルの実!」
「ふふ、そうだ。一つもいで来てくれないか」
私はアルカードさんに言われたとおり、一番大きそうに実ったネクタルの実をレインに採ってきてもらった。
それを差し出すと、しばし見つめ、カプリと食べ始めた。
「……美味いな。魔力に満ち溢れている……」
あたりに濃密な果汁の香りが立ち込める。
私は無心でネクタルの実を食べるアルカードさんを見つめるのだった。
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