老執事の輝き
「紡? これはどうやって縫うの?」
「あ、うん。そこはね仮留めをしてから縫うんだよ」
「ありがと、やっぱ紡は詳しいね! 助かったよ~!」
「ううん、いつでも聞いて。今度の保育園でやる人形劇頑張ろうね!」
……なんだか懐かしい夢を見た気がする。
あの時は保育園で人形劇をやる為の衣装を作ってたんだっけ……。
昨日レインの服を縫っていたから思い出したのかもしれない。
今日はアルカードさんの執事、セバスチャンさんと言ったっけ……が、迎えに来てくれる筈だ。そういえば時間聞いてなかったけれど十時くらいだと思っていいんだろうか。
お腹も特に空いてないけれど体力はつけておかないとだね。昨日のシチューの残りを温めて……街でお買い物するためのポーチももったし、それまで何してようかな。
「レインの服でも縫おっか、ね。レイン」
ハンドルを持ち、埋め込んである宝石に魔力を込め、詠唱する。
命が宿ったようにも見えるその人形はコクコクとうれしそうに頷いた。
……まぁそういう仕草をさせてるのは私なんだけれど。
「ぽむ、ぽこ、おはよう」
「ぷ!」
「ぽ!」
ぽむとぽこを起こし、階下に下りる。
シチューの残りをかまどにかけて温めはじめる。ぽむとぽこがものほしそうに見つめているけれど、気にしないようにしよう。
……たまねぎとか味の濃いものが少し心配なのだ。
犬や猫じゃないんだからと思うかもしれないけれど、何が食べられて何が食べられないのかは気をつけておくべきだ。
十分に温まったそれを器に取り、昨日の余ったパンとで簡単に朝ごはんにする。
そういえばゴーレムに畑を作ってもらってたっけ。あの速度ならそろそろ出来た頃だ。
街から帰ったら種を植えよう。
……何があるか分からないから魔力は温存しておくに限るしね。
食器を片付け、レインの服をちくちくと縫っていく。
今回は魔力糸は使わずに、黒と白をモチーフとした所謂ゴシックロリータと言われるドレスだ。
おしゃれ用だけれど、完成したらフリル部分に魔力糸を使おうかと思っている。
……いつまでも同じ服じゃかわいそうだものね。
無心で縫っていると、玄関をノックする音が飛び込んできた。
「おはようございます、リン様の御住まいはこちらでしょうか」
セバスチャンさんかな?
「はーい」と返事をして、針をピンクッションに刺す。ぽむとぽこに危ないから触らないようにと念を置くのも忘れずに。
トテトテと玄関に向かい、ドアを開けると白髪の老執事が立っていた。
年齢は60歳くらいだろうか。しかし、背筋もピンと伸び、形の良いヒゲも綺麗にカットされている為、もっと若い印象を受ける。
言葉で表すならナイスミドルという印象がしっくりくる。
……アルカードさんも渋いけれど、このおじいさんも渋いなぁと見とれていると優雅に一礼された。
「リン様でいらっしゃいますね? 私、アルカード様に仕えるセバスチャンと申します」
「ふわぁ……」
様付けでなんて呼ばれたこともないし、まるで童話の世界の執事様を絵に描いたような状況で私の口からは感嘆のため息が出てしまった。
「リン様?」
「あ! す、すみません! そうです、リンと申します! 今日は是非よろしくお願いいたします!」
訝しがる様子で名前を呼ばれようやく現実に帰ってくる私。
「フフ、アルカード様が仰っていたとおりの可愛らしいお嬢様ですね。そうそう、焼きリンゴご馳走様でした。とても美味しゅうございましたよ」
……ニコリと微笑まれ、私の顔が熱くなる。
アルカードさん一体どういう紹介をしたのー!と心の中で叫びながら。
「それでは参りましょうか。あ、使い魔も是非一緒で構わないと主人は仰られていました」
それってぽむとぽこも一緒にって事?まぁお留守番させて寂しい思いをさせるよりいっか。
そう考えてぽむとぽこに声をかける。
「ぽむ、ぽこ、一緒に行って構わないんだって! 一緒に街へいこっか」
「ぷー!」
「ぽー!」
あ、なんだか嬉しそう。いろんな場所を見られるのが嬉しいのかな?
ポーチを提げてハンドルを持ち、詠唱してレインを肩に乗せる。
「さあ、それでは馬車の用意が出来ております。お手をどうぞ、リンお嬢様」
スッと真っ白い汚れ一つない手袋をした手を差し出され、しばし逡巡した後、その手を取る。
セバスチャンさんに手を引かれると目の前には馬車が空中に浮いていた。
どういうことかと言うと本来車輪で支えている部分が全くないのだ。
それを牽くのは八本足の馬、スレイプニルだ。
スレイプニルなんて超お金持ちの家でしか飼えない筈。確か空も飛べるとママの持っている本か何かで読んだことがある。
「魔術馬車……」
驚いて声をあげてしまった。
「そうでございます。当家の主人アルカード様が黒き翼としての働きを評され、王家から賜ったものでございます」
少し得意そうに話すセバスチャンさん。アルカードさんって実はすごい人だったんだ……。
闇の精霊の魔法を使える事にも驚いたけれど、実はもっとすごい人なんじゃないかと再認識する。
「アルカード様は今は別荘でお休みになっておられます。不肖、私めがリンお嬢様を街へご案内させていただきます」
「は、はは、はい! セバスチャンさんよろしくお願いいたします!」
「フフ、そう硬くならずともよろしいですよ。リン様は我が主人の特別な方と聞いております。ですので私の事はどうぞセバスチャンとお呼びください」
正面から瞳を見据えられ、「はい」としか言えなくなってしまった。
「それでセバスチャンさ……」
「セバスチャンでございます」
「セ……バスチャン……」
「はい、なんでございましょう。リンお嬢様」
さん付けしようとした私の言葉をさえぎり、有無を言わせない形で呼び捨てにさせる。
鋭い眼光に何も言えなくなってしまったけれど、勇気を振り絞って聞いてみる。
「その、リンお嬢様というのはやめていただけませんか? 私は普通の庶民でただのちんちくりんの魔術師見習いですので……」
「却下で御座います。リンお嬢様は私の主人の大切な方、呼び捨てなぞすれば私の首が飛んでしまいます。どうぞご理解くださいませ」
私の願いは枯れた葉っぱが風に舞うように吹き飛ばされた。
「あぅぅ」
一言漏らして諦めた。
セバスチャンさんに馬車の中に引っ張り上げてもらう。
「では行きましょうか。まずは別荘に着いたら御召変えをいたしましょう。メイドも何人かおりますのでご安心を」
「はいぃ……」
もうなすがままだ、なんとでもなれと思い、覚悟を決める事にした。
「スレイプニル、アルカード様の別荘まで」
セバスチャンさんの声にブルルッと嘶いたスレイプルに牽かれ、ゆっくりと馬車は空を滑り出した。
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