シナモロールのお父さん
「これが……私の……ゴーレム……」
がくぅりと肩を落とし、地面に崩れた姿勢で手を付く。
目も口もまるで穴が開いている様にぽっかりと空洞だ。
土の魔法が得意と自負していた私に追い討ちをかけるようにハニワ状のゴーレムが声をかける。
「ハニ?」
その言葉はまるで心配するような響きを持っていた。
「言葉、解る、の?」
こちらも片言になってしまい、一語一句区切るように問いかける。
「ハニ! ハニ!」
するとまるで解ってますというように返事をしたゴーレム。
……どうしよう。
あまりの事態に頭がついていってないようだ。
とりあえず考えを整理しよう。
土から作ったわけだから水には弱いかもしれない。
昔、小学校で埴輪を作った事を思い出す。
そうすると井戸の周りの整備は危険だ。
水に晒されて溶けてしまうかもしれない。
まずはそこを聞いてみる。
「お前、水は大丈夫?」
「ハニホー!」
まるで大丈夫といわんばかりに腕?で自分の胸?胴?を叩く。中身が空洞であるかのようなコンコンと小気味良い音がした。
案外丈夫なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ一つ目の命令! この家の周り、100オルムに石と泥で丈夫な囲いを作る事!」
「ハニホー!」
100オルムとは約100メートルだ。分かったという返事を残して昨日地下水が噴出して、トレントに覆ってもらった辺りに向かう。
……何も持たずに。
どうするのかと心配で見ていたらひときわ大きな声がした。
「ハニハニホー!」
その声が響いた瞬間灰色の土がハニワゴーレムの口からどろりと吐き出される。
「……なにあれ、セメント? コンクリート?」
自分も工事現場くらいでしか見たことも無い物質だが、それが空中に吐き出されどんどん囲いの様な形になっていく。
それが丸く十分に大きくなった時「ハニッ!」と声が響いた。
続けてズンと重いものが落ちる音と足元に伝わる地響き。
驚いた事に瞬く間に家の周りを囲む塀が完成してしまった。
「うそ……すごい……」
その言葉が聞こえたのかうれしそうに華麗にステップを踏むハニワ。……なんてシュール。
「ぽ!」
「ぷ!」
いつのまにか隣に来ていたぽむとぽこがぽんぽんと私の膝を叩く。
「あ、うん。ご飯かな? とりあえず何かたべようか……」
ぽむぽこのおかげで現実に引き戻された私はハニワに待機を命じて、家に入ろうとする。
と、トレントに声をかけられた。
「あんなすごいゴーレムを作れるとはねぇ、リン。この私も吃驚したよ」
え!?あれってすごいの!?見た目ハニワなのに!?
あまりに変な言葉をかけられて一瞬思考がストップする。
「……えーっと、ありがとうトレント。でも素体にしたのがぽむとぽこの作った宝石だから当たり前かも」
なんとか回らない頭を回転させ、答える。
「ほう! ぽむとぽこのかい? それなら当たり前だねぇ」
「う、うん! それじゃ私達ご飯にするからまた後でね!」
「あぁ、また後でなぁ。それはそうと今日はアンヘルという羊飼いが訪ねてきそうだよ」
「え”!」
鶏が首を絞められるような声をあげてしまった。
こまったなぁ、今来られても出すようなものは何も……。
「ほっほっほ、木々が話しているのが聞こえたからねぇ。あの少年がここへ来ると。でも今すぐじゃないねぇ、太陽がもっと傾いてからくるそうだよ」
ほっほっほじゃないってば……。
でもそれならばお菓子を作る余裕くらいはあるので少しだけ安心した。
教えてくれたトレントに礼を言い、リンゴを使ったお菓子をいくつか頭の中で考える。
「ねぇ、トレント。シナモンって作れる?」
「ふむ、それなら私の下の方の枝を削るといいよ。人間達は世界で最古のスパイスとか言ってるねぇ」
