ごく普通の魔法少女見習い・リン
「おめでとう! リン!」
「早いなぁ、もう12歳かぁ。産まれたときは本当に小さくて全く泣かない子だったから無事に育つかパパ心配だったんだぞ」
「姉ちゃん、おめでと!」
クラッカーが鳴らされ、光と音が弾けた。
この世界では魔法と魔術の概念があるみたいで、簡単な魔術なら誰にでも使えるように簡略化されてグッズとして売られている。
このクラッカーにしてもそう。
前の世界だと火薬の臭いと紙吹雪が散って後片付けが大変なのだけれど、この魔法で作られたクラッカーは星を模した光と音が出るだけで辺りも全く汚さず、ゴミも出ない優れもの。とってもエコ。
原理としては光の精霊と風の精霊の力を組み合わせていて、紐を引っ張るとクラッカーの中で魔導式が発動する仕組み。
「ありがとう、パパ、ママ。そしてジグ」
目の前には私の誕生日を祝ってくれる家族。母と父と弟のジグ。
この世界に来てから、何回も元の世界の父と母を想って泣いた事もあるけれど流石に12年も経てば悲しみも薄れていくし、ずっと育ててくれたこの人達に情が沸かないわけが無い。
……パパに関しては朝寝坊するとヒゲでジョリジョリ当てて起こすのはやめて欲しいものだけれど。
「さ、ケーキを食べましょう?」
ママがケーキを切り分け、お皿に乗せてくれる。この世界では誕生日に蝋燭を立てて息を吹きかけて消す、なんて作法は無いらしい。
昔、そんな風習が無いのか聞いた事があるけれど、すごく怪訝な顔をして「勿体無いでしょう?そんなにやりたいなら魔術で点けてあげるけど」なんて言われた。
うちがケチなだけかと思ってたらそうでもないみたい。
いただきまーすと心の中で手を合わせる。流石に日本人としては、この作法を忘れられない。元、がつくのが悲しいけど。
食事の前にはすでに精霊と月と太陽の神様に祈りを捧げてある。この世界の作法で、手で月と太陽を表す印を結び、祈るのだ。
ジグも私も手が小さいので、随分苦労した記憶がある。
「……美味しい!」
上に乗っている砂糖漬けのクランベリーを口に入れた瞬間、甘酸っぱい香りが鼻から抜ける。
「リンは果物好きだからなぁ」
パパが笑い、ママもその様子に微笑んでいる。
「姉ちゃん、これあげる!」
ジグが自分のクランベリーを私のケーキのお皿に置いてくれた。誕生日だから特別なのね、きっと。
「ありがとう、ジグ」
ニコリと笑い、弟がくれた果実を口に運ぶ。
「んん~~~~!」
甘くはあるけれどさっきよりだいぶ酸っぱい、ほっぺたの奥がしめつけられるくらい。
酸っぱさに耐え切れず腕をパタパタと振る。
「へへ、姉ちゃんはまだ木の実が熟してるか見分けられないんだな~! 部屋にばかり篭もっているからだぞ」
ジグが勝ち誇ったような目で鼻を擦っている。自分のケーキのクランベリーが酸っぱいのを知ってて私に食べさせたみたいだ。
「ジ~~グ~~~!」
少しだけ怒った私はポケットから宝石で装飾されたハンドルを取り出す。
ハンドルとは操り人形を操る為の道具だ。糸で人形とハンドルを繋げ、意のままに動かすためのもの。
でもこの世界では糸で人形を操っている人は少数派だ。
大抵、魔力をハンドルに注ぎ込んで糸の代わりにする。
短く詠唱し、ハンドルの中心に嵌め込まれているルビーに人差し指で魔力を込めると部屋の隅に座っていた人形が立ち上がる。
甲冑をつけたドールで、日本で観ていたアニメに登場する女性騎士をモチーフにしたものだ。
人間サイズのドールなんてとてもじゃないけれど作れないので、子供の腿くらいまでの高さしかない。
でも出来栄えは良いし、パパもママも褒めてくれた。……ジグだけは女が騎士なんてかっこわるい!と拗ねてたけれど。
家で剣を抜かせるわけにはいかないので、ドールの近くに丸めて樽に放り込んであった羊皮紙を掴ませる。
「わわ、姉ちゃん! 勘弁!」
