ウィスプの登場
「リン、待たせたな」
「ありがとう、リン。俺もようやく前に進むことが出来そうだ」
サジさんとヘーゼルさんが家を出てきて、私に声をかける。
ヘーゼルさんは憑き物が落ちたような顔で、真っ直ぐ前を向いている。
瞳が赤いのはきっと泣いたせいなのだろう。でもそこを突くほど私も野暮では無い。
「今日は俺の家に泊まって行ってくれ。その、ゼリアに伴侶とか言われたみたいだが、気にする事は無い。俺は咎人だ、罪を償うまでは色恋等にかまけていられないからな。それにベッドもある。リンにゼリアが使っていたベッドを使って欲しい」
私はその言葉に少し安心する。あ、でもその前にアルカードさんを回収しないと。
私はその旨を告げようと口を開く。
「あの、アルカードさんも一緒で良いですか? まだ村の入り口に寝転んでいるかもしれませんし」
「ああ、構わぬよ。父母のベッドも空いているからな。正直この家は俺一人には広いくらいだ」
「なら私が付いていこう。リンは一度攫われたからな。念の為だ」
ヘーゼルさんの家にアルカードさんも泊まる了解を得たところで、サジさんが私の護衛をしてくれる事になった。
村の家々は明かりが灯っており、病気が回復した事によるささやかなお祝いを家族同士でしているんだろうと思われる。
レインを肩に乗せ、ぽむとぽこ、それからサジさんを連れてアルカードさんが悶絶していた場所に向かう。
けれどそこには探し人は居なかった。
「……あれ? アルカードさん?」
私は疑問に思って呼びかけてみる。けれど、返って来たのは別の声だった。
「吸血鬼なら村を出て行ったっすよ」
「あ、ありがとうございます。ってどちら様です?」
私は俺を言うとキョロキョロと周りを見渡してみる。
けれど誰も居ない。
「ここっす、上っす。お嬢さんがオイラを呼び出したんじゃないっすか。そんな態度取られるとオイラも少し悲しくなるっす」
私は言われた通り上を見上げる。すると青白い燐光を放つ日本で売れていたホラーグッズの人魂の様なものが浮いていた。
「えーっと……。どちら様でしょう? 少なくとも私は人魂の知り合いは居ませんが」
「失礼っすね。人魂じゃないっすよ。オイラは光の精霊、ウィスプっす。さっきお嬢さんが光の魔術を使って増幅させたじゃないっすか。気持ちよく寝てたのに起こされたっすよ」
光の精霊!?まさか私がさっき使った記憶感応の魔術をぽむとぽこが増幅したから!?
「その通りっすよ。ちなみにお嬢さん、考えている事が表に出やすいっすね。……オイラも人の心を読むのは得意なんすけど。へぇ、なるほど」
ウィスプがなにやら明滅している。
「光の精霊だと? リンはやはり女神か聖女だったのだな」
サジさんが割って入る。あ、右手を胸に当てている所から見ても精霊に対して敬意を払っているのが解る。
「うーん、たしかに女神の力の残滓は感じられるっすけど、お嬢さん本人はそうやって祭り上げられるのを迷惑と感じているみたいっすね。欲が無いと言うか、事勿れ主義と言うか」
う、そりゃあ日本人としての気質が離れないからじゃないかな。
それに今の私はトレントも居るし、アンヘルもアルカードさんも差し入れしてくれるから衣食住に困ってもいないので欲が無いのは当然だ。
でもとりあえず私はさっきから限界に感じている事を告げてみようと思う。
「あの、ウィスプ。いつまでも上に居られると見上げているコチラとしては首が痛いんです。できれば同じ目線に降りてきていただけませんか」
できるだけ丁重に穏便に話す。
するとウィスプはそんな私の懇願にカラカラと笑い、同じ目線に降りて来てくれた。
けれど、それに留まらず、ウィスプは穏やかに明滅すると私が瞬きする間に人の姿を取った。
「これで良いっすか? いやー、人の姿を取るのも久しぶりっす! お嬢さんもこれなら話しやすいでしょ」
そう楽しそうに話すウィスプの姿は一言で言うと美少年だった。
背は低く、私と同じくらいかそれよりちょっと高いくらい。垂れ目がちな淡い青色の目と、金とも銀とも言えない髪の色。村の家から漏れる明かりを反射している部分が黄色、いや、金に染まっている。
あれ?この姿何処かで見たような?
「リンが男になったみたいだな。双子の弟と言われたら誰もが信じてしまうくらいに似ている」
サジさんがポツリと呟く。
そうなのだ、何処かで見たことがあると思ったら鏡に映る私だ。髪を伸ばせば私と判別つかないかもしれない。
「へっへへー。驚いたっすか? お嬢さんの魔力が心地良いのでそれに合わせて変化したらこうなったっす」
うん、正直驚いた。でも光の精霊であるウィスプがどうして真夜中に?