世界で最古のスパイス、つまりシナモンだ。元々は防腐剤にも使われていたと高校の授業で習った事がある。それはこちらの世界でも同じらしい。
「ありがとう、トレント。でも痛くないの?」
そうなのだ、そこだけが一番心配なのだ。
「ほっほっほ、それくらいじゃなんともないよ、リン。それにここは魔力に満ちている。それくらいなら直ぐに治るよ」
トレントに礼を言って、2階にあがる。
ぽむとぽこにご飯となる魔力糸のストックを食べさせる為と、ベランダからドールのレインを使ってトレントの枝の樹皮を少し貰う為だ。
「レイン、なるべく痛くないようにね」
ハンドルを持ち、ドールのレインに命令する。
スラリと剣を抜き放ったレインは枝に飛び、そこから少量の樹皮を剣で削って来た。
せめてものお詫びとして治癒魔法をなけなしの魔力で掛けておいた。
「後はこれを乾かして……と」
もっちゃもっちゃと糸を食んでいるぽむとぽこを他所に1階に戻り、かまどに火を入れてお湯を沸かす。もう片方には輪切りにしてチーズを乗せた何枚かのバゲットを入れたダッチオーブンだ。
樹皮はかまどの上において少しでも乾く速度を上げてみる。
チーズの良い香りが漂ってきたら、オーブンの蓋を開けてパンを取り出す。
「あちちちち!」
ミトンを着けていない方の手でパンを取った為、声をあげ、とろりと溶けたチーズがこぼれない様にすばやくお皿に移した。
コトンと音をたててテーブルに置く。ぽむとぽこはまだ2階に居る様で降りてこない。
久しぶりに一人で朝食には遅すぎるが昼食にはまだ早い食事を摂る事にした。
沸かしておいたお湯をカップに注ぎ、りんごジャムを垂らす。
「いただきます!」と心の中で手を合せてバゲットを頬張る。
「おいしー!」
チーズの濃厚さとカリカリとしたバゲットの食感に「んふふ」と声が漏れた。
三枚ほど食べたところでお腹がいっぱいになった。
「野菜もそろそろ採りたいなぁ……アンヘルの村まで買い物に、ううん。そこまで余裕はないよね、女手が少ないし。やっぱり街までいこうかしら」
りんごジャムを溶いたお湯をちびちびと飲みながら一人呟く。
その時、私の頭に良い考えが浮かんだ。
種の袋とゴーレムの存在だ。
「そっか、ゴーレムに畑を作って貰えばいいんだ!」
カップを置き、早速外に出てゴーレムに可能かどうか聞いてみることにした。
「ゴーレム、庭に畑を作ってもらうことはできる?」
「ハニッ!」
ゴーレムが嬉しそうに返事をする。もしかしてやることができて嬉しいのかな?
声をかけるまで空洞の目と口を虚ろに開けて玄関前に立っていた状態を思い出す。
早速丸っこい腕でザクザクと土を掘り返しはじめたゴーレムに「お願いね」と声をかけてこちらはアンヘルが来た時用のお菓子つくりの準備に入る。
乾かしていた樹皮、所謂シナモンを乳鉢状になった小型のすり鉢で砕く。
そしてリンゴの芯を底が抜けるギリギリまでくりぬき、バターと砂糖、そこに粉状になったシナモンを詰めてリンゴの芯から切ったヘタと実がついた部分で蓋をする。
ここまで書いたら勘の良い人は気付くかも知れない、つまり焼きリンゴだ。
樹皮を乾かす為に弱く火を入れておいたかまどに乗っているダッチオーブンの中に間隔を開け、バターとシナモンを詰めたリンゴをそっと置く。
後はこまめに果汁とバターが溶け出した汁を上からかけながら20分ほど焼けば簡単に完成だ。
リンゴの中からバターが溶け出すまでしばらく時間がかかる為、その作業はもう少し後になる。
「さてさて、香りが漂うまで暇だから魔力回復の為に座ってレインの服でも編もうかな」
その言葉に偶然かもしれないけれど椅子の上に座らせておいたドールのレインが嬉しそうにカクリと首が垂れた。
更新が遅れがちで申し訳ありません。
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