儚い錬金魔術師
……体がとても重い……。
「動けない……」
ボソリと呟いた。
原因はドタバタしたせいで熱が上がったせいだ。
ウンディーネに治癒魔法をかけられたとはいえ、その魔法はぽむが無効化しちゃったから体力だけが削られてしまった。
感謝していないわけじゃないけれど、色々な不幸が重なったと諦める事にしよう。
「それにしても……」
私の上でプクスープクスーといびきをかいて寝てる二匹を見て安心する。
「あんな事になるなんて……」
先程のぽむが消えかけた事を思い出して怖さでブルリと震える。
「魔力糸のストックは作っておかなきゃ、かな……」
寝転んだまま独り言を呟いて、詠唱し、ゆっくりと指先から糸を紡ぐ。
今度はまっすぐな銀糸が紡ぎだされた。
「よかった、私の体の中の魔力は落ち着いたみたい……」
そのまま長めに出して、ベッドの柵にくくりつけておく。
「うぅ……。あまりやるとこの部屋が蜘蛛の巣みたいになりそうね」
ベッドに巻きつけられた私の糸を見て、部屋中に張り巡らされた糸を連想してしまう。
この館に入ったものを絡め取り、養分にするのだァー!
……うん、止めておこう。怖すぎる。
自分の変な考えに苦笑しながら、先程の妄想を追い出す。
「そういえばウンディーネはどこだろう……」
ベッド脇のランプが点いていると言う事は、ウンディーネが灯りを点けてくれたんだろうか……。
そんな事を考えていたらドアがノックされ、しばらくしてから開いた。
「こんばんは、リン。お邪魔させてもらっている」
微かなミルクの匂いと共に渋い声が部屋に響く。
その人物を視界に捉えると同時に私は声をあげた。
「あぁあぁあアルカードさんっ!?」
「……私の名前はビブラートをかけるほどオペラ向きでは無いのだがな……」
苦笑しながら、片手に持っていた湯気の立つ食器を机の上に置く。
……いや、悲恋な吸血鬼って充分戯曲向きだと思いますけど。
ランプはおそらくアルカードさんが点けてくれたんだろう。
ウンディーネはそんなもの点けなくても生活できるだろうし、一時的に現界しているだけだと思うから。
「起きられるか? いや、待て。私が起こそう」
何故ここにアルカードさんが居るのか、頭が混乱している為に為すがままにされている私。
背中と膝に腕を回し入れられ、抱き起こされる。
アルカードさんの体に顔が近づいた時、夜露と草の匂い、麝香の匂いが微かに香り、成熟した男性の香りと気付き心拍数が上がる。
そのまま尾骶骨の辺りに枕を置かれ、倒れないようにしてくれる。
「……随分と熱いな。少し熱が上がったか」
いえ、アナタの匂いのせいです……とは言えない。
というか向こうは純粋な好意なので口にするのは失礼だろう。
「あの、アルカードさん。ウンディーネが居た筈なんですが……」
ベッドの縁に体重を預けながらぐんにょりとした声と体勢で聞いてみた。
……ぐんにょリン……なんちて。
「あぁ、階下に居るぞ。まさか精霊まで縁を繋ぐとは、な。リンは一体どういう星の下に産まれて来たのだ?」
アルカードさんの訝しがる様な声に萎縮して恐縮する。
違いますぅ……。私は極々普通の一般人ですぅ……。
「……まぁ良い。食べられるか?」
机の上の食器を取り、スプーンでかき混ぜるアルカードさん。
湯気と共にふわりとミルクの香りがした。
「パン粥だ。悪いとは思ったが、勝手に材料を使わせて貰った。トレントにモノを食べさせてやってくれと頼まれたのでな」
そういえば朝にアンヘルの家で食べてから何も食べてなかったなぁと気付く。アルカードさん料理できたのね。
それにしてもトレントがアルカードさんに頼みごとをするなんて。
これをきっかけにトレントとアルカードさんが仲良くしてくれれば嬉しいなぁ。
熱のせいで食欲もあまり無かったけれど、せっかく作ってくれたものだし、体力もつけないと不味いだろう。
「ほら、リン」
そう言って目の前にパン粥の乗ったスプーンを差し出してくるアルカードさん。
……えーっと……これは?
