早熟な果実
温かいスープとふかふかのパン、魚のムニエル、サラダと胃の中に収め、ようやく人心地ついた。
「ふぅ……。ありがとうございます」
レイミーさんに温かいココアを出され、ちびちびと飲む。
そういえばぽむとぽこにもご飯あげなきゃ。朝あげてからそのままだったものね。
「今日は泊まって行くと良い。こんな時間になってしまったからな。リンも疲れているだろう」
「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」
正直疲れているのは本当だ。あんなこともあったし、ベッドで休みたい。
「む……? リン、その傷跡は……?」
アルカードさんに手首の傷跡を見られてしまった。
「これは縛られたときに縄ですれてしまって……」
「ふむ……。リン、少し良いか?」
近寄られ、手を取られる。ぼんやりと淡い光がアルカードさんの指に灯り、私の傷跡に纏わり付く。
「月の魔術での回復魔法だ。私の属性は月でな。昔からこういう事は得意だったのだよ」
リリーがお転婆でよく怪我をしていたからな、と付け加えられて。
痕も残らず癒えた手首をさすりながら聞いてみる。
「ママ……。いえ、私のお母さんってそんなにお転婆だったんですか?」
「あぁ……。私の館の生き物を全部懐かせてしまったりな……。セバスチャンに聞けばまだまだ小さいことはたくさんあるぞ」
ママは星の魔術が得意だ。つまり生き物に好かれやすいという事。
馬や狩猟犬とかがまるで言う事を聞かなくなってしまって困るセバスチャンさんを想像してクスリと笑みが零れた。
「笑い事じゃないぞ、あの頃のセバスチャンは相当苦労していたからな」
アルカードさんもクスリと笑う。
「そうですか、ではあの頃と同じように坊ちゃまとお呼びいたしましょうか?」
いつの間にか傍に控えていたセバスチャンさんが声を発する。
いつのまに……。
私が驚くより早くセバスチャンさんが口を開く。
「リンお嬢様のご寝所の用意ができました。坊ちゃまも今日はまだお仕事があるのでは?」
「坊ちゃまはやめてくれ、セバスチャン。もうそんな年ではないぞ」
アルカードさんが苦笑しつつもセバスチャンさんに苦言を呈す。
「ほっほっほ。私にとってはいつまでもアルカード坊ちゃまです」
「敵わないな……。さぁ、リン。セバスチャンについていくといい。ぽむとぽこも待っているだろうからな」
アルカードさんはまるで騎士がお姫様にするように私の手の甲にキスを落とす。
……こんな仕草が普通にできるなんてずるい人だなぁと思いつつ、セバスチャンさんに案内された部屋に通される。
「何かありましたらいつでもおよび下さい。そちらのハンドベルを鳴らせばいつでも馳せ参じますので」
と、机の上にあるハンドベルを指し示す。
「ありがとうございます。でも大丈夫です、それにそんな事でセバスチャンさんを呼んだらご迷惑でしょうし……」
そこまで言うとフフと笑われた。
「リン様はリリー様と全く別の性格をなさっておいでですね。あの方は本当に破天荒でした……」
ママってそんなに悪戯っこだったのかなぁ。想像がつかないや。
まるで懐かしいものを見るような目で私を通して在りし日のママを見るようなセバスチャンさん。
「すみません、うちのママがご迷惑をおかけしたみたいで……」
「いえ、良いんですよ。今となればそれも楽しき思い出ですから。それよりも、如何ですか?うちの坊ちゃま等は将来のお相手に」
「うぇぇ!? いえ、でも歳が大分離れていますし……」
「坊ちゃまは吸血鬼ですから20代前半で老化は止まっておりますよ。それを考えると問題ないのではないのですかな?」
ほっほっほと笑われ、一瞬からかわれているのかと思ってしまったが、セバスチャンさんの目は本気らしき光を秘めていた。
「おっと、女性の部屋に長居してしまってはいけませんな。それでは私はこの辺りで……」
そう言うとセバスチャンさんは退室していった。
「どういう意味なんだろうね……ぽむ、ぽこ」
「ぽ!」
「ぷ!」
そんな事は知ったこっちゃ無いという風にご飯をねだってくるぽむとぽこ。
待っててね、今あげるから。
詠唱し、少し太目の糸をより合わせて、たこ糸くらいの太さにして目の前に置く。
待ってましたと言わんばかりにもっちゃもっちゃと糸を含む二匹。
無の魔力だけじゃなくて他のものでもぽむとぽこが生きれるか試してみたいなぁ……。
例えばトレントの作る実だ。
私の魔力ほどまでとはいかなくてもトレントの魔力が詰まった実なら消滅は防げるかもしれない。
「リン様、レイミーでございます。入ってもよろしいでしょうか」
ぽむとぽこは……。うん、大丈夫ね。ちゃんと糸を口の中に入れてる。
「はーい」
トテトテとドアに近づき、開けると何着かのナイトドレスをもったレイミーさんが居た。
「コルセットはいつまでもされてると苦しいかと存じまして、こちらをお持ちいたしました」
「あ、ありがとうございます」
そうなのだ、正直苦しくてコルセットはもうはずしたいと思っていたのだ。
レイミーさんにコルセットをはずしてもらい、髪紐もほどくと、パラリと銀糸のような髪が体を覆う。
その様子にレイミーさんが息を飲むのが分かった。
「あの……、どうかされましたか?」
「いえ! なんでもありません!」
訝しげに疑問を口にするとビクリと体を震わせ、レイミーさんがやっぱり白ですねとナイトドレスを当ててくる。
「レイミーさん、今日はいっぱいお世話になってしまってありがとうございました」
ドレスを着せてもらい、今日一日色々とお世話をしてもらった事への礼を述べる。
「それは御主人様に直に言うと喜んでくれますよ」
ニコリと鏡越しに微笑むレイミーさん。
この人にも何かお返ししたいな、と思っていると部屋のドアをノックする音が飛び込んできた。
「リン、少し良いか?」
アルカードさんの声が聞こえ、代わりにレイミーさんがドアを開け、入れ違いになる。
「ふふ、では私はこれで失礼させていただきますね」
「不自由はないか?」
「はい、皆さんとてもよくしていただいてます。正直私なんかにはもったないくらいです」
ペコリと一礼して礼を述べる。
「なんか……とはいけないな。リン、君はもっと自信を持って良い。その姿、まるで月の女神のようだぞ」
サッとカーテンを開けられる。月明かりに照らされ、アルカードさんの紅い目がボンヤリと光を持つ。
「リン、踊らないか?」
「はい?」
いきなりの言葉に私の目が点になる。
「私と踊っていただけませんか? リンお嬢様」
アルカードさんがおどけた様子で手を差し出す。
「はい、喜んで!」
ニコリと笑い、アルカードさんの手を取る。
私はこれもお礼のうちに入るのかなと思いつつ、ゆったりとしたステップを二人は踏んでいた。
「リン……。私はお前の事が好きだ」
「え……?」
足が止まり、アルカードさんが何て言ったのか聞き返そうとする。
「なんでもない。それではおやすみ、リン……」
少し赤くなった顔を伏せ、部屋から出て行くアルカードさん。
え……今なんて?好きって?誰が?私を?
「えぇぇぇえええぇぇぇぇ……」
私の口から声にならない呟きが漏れた。
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