リン、攫われる
泣いている子供に駆け寄り、どうしたのかと聞いてみる。
弟のジグと姿が重なってしまって放っておけなかったのだ。
「ママと……ママとはぐれちゃって……最近街へ来たばかりだから家も何処かわからなくなって……」
グジグジとベソをかきながら答える子供。
「セバスチャンさ……セバスチャン、何とかなりませんか?」
「そうですね……。探してみますのでリンお嬢様は馬車でお待ち下さい」
「いえ、私もお手伝いします!」
「わかりました、ではこの子がはぐれないように付いていてあげて下さい。私は市場の案内所にて聞いてまいります」
そう言うとセバスチャンさんは背筋を伸ばし、市場の入り口に歩いていく。
あちらの方向に案内所があるのかな?せめて私はこの子がこれ以上泣かないようにしてあげよっか。
「セバスチャンさんはすっごく頼もしいから大丈夫! きっとアナタのママも見つかるよ!」
「本当に……?」
まだベソをかいている子供を前に、ドールのレインを操るためハンドルに魔力を込め、詠唱する。
「私のお友達もセバスチャンさんはすごいって言ってるよ。ね、レイン!」
レインにコクコクと頷かせてみる。
そしてセバスチャンさんがしていたようなお辞儀をさせてみた。
「うわぁ、お姉ちゃん人形遣いなの?」
「うん、私はリン。そしてこっちはレインだよ。あなたのお名前は?」
「僕はマルテって言うんだ。雨の日に産まれたからなんだって」
マルテと答えた子供にレインをおどけた調子で躍らせてみる。
私もママから教わったダンスの真似事でくるりくるりとターンを決めて。
「わぁ! まるでお姫様と騎士みたい! スゴイスゴイ!」
そうしていると周りに人が集まってきた。
しまった、あまり目立ちたくなかったんだけどなぁ……。
そんな事を考えているとセバスチャンさんの頭一つ高い顔が遠くに見えた。隣には綺麗な女性を連れている。
「もしかしてあの人がマルテのお母さん?」
「あ、うん! 僕のママだ! ママー!」
マルテが走り出し、遠くに見えた女性に抱きつく。ママと会えて良かったねぇ……。
レインを抱き、ホロリとこちらも涙が出そうになるのを抑える。
と、いきなり手を引かれ路地裏に引っ張り込まれた!
「きゃ、きゃあ!」
何!?何なの!?いきなりの事で思考が麻痺してしまう。
「へへ、領主の娘が供も連れずに一人でいるなんてなぁ! こいつは幸運だぜ!」
「ち、ちが……!もが!」
「おっと、騒がれても困るからな。少し静かにしてもらおうか」
男の野卑た手に口を塞がれ、ツンと酸っぱいような汗臭さとお酒の混じったような匂いにたまらず顔を顰める。
幸いレインもハンドルもこの手にある。
これならば男の脛をレインの剣で峰うちにすれば逃げ出せるかも……!
「おっと、そういえば人形を使っていたな。このハンドルは預かっておくぜ」
……大事なハンドルを取り上げられてしまった。
「返して! 私の大事なものだから!」
その言葉にニヤリと男が醜悪な笑みを返す。
「ほぉぅ、そんなに大事なものか。じゃあ壊されたくなければおとなしく静かにしてるんだな」
男の足は路地裏の奥へ奥へとどんどん向かっている。
御者の人やセバスチャンさんの驚いた顔が忘れられない。
あうぅ、ごめんなさい。浮かれすぎていました。こんな事になるなんて……。
土の魔術を詠唱しようにも片手で口を再び塞がれてしまった為、思うようにはいかない。
それに来る前にぽむとぽこに魔力糸を出して魔力を放出してしまった為、大した魔術は使えない。
しばらく揺られ、あちこちを曲がりくねって走った後、どこかの倉庫っぽいところに閉じ込められた。
「ここでしばらく大人しくしてな。なぁに、身代金さえ貰えれば無事に帰してやるよ」
そこかしこに嘘の匂いがぷんぷんとする。身代金を貰うだけ貰えばどこかに奴隷として売り飛ばせそうだなと考えているのが顔を見てとれる。
もちろんハンドルとレインは取り上げられたまま。
どうしよう……。このままだとまたアルカードさんに迷惑かけちゃう……。
ポタリと自分の不甲斐無さに涙が床に落ちる。
後ろ手に縛り上げられ、ドレスも汚れてしまった。
……せっかく着せてもらったのにな。
そのままポロポロと涙が落ちる。でも口を塞がれていないのは不幸中の幸いなのだろうか。
どうやらさらった相手は私が人形しか使えないと思っているらしい。
……固い水晶でも作れば縄が切れるかもしれない。
そう考え詠唱を始める。
「土槌よ、槌音持ちて……」
「おい! なにやってんだ!」
詠唱しかけた所で気付かれたらしく、ドアを開けられ邪魔をされてしまった。
先ほどのさらった男では無い、別の人。
胸当てに皮鎧をつけており、さっきの人よりは態度も偉そう。
無精ひげの生えた顔を苦々しげに顰めている。
「チッ! 魔術師か。口もふさがねぇといけねぇじゃねぇか!」
そういって皮の紐で猿轡を噛まそうとする。
「やめてください! 私領主様の娘なんかじゃありません! だから身代金なんて要求しても無駄です!」
さっきの人よりは交渉ができそうだと考え、猿轡を噛まされるより早く言葉を叫ぶ。
「ほほーう? じゃあなんでそんな綺麗なドレスでお嬢様扱いされてんだ?」
「それは……複雑な事情があって。私が領主様の親しかった人に似てるからだそうです……」
「それはどちらにしろ身代金は取れそうだな。まぁ取れなければこれほどの美貌だ。好事家に売り飛ばせば元は取れるってもんだ」
ゲヒヒと笑い、嫌らしい笑みを返され、その間隔にゾワリと背筋が寒くなった。
猿轡をはめられ、満足に喋ることも出来なくなった口と自由に動かない手で私ができることは後悔と自責の念でただ泣く事だけだった……。
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