「今のリンでは食器ごと引っくり返しそうだからな。ほら、口を開けろ」
所謂、はい、あーんという事でしょうか……。
おそるおそる、口元に運ばれたスプーンを咥える。
少し熱かったけれど、ほのかな甘味がじんわりと口に染みる。
その時気付いてしまった。
ドアの隙間からこちらを覗いているウンディーネを。
あらあらまぁまぁといった頬に手を当てる仕草をしてニマニマと笑っている。
……どこぞのオバちゃんですか、貴女は……。
アルカードさんは背中を向けているから気付かなかったのだろうけれど、こちらからは丸見えだ。
二口目を差し出してくるアルカードさんを手で制止して、声をかける。
「何してるの、ウンディーネ」
咎めるような声音で声をかけると全く悪びれもせず、入ってきた。
「気が付きましたのね、リン。私、料理はできませんから、こちらの殿方に一任しましたわ」
そういえば家事は全く出来ないって言ってたっけ、ウンディーネ。
そんな事を思い出していると、更に言葉を続けられた。
「で、すでに招かれている吸血鬼と言う事は、こちらの方にお手付きをされましたのね?」
「ゴフゥッ!?」
うわ、アルカードさんが咳き込んでいる。
ゴホゴホと噎せている人は放っておいて……。
「お手付きも何もされてないから。……血を吸われたのは事故だし、何の感情も抱いてないよ、ウンディーネ」
あまり言うとアルカードさんを傷つけるだろうなと考えて、さらりと言ってみる。
「そう……なのか」
あれ、なんだかアルカードさん落胆している?
気にしない様にと思って言ったのに、何だかダメージ受けてるなぁ……。
「心中お察し致しますわ……」
あれ、なんだかウンディーネも同情の眼差しをアルカードさんに向けてる。
何これ、私何か悪い事したっけ。
「……まぁ良い。ほら、食べられるか? 体力を戻さないと」
立ち直ったらしいアルカードさんがスプーンを運んでくれる。
少し落ち着いたら熱も少し下がったのかもしれない。
これなら自分でも食べられそうだと重い、声をかけてみる。
「あの、一人で食べれそうです。ありがとうございます、アルカードさん」
少し弱めにニコリと微笑んで、食器を受け取ろうと手を差し出す。
「あ、あぁ……。そ、そうか……」
何やら顔を赤らめてそっぽを向いているアルカードさんからパン粥の入った食器を受け取りもむもむと食べ始める。
「……リンって妙な色気がありますわね……」
「へぁっ!?」
ウンディーネの言葉に驚愕の声と共にスプーンを取り落としそうになった。
「同意だ。儚げな笑みを浮かべるところといい、頬に差した朱といい……」
ちょっと、アルカードさんまで何を言い出すんですか。
しかも頬を染めないで下さい。素敵な青年の威厳が飛んでしまいます。
「……熱で弱っているのと症状が出ているだけで、そんな言い方をされるのは困ります」
ふぅと息をつきながら、弁明をする。
この人達、私が病人という事を失念してるのではないだろうか。
いや、まぁ私の体力の無さも問題なんだけれど……。
魔力が少ない人というのは、即ち外的要因からの刺激に弱い。
魔力自体が体を巡る事によって、一種の免疫システムになっているのだ。
けれど、私の場合は魔力量が少ないので魔力を使ってしまった時は風邪等を引きやすいのだ。
もにゅもにゅとパン粥を口に含みながら、パパに教わった事を思い出す。
『リンは人より世界の声を聴き取り易いんだよ』と言って笑っていた。
その時は人より体が弱いんだよ、と何故言わないんだろうと思ったけれど。
「しかし、魔力量が低いのは問題だな。今更増やす事もできないしな。リリーはもっとあったと思うが……」
「そうですわね、どうやらリンは私の……つまり水の魔力とは少し相性が悪いみたいですし。どの属性も満遍なく使えるみたいですけれど、それは魔力量が少ない事によるものでしょう」
ん?魔力量が少ないと色んな属性が使えるって事?