ジグが慌てて椅子から降りるけど逃がしはしない。
「問答無用!」
スパーンと小気味良い音が響いた。
私の人形が丸めた羊皮紙でジグの頭をはたいた音だ。
「うづづ……」
ジグが頭を押さえているけど痛くはない筈だ。……少なくともジグに起こされる時、私の上に飛び乗られて起こされるよりは。
パパもママもいつもの事なので慣れっこといった感じだ。
「ほら、リン、ジグ。埃が舞っちゃうでしょ。そこまでにしときなさい。それに、リンは明日から居ないのよ?」
ママがやんわりと仲裁する。
「分かってるよ! だけど……やっぱ……だけどぉ!」
ジグが駄々を捏ねている。この世界では魔術師になるなら12歳で一人暮らしを始めなければいけない。
薬物や魔法石の研究をする為に人里より少し離れた所に居を構えなければいけないのだ。
孤独に慣れさせる為でもある。
昔、寂しがりやの見習い魔女が街に住み研究をしていたけれど、その近辺で異臭騒ぎやら植物が一斉に繁殖したりした事があったと御伽噺にもなっている。
人に迷惑をかけないって難しいんだなぁ、と子供心に感じた。
物思いに耽っていたらいつの間にかジグが隣に居た。
目を赤くして鼻をスンスンと鳴らして吸っている。
しょうがないなぁ……。
「ほら、ジグ、おいで」
人形を壁際に立たせてハンドルを置く。ハンドルから手が離れると人形からプツリと動力の糸が切れた様に微動だにしなくなった。
私は座ったまま腕の中に弟を迎え入れる。私より随分と大きくなってしまった弟だけれど中身はまだまだ子供。
頭をポンポンと撫でながら、この甘えん坊でヤンチャな弟を慰めた。
弟の頭を抱きつつ、育ててくれたパパとママに向き直る。
ぐぇとか腕の中で声が聞こえるけれど気にしない。その気になれば自分で振り払えるくらいの力しか込めてないし。
「パパ、ママ、今まで育ててくれてありがとう。何年かしたら戻ってくるけど、それまでお別れね」
腕の中の弟が身じろぎしたので続ける。
「ついでにこの甘えん坊が姉離れできるようにね」
甘えん坊じゃない、と顎の下から聞こえたけれど聞こえないフリをした。
パパに到っては涙ぐんでるし……。
ママは苦笑しながらパパを慰めてる。
他所様の家族はあまりどうか分からないけれど、うちの家族は相当に涙脆くて御人好しだ。
そういえば紡の時も全寮制の高校に行くと言った時、父が大泣きしちゃったなぁ。
少しだけホロリと感傷的な気分になった。
リンの家族はジグっていう弟が居るけれど、紡の家族は私一人なんだよね……。
いけないいけない、こんな事じゃ。
せっかく生まれ変わったんだし。
それに、たぶんだけれどリンの体は未熟児として産まれたおかげで生後すぐに死んでしまったと思う。
話を聞く限り、私の記憶がある時期とリンが産まれてすぐに息が止まってまた吹き返した時と一致してる。
少しだけ回想をしているとママの言葉に現実に引き戻された。
「さ、料理が冷めてしまうわ。リンもジグもアナタも、今日はいっぱい食べてリンを楽しい気持ちで送ってあげましょう?」
「おう、そうだな! ママの料理は世界で一番だからな! 今日はジグも動けなくなるまで喰わせてやるぞぉ!」
話を振られたのでジグの頭をそっと離す。
ジグがちょうど座っている私の目線の高さだったので、また頭を撫でてやり、ニコリと微笑んだ。
「パパとママを頼むわね、ジグ」
その言葉にジグは強く頷くとハッキリ言った。
「うん、いつでも姉ちゃんが帰って来てもいいように一杯手伝いする!」
その言葉に私は笑みを絶やさず頷いた。
……紡だった頃の父さん、母さん、私は今幸せです。
12歳の私は明日、親元を離れ旅にでます。
あ、言い忘れてたけれど私、魔法少女になりました。
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