けれどもその疑問は私の考えを読んだであろうウィスプに回答されてしまった。
「明かりのある所になら夜だろうがなんだろうが出現できるっすよ。ま、夜は闇の精霊であるシェイドに分があるっすけど。それにそこに居るのは太陽と月の精霊っすよね。近くに居ればオイラにも力が流れ込んでくるっす。両方とも明かりを司る意味を持ってるっすから」
それにしても、とウィスプは続ける。
「原初の緑、ウンディーネ、ノーム、シルフ、太陽と月の精霊、それからシェイドにも好かれて居る様っすね。これは面白いっす」
「ええ!? トレント達はともかくシェイドにまで好かれてるなんて初耳だよ!? シェイドは面白い観察対象として私の事を見ているだけだろうし……」
ウィスプの言葉の一部が信じられなくて私は反論する。
「いやいやいや、シェイドの図書館に行ったんすよね? あそこはシェイドの財産とも言えるべき場所っす。そんな宝物庫にどうでも良い人間を招くほどシェイドは寛容でも無い筈っすよ。特にシェイドは偏屈で偏執狂なんで精霊内でも有名っすからね」
え、あそこそんなに価値があったのね。そしてシェイドの評判って一体……。
私は夢の中で見たシェイドが暮らすガラス張りの図書館を思い出す。
「シェイドはねじくれているっすから。お嬢さんに干渉したのも夢の中じゃなかったっすか?」
うん、その通りだけどもって、いい加減私の心を読むのは止めて欲しいなぁ。
そう思って私はウィスプに苦言を呈する。
「ウィスプ、あまり心の中を簡単に覗かないでほしいな。その、私にも知られたくない事があるし」
「ああ、うん、それは悪いと思ってるっす。けれど無理な相談っすね。お嬢さん光の魔術を強引な方法で暴走させたっすよね? だから光の魔力が練れない、つまり駄々漏れになってるんす。これはオイラが見る限り水の魔力もそうっすね。つまりシェイドほどではないっすけど人の心を読むのに長けた光の精霊であるオイラの前に光の魔力が駄々漏れな人間、これはもう裸で全身のホクロの数まで数えて下さいと言っているようなもんっす」
ウィスプの言葉に私は襟元を隠し、ウィスプの前で肌が露出しないように警戒する。
「あー、例えが悪かったっすね。ごめんっす。そういういやらしい目で人間を見るほど若くも無いっすから。ていうか、明かりのある所にはどこでも意識が飛ばせるんでそういう事は見飽きてるっす」
「……そう。一瞬透視の魔術でも使っているのかと思っちゃったよ」
「あはは、それは無いっす。いくら太陽と月の精霊が居ると言っても夜は魔力が少なすぎて魔術なんて使えないっすから」
「そう言えばさっき明かりのある所なら何処でも意識を飛ばせるって言ってたよね? 私を攫った吸血鬼が今どうしているか解る? ここから少し森の奥に行った砦なんだけれども。それからアルカードさんの行方も」
私は気になっていた事をウィスプに聞いてみる。
対するウィスプは少し目を瞑った後、首を振った。
「月の光に照らされた砦はあったっすけど、中で明かりを使っている様子はないっすね。ひょっとしたら寝ているか撤退しているかどっちかと思うっす。アルカードとか言う吸血鬼は月の光の中駆けてるっす。これは、砦に向かっているようっすね」
そうなんだ、私はウィスプにお礼を言うと腕を組んで考える。
おそらく私を攫った吸血鬼は探知の魔術が妨害された事によって撤退を決めたんだろう。
アルカードさんは何か証拠が無いかと考えて砦に向かったんだろうけれど、そもそも打ち捨てられた砦を拠点としている訳じゃないだろうし何かが残されている可能性は低いと思う。
でもアルカードさんに任せておけば安心かな。何と言ったって今は夜、吸血鬼の力が最大限に発揮される時間なのだから。特にシェイドの加護を得てるアルカードさんなら怖い物なんて無い筈だ。
もし罠が仕掛けてあったとしても霧にもなれるしコウモリにもなれる夜の吸血鬼は正直無敵だと思う。
私に出切る事は慌てず騒がずアルカードさんの帰りを待つことかな。
よし、決めた!ヘーゼルさんの家でゆっくり待たせてもらおう!
ってあれ?なんだかウィスプがニヤニヤしている。
「お嬢さん、まるで囚われの塔で騎士の助けを待つお姫様みたいっすね」
「なっ!? ち、ちが!」
慌てて否定するけれども今度はサジさんに横槍を入れられた。
「リンはあの吸血鬼と婚姻の儀式をしているからな。夫が心配なのだろうよ」
「へぇー、そうっすか。それは面白い、いや楽しい事になってるっすねー」
「だから違うんですってばー!」
その夜、ケンタウルスの村中に響き渡った私の悲鳴は狩りの女神の雄たけびが上がったとして末永くケンタウルスの村に語り継がれる事を私はまだ知らない。
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さて、今回は光の精霊が登場しました。
太陽と月の精霊とはまた違った存在で、シェイドと対を成すものです。