竪琴弓の同居人
ペシペシ、ペチペチと頬を軽く叩かれる。
「ん、うぅ……」
私は寝惚けた瞳を開け、頬を叩いているであろう存在を視界に納めた。
『お、は、よ、う』
私が目を開けるとレインが私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、レイン」
私を起こしてくれたのはレインだったのね。
「お、目が覚めたか。おはよう、リン。もうすぐ夜が明けるぞ。空が紫色に染まっているからな」
ヘーゼルさんはもう起きていた。それと同時に美味しそうな匂いもしてくる。
「おはようございます、ヘーゼルさん。この香りは?」
「あぁ、口に合うかは解らないが軽い朝食を作った。良ければ食べてくれ」
そう言うとヘーゼルさんは私をテーブルに付かせてくれた。
「ゼリアが好きだった物だ。俺は料理の腕はそこまで上手いわけではないが、な」
私の前にはパンケーキの中に鳥肉と目玉焼き、レタスを挟んだ物がお皿に載せられていた。卵と鶏肉……日本だったら親子丼よね。でもこの場合洋風だし……。
「……親子サンド?」
私のボソリと呟いた言葉にヘーゼルさんは驚いた表情をした。
が、すぐにフフと笑った。
「ゼリアも同じ事を言っていたな。リンとゼリアは感性が似ているのかもしれんな」
ヘーゼルさんが慈しみに満ちた優しい瞳を向けてくる。
私はその視線に少し恥ずかしくなってしまい、パンケーキにナイフを差し入れた。
そして一口食べる。
あ、美味しい。鶏肉は少し酸味が利かせてあるソースと目玉焼きは塩と胡椒かな?パンケーキによく絡んでいる。
「どうだ? ケンタウルスに伝わる伝統的な料理だ。元々狩りに行く時の飯が変化したものでな。家庭によってソースの味は違う。いわば家庭料理だな」
ヘーゼルさんが同じくパンケーキにナイフとフォークを刺し、豪快に食べている。
「美味しいです。今度家でも作ってみようと思います」
私の答えにヘーゼルさんはニコリと笑い、頷くと再び食べ始めた。
パンケーキを食べ終え、私がお礼に片付けを申し出て、お皿を洗っているとサジさんとコニーさんが家に入って来た。
「おはよう、リン。よく眠れたか?」
「おはよう、娘よ。お前を危険な目に会わせてすまなかった」
「おはようございます、サジさん、コニーさん。はい、ヘーゼルさんが子守唄を歌ってくれたのでよく眠れました。それからコニーさん、私はこうやって無事に帰ってくる事ができましたので大丈夫です、気にしないで下さい」
私は二人に言葉を返すと、お皿を拭き、戸棚に置いた。
「ヘーゼルはこの村一番の歌い手だからな。村の祭りでは引っ張りだこなのだ。……食事は済ませたようだな。陽も昇ったので出発しようと思う。準備は良いか?」
サジさんが私とヘーゼルさんに問いかける。
「あぁ、竪琴弓も持ったからな。俺はこれと着替えだけだ」
ヘーゼルさんはそう言って弦が何本か張ってある弓を肩にかけ、背負い袋を担いだ。
あれ何だろう。昨日弾いていた竪琴とはまた違うみたいだけど。
私が疑問に思っているとサジさんが教えてくれた。
「あれは武器にも楽器にもなる物でな、指で爪弾いたり、専用の棒を擦らせて音を奏でる事が出切る弓だ」
うーん、ハープとバイオリンを合わせたようなものかな?地球で言うコントラバスに近い演奏方法が出来そうね。
いつか聴いてみたいな。
っと、物思いに耽ってばかりも居られない。私も準備しないと。
「ぽむ、ぽこ、リュックの中に入って。家に帰ったらご飯あげるからちょっと我慢してね」
「ぽ、ぽ!」
「ぷ、ぷ!」
私がそう言うと二匹はリュックの中によじよじと入って行った。
帽子を被って手袋をつけると、レインが箒を持ってきてくれた。
「ありがとう、レイン」
『い、え、い、え』
私の言葉にレインはぴょんと肩に飛び乗る。
ぽむとぽこと錬金魔術の本が入ったリュックを背負い、緑色の柄をした箒を握り締める。
「おはよう、トレント。私を守ってね。……準備出来ました。いつでも行けます」
魔力を箒に通し、小声でトレントに挨拶するとトレントから返事が返って来た。
『おはよう、リン。あぁ、木々がある所なら私が力になろう。だから早く帰っておいで』
私は返事の代わりにトレントの箒をなでると腰掛けると同時にふわりと地上から少し浮く。
