DayDream
「んぷっ!」
焼きリンゴの皮が乾かないようにもれ出た汁をかけようとダッチオーブンの蓋を開けると濃密な甘い香りに包まれ、悲鳴を上げてしまった。
その匂いに釣られたのかぽむとぽこが2階からみょんみょんと階段を伝って降りてきた。
「ぽ」
「ぷ」
まるでエサをねだる猫のように私の脛に体をこすりつけてくる。
その感触がくすぐったくて、思わず吹き出してしまった。
「ちょっと待って! これはあなたたちのご飯じゃないから! それにさっき魔力糸食べたでしょ!」
私の言葉に「ぷぽ」とつまらなそうに返事をするとみょんみょんと音を立てて離れるぽむとぽこ。
「……もう、どんだけ食い意地はってるの。あの子達は……」
一人呟いてスプーンで溶けたバターと果汁をかける作業に戻る。
この調子ならもう少し焼けば完成しそうね。
「あら、良い香りがしますわね。私たまらず家から出てきてしまいましたわ」
ふと背後から声が聞こえて、振り返るとウンディーネがいた。
「あ、ウンディーネいらっしゃい。もう少しで焼けるから食べるならご馳走するよ」
焼きリンゴは冷めても美味しいけれど一番美味しいのは焼きたての状態だ。
口にほおばると熱い果汁が染み出して、バターとシナモンの香りが鼻から抜ける。その美味しさを想像してコクリと唾を飲み込んだ。
「あら、ではご相伴にあずかろうかしら」
「じゃあ適当な場所に座ってて~」
テーブルの上には編みかけのレインの服があるのでササッと避けておいた。
服を編むという行為が珍しいのか、ウンディーネの視線をヒシヒシと感じる。
何回か汁をかけて完成した焼きリンゴをウンディーネの前に出す。かまどの火を落とす事とナイフとフォークも忘れずに。
ウンディーネは金属を嫌うという文献を読んだことがあるので、木製の柄のナイフと木製のフォークだ。
「あら、私の苦手なものを知ってますのね。ありがとう、リン」
「いえいえ」と言葉を返し、「召し上がれ」と勧めてみる。
自分はさっき遅い朝食を摂ったからお腹いっぱいなので後でのお楽しみにしよう。
「美味しいですわ! 私久しぶりに食事をしましたけれど、こういうのも良いものですわね」
ウンディーネが顔を綻ばせる。
ウンディーネの様な美人が笑うとまるで花が咲いたようだなぁという表現がしっくりくる。そう考えて、少し羨ましくなった。
そういえば久しぶりの食事ってどういう意味なんだろう。もしかして精霊は食事を摂らなくても生きていけるのかな?
首を捻ってると疑問が顔に出ていたのかウンディーネが答えてくれた。
「私たち精霊はそれぞれの属性から魔力を得て生きていますの。味覚は備わっていますけれど、人間のように食事をしないからと言って弱る事はありませんわ」
そっかぁ、と頷く。
「さて、何かお礼をしなければいけませんわね。リン、何かして欲しいことはありませんの?」
「うーん……。いきなり言われても……。あ! じゃあ氷冷箱を作るの手伝って欲しいかも」
昨日から作ろうと思っていた事を思い出す。
「お安い御用ですわ、では媒体になる石はどちらに?」
「これとそのドングリみたいな種なんですけれど……」
と昨日ぽむが吐き出したアクアマリンらしき宝石を取り出す。
「あら、これは昨日の……。少々これだけの魔力を秘めた宝石を使うのはもったいないような気もしますけれど、良いでしょう。私が作るのでしたら数百年はもつ物を作って差し上げますわ!」
フンスと息巻いているウンディーネ。……いえ、数百年って私生きてないと思うなぁ……。
「氷結の一片、氷冷来たりて雹を閉じ込めん!」
ウンディーネが詠唱を終えると宝石がつつと動き、ドングリ状の種のヘタの部分に吸い込まれていく。
この実はヘタが蓋代わりになっていて中は空洞なのだ。
「できましたわ。こんな簡単なものならばいつでも引き受けますわよ。ついでに土台も必要ですわね」
そう言うとウンディーネが簡単な土の魔法を詠唱する。
瞬く間に氷冷箱となった実を固定できる台座が出来た。
……すごいなぁ、水だけじゃなくて土の魔法も使えるなんて。
「ありがとう、ウンディーネ。今私魔力使い切っちゃったから助かっちゃった」
「……それなら少し寝た方が良いですわ。私、人間というものがいかに弱いか昨日の事で思い知りましたの」
そうなのだ、魔力切れで正直ベッドに横になればすぐに眠りに入る自信はある。
それをしなかったのはアンヘルが来た時の為にお菓子を作っておかなきゃといった明確な目的があったからだ。
……たぶん、カスタードの材料を持ってくるんだろうなと思ってる。
ここはウンディーネの言葉に甘えるとしようかな。
「うん、正直言って結構眠たいからちょっとだけ休みたいかも。氷冷箱ありがとうね、ウンディーネ」
「こちらこそご馳走様。今度は私の家にいらっしゃいな。歓迎させてもらいますわ」
ニコリと笑うウンディーネに御礼を言って見送る。ゴーレムにだれか来たら呼ぶように頼んでおく。
そして2階にあがり、ローブのままフカフカのベッドにぽむとぽこと一緒に横になるとそこで私の意識は途切れた……。
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