何でもするから!
「リン、ごめん!」
慌てたアンヘルに詫びられるが此方も一体なにをされたか解らない。
確か唇に何かあたったような?
目の前にはアンヘルの顔。
これって……やっぱ……えぇぇぇええええ!?
「あら、あらあら」
ウンディーネの声がしてそちらをグギギと音を立ててみると、片手で口を押さえてニヤリとしていた。
あぁ、30年も守り続けてきたものがこんなにあっけなく……。
せめて最初は海の見える教会で、とか色々考えてたんだけれどな。
しかもアンヘルなんかに……アンヘルなんかにっ!
悔しいっビクンビクン!
そんな事を考えていたら諦めにも似た感情が湧き出てきて少し冷静になれた。
けれども目の前のどうしたら良いか解らないという顔をしたアンヘルを見ていて、段々と堤防の隙間から水が漏れるように私の感情は決壊した。
「あは、あはははははは!」
アンヘルが私の笑い声にビクリとして飛び退る。
その動作が可笑しくて、また私は悶え苦しんだ。
「あはははは! はぁ……。おっかしい。もう、何よ。人を変な目で見つめて」
「いや、だってリンが狂ったのかと……」
「私は正気だってば! あはははは。……もぅ」
お腹を抱えてピクピクする私にウンディーネも硬直している。
ウンディーネが動揺しているなんて、と理解するとまた笑いの波が襲ってきた。
ひとしきり笑い転げた後、なんだかアンヘルに唇を奪われた事なんてどうでもよくなっちゃった。
今は、だけれど。
きっと後から思い出したら恥ずかしさで転げまわるんだろうなぁ。
「リン……。その、悪かった! 俺にできることなら何でもする!」
ん?今何でもって言った?
とかいうフレーズが思い出されてブフゥと息を吐く。
いけないいけない、余計怪訝な目で見られてしまった。
「ぽ……」
「ぷ……」
ぽむとぽこも何かおかしな物を見るような目で私を捉えている。……怯えさせちゃったかな。ごめんね。
「気にしてないよ、アンヘル。いや、ちょっと、いや……かなり気にしているけれど、事故みたいなものだし。仕方ないかな」
ファーストキスを奪われてしまった事はそれなりにショックだったけれど感情が笑いと言う名の爆発になって発散されてしまったおかげで、割とどうでもよくなってしまった。
唯一の救いはネクタルの味だって事だ。これがニンニク味とかだと一生の汚点だろうなぁと考えてまたくつくつと笑いが漏れる。
「そういえば何でもするって言ったけれど、具体的には何するのよ」
笑いすぎて出た涙を拭きながら、アンヘルに聞いてみた。
アンヘルはしばらく考えるように腕組みをしていたけれど、必死に考えた様子で口を開く。
「せ、責任は取る! だって男と女がキスすると子供ができるんだろ!?」
その言葉にウンディーネと私もブフゥと吹き出した。
私はともかくウンディーネまで吹き出させるなんてある意味この子天才じゃなかろうか。
全く、なにこの純粋培養に育てられた子は。
「あのね、アンヘル。キスしたくらいじゃ子供はできないのよ。でも、そうね、責任を取ってくれるなら考えてもいいかも」
流石に性教育を1からするのは私もごめんこうむりたい。
「何だ? 俺にできる事だったら何でも言ってくれ!」
真剣な目で此方を見つめるアンヘルに私の罪悪感が少し芽生えたけれど、考えていたことを話す事にした。
「街に行くとき私も連れてってくれないかな。んで、アンヘルは私の護衛をして欲しいの。できる?」
確かアンヘルのお父さんはよく街にも行ってる筈だ。商人さんとか、繋がりがあるはず。
そう考えて聞いてみたら二つ返事で頷かれた。
「分かった。父さんが街に行くときはリンも連れてく事にする。けれどこの間街に行ったばかりだからもう少し先になるぞ」
「うん、それでいいよ。でも行くときはちゃんと知らせてね」
よろしくね、アンヘルと言って嬉しさについ、手をギュッと握るとアンヘルの顔が一気に赤くなった。
たぶん私の顔も赤くなってるんだろうなと思うとさっきの唇に当たった感触が思い起こされてアンヘルの顔をまともに見れなくなってしまった。
「あら、あらあら。初々しいですわね。でもリンは少し太陽に弱いのではなくて? 街までいくなら私が日除けの魔術を教えましょうか?」
愉しませてもらったお礼と言わんばかりにウンディーネが申し出る。
そうなのだ、私は肌が弱く、太陽に長時間当たると赤くなってしまうのだ。
ありがたくその申し出を受けることにした。
「簡単な水の魔術ですわ。薄く自分の周りに蜃気楼を纏わせて日光を反射させるのです。私の後に続いて詠唱してくださいな」
ウンディーネに言われ、魔術印を指で組む。
「慕い寄る、真珠色の鍾愛よ、わが身に纏いて羽衣とならん!」
詠唱が終わるとふわりとした感覚が体に舞い降りる。
魔力もほとんど使わないのでこれ、結構いいかも。
水の魔術は苦手と言われた私だけれど、これくらいなら影響なさそう。
「本当は錬金魔術も教えたかったのですけれど……。リンの中に太陽の魔力が残っているので難しそうですわね」
チッと舌打ちしてアンヘルを睨むウンディーネ。
……少し怖い。当のアンヘルは気付いてないようだけれど。
でもこれで太陽の中でも普通に歩けるのは嬉しい。
「ありがとうウンディーネ。でも錬金魔術は今度で良いかな? ネクタルの実をトレントに育てて貰いたいし」
「仕方ないですわ。今日は諦めると致しましょう」
今の状態、つまりアンヘルの魔力が私の中に残っているなら糸も出せない。
糸のストック出しておいてよかった……と心の中で思わずに居られない。
「それじゃウンディーネ。今日はお招き頂いてありがとうございました。魔力が落ち着いたらまた来るね」
「あ、ありがとうございました。ご馳走様でした!」
私に続いてアンヘルもウンディーネに頭を下げる。
「ええ、またいらっしゃい。アンヘルと言ったかしら。リンとその子だけにしか見えない門を作っておくわ。いつでもここに来られるように、ね」
ウンディーネがパチリとお茶目にウインクをする。
その様子にアンヘルと私は目を奪われた。
……美人って得だなぁと考えて。
く、悔しくなんかないんだからね!ビクンビクン。
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