黒き翼
「リンがさらわれた、だと……?」
「ハッ! 私めが付いていながら申し訳ありません!」
ここはアルカードの屋敷、夜闇が迫り来る時刻。
「さらった相手は何と?」
「はい、身代金を要求しています。子供がこちらの手紙を持ってきました。アルカード様一人で町外れの墓地へ、とのことです」
アルカードはふむ、と顎に手を当てて考える。
「要求を飲もう。いくらだ」
「金貨1000枚です。……しかし、リン様が無事に返される保障はありませんが……」
「心配ない、黒き翼を敵に回した事を後悔させてやろうではないか……」
壮絶な笑みを浮かべられ、セバスチャンは背筋に氷柱を差し込まれたような錯覚を覚える。
この人は怒らせてはいけないのだと再認識しながら。
「まずは金貨の用意を。何、1000枚くらいはした金だ。無事に返して貰えるのならばくれてやっても良い。……しかし……」
「しかし……?」
声が枯れそうなほどの重圧に耐えながらセバスチャンは自分の主人の言動を繰り返す。
「髪の毛一本ほどでも傷つけていたら私は決して許さない」
その鬼気迫る表情にセバスチャンの額からは一筋の汗が流れ落ちるのだった……。
時刻は夜、夕闇が通り過ぎ、獣や魔物の存在が明確となりはじめる時、男は墓地に一人で立っていた。
黒いコートを纏い、夜闇に溶けるような様は、風が吹かなければ気付かなかっただろう。
「リンはどこだ」
足音が後ろからザリと聞こえ、姿勢を崩さずに黒いコートの男は尋ねる。
その様子に男たちは戸惑ったようだったが、リーダー格の男らしき人物が手を縛り、猿轡を噛まされた少女を連れてきた。
白いドレスに銀の髪をポニーテールに結った少女、泣き腫らしたのだろう。目は赤く腫れている。
「貴様等……」
ギリと歯軋りをする。
「おっと、まずは金を寄越しな。その鞄を置いて離れろ」
言われるとおりアルカードは鞄を置き、距離をとる。
男たちは三人ほど、これくらいなら一瞬でアルカードなら叩きのめせるだろう。しかし今はリンが人質になっている。
下手な真似は出来ない。
「さぁこれで良いだろう。リンを離してもらおうか」
「……確かに金は受け取った……だがな、まだ足りねぇな」
「何?」
「このままこいつはどこぞの貴族に売り飛ばす! じゃあな!」
男たちはリンと鞄を抱えると脱兎の如く逃げ出した。
「ふふふ……フハハハハハハ!」
しかし、男たちの足はアルカードの発する場違いな笑い声にピタリと止まった。
いや、動かせなかった。まるでぬかるみにはまったように足が動かない。
「私は黒き翼だ。悪を見逃すわけはないだろう? 恐怖の魔法をかけさせてもらった。お前たちはもう指一本動かせない」
まるで鴉が羽を拡げる様に両手を広げ、それにあわせコートも広がるアルカードの姿。まるで対峙するものにとってみれば悪魔のようにも映っただろう。
「……」
言葉も喋るのを禁じられたように瞬き一つしない男たち。
「その前にリンを返してもらおうか。いつまでもむさくるしい男の腕に抱かせておくわけにもいかないのでね」
アルカードさんの腕の中に抱かれる私。
……この人こんなに格好良かったっけ?
「あの……レイン……私のドールを何処へやったか聞いて欲しいんですけれど……」
「ふむ……。では喋ることを許そう。話せ」
「金になると思ったんで倉庫にそのまま置いてまさぁ。お願いします! 命だけは助けてくだせぇ!」
「煩い」
そう言うとパチンと指を鳴らし、再び静寂が訪れた。
「良かったな、リン。倉庫にあるそうだぞ。場所は覚えているか?」
コクコクと頷く私。
「そうか、ではもう貴様等に用は無い。後は衛兵所で思う存分喋るが良い……。もっとも人身売買は重罪だ。生きて帰れるとは思わないほうがいいがな」
「……」
その言葉に男たちは蒼白になる。
言葉も喋るのを禁じられている為なのか、月明かりで判断するしかないけれど。
「心配したぞ、リン」
ギュッと抱きしめられ、思考が一瞬にして真っ白になる。
「あ、あの……アルカードさん? ありがとうございます……ごめんなさい……」
助けられた事と、迷惑をかけた事と抱きしめられて恥ずかしい感情がごっちゃになってしまう。
「良いのだ……。無事であればそれで……」
大の大人が私を抱きしめる。
所謂お姫様抱っこだ。うわ、これ結構恥ずかしい!
「アルカードさん、ごめんなさい……ドレス汚してしまいました……」
「うん? それはリンのせいではないだろう」
それに、と続けられる。
「ドレスならば館に何着もある。さぁ、帰ろうではないか」
「あ、あの! あの人たちは?」
「すぐに衛兵が来る。この国の法でな。人身売買は重罪だ。それが判らぬ歳でもあるまい?」
私を抱き上げたまま、片手に鞄を持ち、帰途につく私達。
墓地の外には馬車が停まっていた。
「リンお嬢様! もうしわけありません、私めの不手際のせいでこのような危険な目に会わせてしまい……」
馬車の傍に立っていたセバスチャンさんから深く腰を折られ、お詫びの言葉を投げかけられる。
「だ、大丈夫です! セバスチャンさん! ほら、アルカードさんが助けてくれましたし……」
あ、セバスチャンさんを……さん付けしちゃったけれどまぁいいか。
「それよりもアルカードさん、もう一人で歩けますから離して下さい!」
「却下だ。目を離すとリンはどこかへ行ってしまうのでな。今日はずっとこのままだ」
「そ、そんなぁ~!」
意地悪くニヤリと目を細められて言われた言葉に私の叫びはただ墓地に響くだけだった……。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
ご意見、ご感想などもお待ちしております。




