タオルケットをもう一度
「なななななにを言うか! わ、わたわた私とリンは年が離れすぎているだろう!」
……うわぁ、アルカードさんすっごく慌ててるなぁ。
ここまで動揺しているといっそ清々しいわね。
私はというと、なんだか人事みたいに思えて逆に冷めていた。
隣で想像以上に慌てている大人の姿があったのも事実だけれど。
私の容姿がママ似だという事も鑑みて、いつかはそういう関係を望んでいたのかも知れないけれどね。
「あら、そこまで取り乱す事かしら? 別に魂まで契る訳ではないのに」
ウンディーネが慌てるアルカードさんを見てクスクスと笑っている。
この人、絶対サディストだろうなぁ。前の彼氏のクロトさんだっけ、きっと大変だったに違いない。
「ゴホッ! 失礼した……。すまないが、この水を貰うぞ」
かすれた声を出すアルカードさんが水差しとコップを手に取り、ゴクリと音を立てて水を飲み干した。
喉仏が水の流れに合わせて上下するのが少しだけ色っぽい。
「あら、じゃあ私がリンを貰いますわよ?」
喉に見惚れていた私にウンディーネがふわりと覆いかぶさり、ペロリと舌を出す。
「待て!? ウグフッ! ゲフッ! ゴホッ!?」
「うわ汚っ!」
アルカードさんが飲もうとして含んでいた水を私が寝てるベッドに向けて吐き出された。
口から水を吐き出すアルカードさんにたまらず毛布をはぐった。
「ぷぽーっ!?」
巻き添えでぽむとぽこがゴロゴロと転がり、迷惑と驚きの感情が入り混じった声をあげる。
二匹ともきれいにハモリながら。
……ぷぽーってなんだろう。どこかのゲームにあった白いフカフカしたキャラクターの鳴き声みたいだ。
確か、モーグ……うん、いややめておこう。
もちろんこちらの二匹も負けず劣らずフカフカなのだけれども。
「何するんですか!」
少しだけ怒気をはらんだ声色を出し、アルカードさんを睨み付ける。
まだゴホゴホと咳き込んでいるが、それを気にしている余裕はこちらにも無かった。
「す、ゴホッ! すまない……」
かろうじて謝罪の言葉を述べるだけの大人と褒めてあげるべきだろうか……。
そこでもう一人の原因であるウンディーネに視線を送るとタンスからタオルケットを出していた。
「その吸血鬼は仕方ないですわね。リン、その毛布は私が綺麗にして差し上げますわ。その間こちらの手触りのよい毛布をお使いなさいな」
かって知ったるといった風体でタオルケットをこちらに寄越すウンディーネ。
タンスを開けられたのも辟易だけれど、気に入った者には感情の垣根が無くなるのも水を司るウンディーネの欠点でもあり、美徳でもあるのかなぁと思って、ため息をひとつついて受け取った。
「ウンディーネ、それはタオルケット。糸をリフ編み……ううん、少し変わった編み方をしたんだよ。やわらかーのふわふわーとまではいかないけれど自信作なんだ。気に入ったのなら編んであげるよ?」
日本で暮らしていたころの工業製品のタオルケットには遠く及ばないけれど、これでも十分吸水性は良いはずだ。編んであげると言ったら、ウンディーネはまたニマリと笑みを浮かべ、アルカードさんを見た。
「聞きまして? リンは私にプロポーズをしましたのよ? ウンディーネに羽衣を贈るというのは婚礼の挨拶なんですの。これはもう黒き翼と言えども文句は言えませんわね?」
「へ?」
「ゴッホ!?」
クスクスと笑うウンディーネと未だ画家の名前のように咽ているアルカードさんと目が点になる私。
あぁ、なんとなく気づいてしまった。
なんだかんだで錬金魔術をアルカードさんに認めさせたいのかな。少しだけやり口が強引な気もするけれど……。
ここはウンディーネの気遣いに感謝しておこう。
……でも婚礼云々はまだ勘弁してほしいなぁ。女同士だし、女同士だし!