「さて、それでは向かうか。コニー、先頭を頼む。私とヘーゼルはリンの両側だ」
「解った。もし我等に害為す者が現れても私の角で貫いてやろう」
サジさんの言葉にコニーさんが嘶く。
家の外に出ると村人全員が見送ってくれた。
全員が右手を左胸に当て、感謝の意を示している。
「聖女様、良ければまた来てくだされ。病で弱っていたので大した持て成しが出来なかったのが心残りですが、その代わり収穫祭の時期にはその分埋め合わせをさせて頂きます。サジを呼びに行かせますゆえ」
サジさんのお父さんである族長さんが私に腰を折る。
「はい、ありがとうございます。村に豊穣があらん事を祈っています」
私は一旦別れの挨拶をし、空に浮かぶ。全員が手を振ってくれていた。
***
サジさん達に守られながらの帰途は特に問題は無かった。
教会の結界にヘーゼルさんが引っかかる事もなかった為、本当に悪意は無いのだと判明したところでサジさんもどことなくホッとした様子だ。
私は魔物や吸血鬼の襲撃が無かった事に安堵しながらも、サジさんとコニーさんにお礼を言う。
「礼には及ばん。此方こそ村を救ってくれた礼がまだだ。鹿や兎の肉が取れたら差し入れしよう。それとヘーゼル、この森には気をつけろ、クロウラーとエルカ、金斬虫が棲んでいる。もしかしたらそれ以上の魔物も居るかも知れん」
「解った。だがウォーキングツリーも居るみたいだからな。それに俺の弓の腕はお前がよく知っているだろう。リンの護衛は任せてくれ」
塀の内側に入り、ゆっくりと歩きながらサジさんとヘーゼルさんが話している。
「ぽ!」
「ぷ!」
家に着いたのが嬉しいのかぽむとぽこはリュックからよじよじと飛び出してトレントの元に向かって行った。
私はと言えば畑を耕しているゴレムスを見かけたので呼び、ヘーゼルさんの家を建てて貰う事にした。
「ゴレムス、ヘーゼルさんの家を建てて貰いたいんだけど出切る?」
「ハニッ!」
ゴレムスは頷くと塀の外側に赴いた。私もどんなものができるのか興味があったので着いて行く。
「ハニホー!」
ゴレムスは私が見ている事で少し張り切っているようだ。
口からズゴゴゴと灰色の塊を出し、それが大きな正方形になった所で止める。
「ハニッ!」
ゴレムスの声と同時にズンという音が響き、足元に伝わる。
目の前にはコンクリート製と思われるワンルームと思しき平屋が出来ていた。
「これは……凄いな。リンが作ったゴーレムか? 建築ができるゴーレムなど珍しいな。入ってみてもよいか?」
いつのまにか後ろに居たサジさん達、皆一様に驚いた表情をしている。
「え、ええ、どうぞ」
私は問いかけに頷くと、一足先に入ったサジさん達に続く。
「ほう、これは快適だな。正直村の家よりも住みやすいかも知れん」
ヘーゼルさんが少し浮かれた様子であちこち触っている。
へぇ、カマドもベッドも出来ているのね。ベッドは後で麦わらでも敷かないと硬そうだけれど。
食器や調理器具に関しては私の家にある余っているのを貸してあげれば良いかな。
私が考えているとヘーゼルさんが私の前に来て膝を付いた。自然と目線が私と同じ高さになる。
「ありがとう、リン。俺の様な咎人に住む場所まで用意してもらえて。この恩は必ず返そう」
右手を左胸に当て、深く頭を垂れた彼にサジさんが声をかける。
「狩った獲物や金斬虫の甲殻をリンに納めてはどうだ? 見る所この家にはまだ家具の類が少ない。確かこの先に街があった筈だ。そこで色々と買い揃えるのが良いだろう」
「ありがとうございます。ただ、それまでは私の家から必要なもの貸し出しますので何でも言って下さいね」
サジさんの言葉に私は答える。
「ありがとう。それまで世話になる」
ヘーゼルさんが顔を上げ、私をじっと見つめる。
こうして私の家に同居人が一人増えたのだった。
閲覧ありがとうございます。
今日も病院だったので投稿時勘が少し遅れました。すみません。
それとどうでも良い事ですが、帰り際に寄ったパン屋でポンデケージョが売り切れていました。
あぁ、あのモチモチを味わいたかったのに……。モチモチ……モチモチ……。
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