それに私は土の魔力が秀でている筈だから水とは相性は悪くない筈。
前にも言ったけれどこの世界には相性の良い属性と悪い属性がある。
土と相性が良いのは水と木。
逆に悪いのが風。
土と風の魔術を組み合わせると砂嵐みたいに安定しない、一歩間違えば自分もその砂嵐のような魔力の暴風に巻き込まれるほどだ。
もちろん単体で使うならば問題は無いのだけれど。
疑問の感情が滲み出ていたらしい私にウンディーネが説明してくれた。
「魔力量が低い、即ち生命力も低い、と言う事ですわ。つまり世界に還りやすい……と言えば解り易いかしら。その分、世界を構成している元素を組み合わせやすいというのはあるけれど、魔術師としては致命的ですわね。魔術を修めなければ、自然に体力として魔力が吸収されて行くのですけれど。私の魔力と相性が悪いのは、恐らく魔力を糸として紡ぐ能力のせいでしょうね」
ウンディーネに言われた、魔術師としては致命的、との言葉に少なからずショックを受ける。
パパが言っていたのはこういう事だったのね。
「……リン、やはり魔術師を辞めて私の屋敷に来る気は無いか?」
アルカードさんが心配そうに私の顔を覗き込み、声をかけてくれる。
そんなに酷い顔をしていたのかな。
でもこれだけは言わなくちゃ。
「ごめんなさい、アルカードさん。それでも私は魔術を修めたいんです」
「……そう、か……」
キッパリと目を見つめ、力を込めて言う。
魅了の力があると言っていた紅い瞳を正面から見据える私に、アルカードさんの方がたじろいでいる。……少しだけ可笑しい。
「純粋な魔術ではなくとも錬金魔術と言うものがありましてよ? クロトが確か言っていましたわ」
「錬金魔術……? 錬金術ではないのか? 初耳だな」
アルカードさんが問いかける。私も初耳だ。
「何分古い記憶ですから。確か、魔方陣に魔力を流し込んで精霊の力と魔力糸を繋げて、その上で物質を作り出していましたわね……」
……コメカミに指を当ててうーんと、考える様子のウンディーネ。
つまり魔力糸を電気のコードみたいに繋ぐ事で、精霊の力の通り道を作るって事なのかな。
そしてそれを魔方陣に直結させて増幅。
高純度の魔力が留まっている中で、錬金を行うとなると……。
うわ、なんだか無限の可能性が広がりそう。
「う、ウンディーネ! それ詳しく聞かせて!」
少し興奮しながらウンディーネに詰め寄る。
「えぇ、良いですわ。ではリンの身体が治ったら……」
「駄目だ」
ウンディーネの言葉を遮るようにアルカードさんが制止の言葉を放つ。
驚いて顔を見上げると寒気がするほどの冷たい瞳で私を見下ろしていた。
「聞いていれば、おそらくそれは禁術の類だ。そんな危険なモノをリンのような子供に使わせるわけにはいかない。……もしそれでもやると言うならば黒き翼として罰を与える事になる」
「……あら、面白いですわね。水の精霊である私に喧嘩を売るつもりですの? 倍額倍返しでお返し致しますわ」
……あぁ、やめて。私の為に喧嘩は止めて~……。とか頭に浮かぶけれど、私の為じゃあないよね。
責任の一端は私にあるかもしれないけれど。
でも、せっかく私にも使えそうで私の特殊な魔力を生かせそうな魔術だし、諦めきれない。
ベッド脇にすっかり冷めてしまった残り少ないパン粥を置き、問いかける。
「……アルカードさんが私の庇護者というかお目付け役になっていただく事は可能ですか?」
「はっ!?」
「へっ!?」
わぁ面白い。アルカードさんとウンディーネの目が点になってる。
少しだけ熱に浮かされている頭で必死に考えた持論を展開する。
黒き翼を納得させる為に。
「見ての通り、監督役としてはウンディーネもトレントも居ます。それにここは周辺に民家も無いですし、見ての通り私の魔力量では錬金魔術を行ったとしても影響は少ないと思います。それにアルカードさんが私の庇護者となっていただければ、常時監督下に置く事ができます」
「しかし……うむむ……」
あと一息押せれば落ちそうだなぁ……。
何か良い言葉は無いかな。
そう考えているとウンディーネの一言が台無しにした。
「はぁ……。あなた達面倒くさいですわね! もう契っておしまいなさい!」
……ウンディーネさん、水風船爆弾投下しないで下さい……。
しかも校舎の屋上から落とすような真似は。
小学校の頃、目の前に水風船を落とされてびしょ濡れになった記憶がフラッシュバックした。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
ご意見、ご感想などもお待ちしております。




