これからへの期待
セバスチャンさんに倉庫に行って貰い、レインとハンドルが手に戻ったのは、アルカードさんの館に着いてからしばらくしてからだった。
ぽむとぽこにも再会できて、ホッと一安心する。
「あのままだったら絶対どこかに売られてたよね……」
ぽむとぽこを抱きしめながらボーっと呟く。
「結構治安が悪い街なのかなぁ……」
治安が悪いのはこれから露天を開いたりするときには致命的だ。
とくに私のような小娘なら尚更だ。
考え事をしているとノックの音がした。
「リン様、レイミーです。湯浴みの準備が出来ました」
そういえば結構汚れている。あちこち転がされたせいで手に縄の痕も付いている。できればお風呂に入りたかったのでその申し出を受けることにした。
手首の擦れた痕が沁みないかな……と考えながら。
「お着替えを手伝わせて頂きますね」
レイミーさんが私の汚れてしまったドレスを脱がせにかかる。
「え、わ! ちょ! 一人でできますから!」
「あら、コルセットは一人ではずすのは難しいですよ?」
確かにそうだ。後ろで結ばれたコルセットは一人で脱ぐには少々難がある。
「……お願いします……」
仕方なしにレイミーさんの手に任せ、スルスルと着ているものを脱いでいく。
「お着替えはこちらで用意させて頂きますのでごゆっくりお寛ぎください」
一緒に入るとかではなくてちょっとだけ安心した。
お風呂場に続く引き戸を開けるともわもわとした湯気が立ち込めている。
「わぁ、おっきい……」
うちのお風呂の何倍だろうか、ライオンの頭部を模した湯口からは絶えずお湯が注がれている。
魔法で循環させているか、温泉かのどちらかだろう。
一番隅っこに座り、体を洗う……。真ん中だと落ち着かないのだ。……庶民で悪かったですね!
「うーん、やっぱり沁みるなぁ……」
手首の縄の痕に石鹸の泡が沁みて痛い。あまりこすらないようにしておこう。
泡を洗い流し、これまた湯船の隅っこにちゃぷんと体を入れる。
「はー……極楽極楽……」
まるでおじいちゃんかおばあちゃんにでもなった気分だ。
今日一日の色々な出来事がお湯に溶けて流されていくような気さえする。
今更ながらにさらわれた恐怖感が襲ってきてヒシと自分で自分の体を抱きしめる。
「ヒック……怖かった……怖かったよぉ……」
泣くまいと思っていたのに後から後から涙が零れ落ちる。
「リン様?」
「うひゃヒック……! は、はい!」
湯気の向こうからレイミーさんに呼ばれる。
しゃくりあげながら返事をしたため変な声が出てしまった。
「お時間がかかっているようでしたのでもしかしたらのぼせているのではないかと心配になって来て見たのですが……。様子を見に来て正解でしたね」
レイミーさんは自分の服が濡れるのも構わず、お風呂から上がった私を抱きしめる。
「れ、レイミーさん!? 服が濡れます! 駄目ですって!」
「怖かったでしょうに。……もう大丈夫ですよ」
私の声をものともせずにぎゅうと力強く抱きしめられ、私はまた涙が零れた。
……しばらく泣いた後、ようやく離して貰えた。
「……あの、ご免なさい。服を汚してしまって。それとレイミーさんのメイド服も……」
「リン様、服は代えがききます。ですがリン様は一人しかいらっしゃいません。この意味がお解りですね?」
「はい……。あの、ウェンデルって治安が悪いんですか? 白昼堂々とあんな人たちが出るなんて」
疑問に思っていた事を聞いてみる。
「その質問にお答えする前にリン様も服を着ましょうか。私も着替えたいですし……。それに何よりお互い風邪を引いてしまいます」
クスリと笑われ全裸だった事にようやく気付く。
恥ずかしさでお風呂に入っていた時よりも顔が熱くなってしまった。
「あぅぅ、育ってないのであまり見ないで下さい……」
「あら、そんな事はありませんよ。これからの可能性に期待できるじゃないですか」
つつと脇腹をなぞられて「ひゃん」と変な声が漏れた。
「……少し楽しいかもしれません……」
レイミーさんの瞳に怪しい光が灯る。
なんだかこの人ウンディーネと同じ香りがするんですけれど……。
慌てて話題を振る。
「さ、着替えましょう! ……もしドレスを着るのなら一人では着替えられないので手伝って頂けませんか?」
「承りました。私もすぐに着替えてまいりますので少々お待ちください」
なんとか話を誤魔化して体を拭く。
……どうして私の周りには変な人しかいないのと嘆きながら。
体を拭き終わる頃、新しいメイド服に着替えたレイミーさんが戻ってきた。
手には光沢のある下着を持って。まさかシルク!?そんな高級な下着つけた事ないよ……。
早いなぁ……。まぁ私の動作が鈍いのもあるんだろうけれど。
下着をつけ、髪を温風扇……ドライヤーみたいなものと思ってくれれば良いかも知れない。
風の魔術と太陽の魔術を組み合わせた扇で扇いでもらい、髪を乾かす。
「ありがとうございます、レイミーさん」
「御気になさらず、これくらい当然の事です。それにしても本当に綺麗な御髪……月の光が具現したらこんな色になるんでしょうね」
だから褒めすぎだってば……。そりゃ髪を褒められるのは悪い気はしないけれど。
再びコルセットを締められ、新しい白いドレスを着させられる。
「旦那様がリン様とお食事を共にとりたいそうです。それとさきほどの治安についてですが、表に出てこない領主をよい事に裏で悪いことを企む輩がいるのは事実です……。悩ましいことに」
そっか。アルカードさん吸血鬼だから昼間は出れないんだよね。なんとかできればいいんだけどなぁ。
裏路地にさえ近づかなければ大丈夫かな?こちらもなんとか流通路は確保したいし、市場での買い物もしたい。
「さぁ、こちらが食堂になります。どうぞお入り下さい」
よく油を差されているのだろう。音も無く、重厚そうな扉が開いていく。
8人くらいは座れるテーブルに、アルカードさんがもう着いている。
「おお、リン。綺麗だぞ。よく似合っている」
アルカードさんが開口一番にそう言ってきた。
ドレス補正のせいもあるだろうからなぁ……。
それに迷惑をかけてしまったので素直に喜べない自分もいる。
「あの、アルカードさん。ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」
「良いのだ、リン。こうやって無事に私の前に居るではないか」
席を立ってこちらに近付き、ぎゅうと抱きしめられる。
お腹の辺りに顔が押し付けられ、アルカードさんの匂いが胸にいっぱいになる。
石鹸とほんの少しの汗の匂い、男の人の匂いだ。
パパとは違うけれどなんだか落ち着く香り。
「すまなかった……」
アルカードさんに詫びられるが慌ててこちらも悪かったのだと告げる。
大の大人にいつまでも頭を下げさせておくわけにもいかない。
「そうか……。では食事にしようではないか。温かいものを取れば気分も落ち着くであろう」
「はい!」
その言葉に朝食べてから何も食べてないことを思い出し、急激にお腹が空いてくるのだった。
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