「水の精霊とは弱味に入り込むのが巧いのだな。……仕方ない。私の目が届く範囲でならば許可しよう。これ以上好きに言わせておくとこちらの精神が持たん」
言葉の節々に嫌味というトゲがある気もするけれど何とか認めてくれたみたい。
少しだけ嬉しくなった。
でもいろんな種族の風習については学んでおかないとかなぁ。
ウンディーネの羽衣についても初耳だったし……。
「それはそうと体調は大丈夫か? リン。ウンディーネの魔力が合わなかったと聞いているが」
アルカードさんがウンディーネをジロリとねめつけながら私の額に手を当てる。
ひんやりとした冷たさが夜露にぬれた月を思い起こさせた。
「あ、大丈夫です。もう寒気は抜けたみたいですし……」
「ふむ……。しかしまだ熱いな。今日はもう休め」
……いや、顔が熱いのはアナタの顔が近いせいで……とは思ったけれど言わないでおいた。
とは言え、休めといわれるならばお言葉に甘えて休んでおくべきだろう。 今日は……いや今日も色んな出来事がありすぎて疲れちゃったし。
ウンディーネから受け取ったタオルケットをパサリとかけてベッドに潜り込む。
「ぷ!」
「ぽ!」
ぽことぽむが両脇に引っ付いてきてくれたのでその温かさに気分が落ち着く。
暖房いらずでモッフモフ。
そんな言葉が頭をよぎった。
「お休みなさい、ウンディーネ、アルカードさん」
「ええ、お休み」
「良い夢を、リン。月の香よ、草花よ、黒き翼に包まれ眠れ」
ウンディーネとアルカードさんがお休みの挨拶を返してくれた。
後者の方はおまじないなのかな?
魔力を感じなかったのでその低めの声がすぅと耳から脳に達した時には私の体は眠りに包まれていた。
◆閑話休題◆
「ねぇ、どうして吸血鬼に血を吸われたがる人間が多いの?」
ウンディーネがアルカードに聞いている。
ここはリンの家の一階、リンを寝かしつけた後に二人で話していたのだ。
夜明けまではまだかなり間がある。
それまではこの美しいが気の抜けない精霊と話すのもまた一興だろうと端正な吸血鬼は思ったのだろうか。
「草を食む動物がいるだろう。それが肉を食む動物に食べられるとき、すべてを諦めた時に無常の多幸感が得られると聞く。人間はそれに加えて吸血鬼の感情が流れ込んでしまうからな……。繰り返していくうちに立派な依存症、そして血族の仲間入りだ」
「まさかアナタ、リンを血族に?」
ウンディーネの言葉に首を振るアルカード。
「リンは大事な女性の娘だ。そんな事をしては私のプライドも何もかも失うだろう」
どこか遠くを見ているようなアルカードにウンディーネは何かを悟ったようだ。
そうですわね、と一言呟いて手元のカップに視線を落とした。
「さて、そろそろ私は帰るとするよ。ほかの仕事もあるのでな。ただ忠告しておくが……」
「わかっていますわ。無茶なことはさせませんし、しませんわ。私、こう見えても人間の脆弱さを失念していた事を反省しておりますのよ?」
「そうしてくれ、貴様もトレントを敵に回したくないだろう?」
アルカードはドアを開けながらフフと笑い、黒いコートをはためかせると黒い大きな狼になった。そのまま夜の闇へと消えていく。
「……愛されて羨ましいですわね、リン。さて、私もやることをやりませんと……」
カップの液体に映る複雑な表情と独り言に気づいたウンディーネはふぅとカップに息を吹きかけ、さざなみを立てるのだった……。
リハビリがてら、久しぶりの投稿です。
お待たせしてしまい、本当にもうしわけありません。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
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