表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/346

2016/04/27:誤字修正

「どうして、ここに?」


 私は疑問に思って目の前の狼に聞いてみる。視覚遮断(インビジ)はすでに解けてしまっている。


「トレントから連絡があったのだ。伝えてくれたのはレイミーだったがな。日が落ちると同時にサジとコニーの匂いを辿って集落にたどり着いた。そうしたらリンの魔力がいきなり香ってきたのでな」


「あー、それはたぶん魔術封じの枷から抜け出したからだと思います。あれって魔力を隠蔽する効果もありますから」


「ふむ、敵の数は解るか? トレントが言うにはケンタウルスが気絶したリンを連れ去ったという事だが」


 たぶんそれはヘーゼルさんね。ひどい魔力切れを起こして気を失った私を運ぶのは赤子の手を捻るよりも簡単だっただろう。


「とりあえずそのケンタウルスを入れれば3人です。ただ、我が主と言っていたので裏には他に何人かいるかもしれません。それとディランさんの名前も出ていました」


「父、か。まだ強い影響を持っているのだな……」


 そういうアルカードさんは苦々しい表情を浮べると、私に背を向けた。


「乗れ、リン。まずはサジ達の集落に向かおう。敵の情報が少ない所にリンを庇いながらだと人質に取られるやも知れぬのでな。できればその可能性は潰しておきたい」


 私は大狼の姿になっているアルカードさんの背に跨り、しっかりと毛皮を掴む。


「あの、ヘーゼルさんが徘徊しているかもしれません。なので気をつけてください」


「あぁ、解った。ま、心配する事は無い。此方は狼だ。耳も鼻もケンタウルスより段違いだ。心配はいらぬよ」


 それに、とアルカードさんは続ける。


「私は月を追う者(ハティ)だ。そう簡単には追いつけぬよ」


 くるりと首を回し、赤い口元をにやりと開けて見せ、再び前を向くと走り出した。

 それはまるで木々がアルカードさんを避けていると錯覚させるように間を縫って行く。

 びょうびょうと鳴く風の音を後ろに感じながら、アルカードさんに振り落とされまいと必死でしがみつく。

 対するアルカードさんはとても楽しそうだ。


「クク、気持ち良いな。リンの体温を背中全部で感じられる。あぁ、今夜は良い月夜だ、とても良い月夜だ」


 アルカードさんが夜空に向かって咆える。……狼形態だと理性も獣寄りになるのかしら?

 確かに格好良いんだけれど、地球の童話に出てくる狼男みたいにならないか心配だ。

 でもその咆え声と直に伝わる体温が心強く感じ、私は彼にそっと身を任せる。

 と、その時蹄の音が隣に鳴り響いた。


「良かった、リン。無事だったか!」


 サジさんの声だ。


「はい、何とか。アルカードさんが助けに来てくれましたし」


「そうか……。すまなかった。私が着いておきながらみすみすリンを危険にさらしてしまった」


「いえ、こうして無事なので大丈夫です。それよりもヘーゼルさんは?」


「うん? ヘーゼルならば先程村に帰って来たぞ。あいつも責任を感じてリンを探しているようだな」


 私はその言葉にカッと頭が熱くなる。


「サジさん! ヘーゼルさんは私を攫った吸血鬼の一味です。信用しちゃ駄目です!」


「む!? まさか!? ヘーゼルは若いとは言え、物事の道理を解っている男だぞ、まさか裏切る等と……」


「そのまさかですよ、サジタリウス」


 飄々とした声が響き、そこにははしばみ色の目と髪を持つケンタウルスが弓矢をつがえて立っていた。


「ヘーゼル! 貴様、何の真似だ?」


「どうもこうも俺はケンタウルスの村を売ったんです。全ては妹の為に」


 月の光に照らされたヘーゼルさんはサジさんの胸の当たりに狙いを定めている。

 私はその狙いが外れるように声をあげた。


「ヘーゼルさん! 貴方騙されています。吸血鬼は約束を守る気なんて無いです。お金が必要なんですか?」


「……冗談はもう少し捻って言った方が良いですよ、狼の背に乗るお嬢さん。えぇ、俺には金が必要なんです。妹を生き返らせる為にね」


 私の声にヘーゼルさんはフンと鼻を鳴らして言った。


「妹を生き返らせるだと? ヘーゼル、それは外法の類ではないか。お前の妹は森に還ったのだ。それを今更起こしてなんとする」


 サジさんが優しく諭す様に言い放つ。


「煩いですよ。族長の息子である貴方には解らないでしょうが、俺には家族は妹しか居なかったんです。父は毒大蛇にやられましたし、母も父の後を追うように病で逝きました。それで妹に会わせてやると言われたら俺はそっちにつくしかないでしょう」


 ヘーゼルさんは自虐的な笑いを浮べる。

 この人もディランさんの被害者なのかな?

 ふと、そんな事を考える。アルカードさんも同じ結論に達したのか小さく唸り声を上げた。


「ヘーゼルさん、その、妹さんを生き返らせるっていうのはどんな吸血鬼とした約束なんですか?」


「アンタは見ていないかも知れないが、砦に居たやつだ。灰色の髪を持ち、赤い瞳のな」


 おかしい、少なくともあの吸血鬼には人を生き返らせるほどの禁術を扱う魔力なんて無い筈だ。

 それは探知の魔術を使っていたことからも解る。

 身近な人で比べるならばアルカードさんだろうか。

 アルカードさんとあの吸血鬼を比べるとするならば魔力的には大人と子供ほどの差がある。

 最も魔力の使い方にも沢山あるので、私を捕えていた吸血鬼が肉体強化に特化しているなら純粋な戦闘能力は未知数だけれども。もしかしてお金で禁術を使える魔法使いを雇うつもりなのかもしれない。それならばヘーゼルさんがお金に拘るのも頷ける。

 でも、今はサジさんの胸に狙いを定めているヘーゼルさんの気をそらすのが先だ。


「ヘーゼルさん、私が見たところあの吸血鬼は人を生き返らす力は無いように感じられました。もし亡くなった妹さんに会いたければ一瞬ではありますが、私がお力になれるかと」


 反魂の魔術……いや、死人を生き返らせるんだから魔法の類か。

 これはかなり問題が多いはず。生き返っても魂が宿らないため、執拗に生者を狙うリビングデッドと化す場合が多い。

 私が使おうと思っているのは記憶感応(サイコメトリエル)の魔術を改良した錬金魔術だ。

 これは過去の姿を映し出すことによっていかにも生前の死者と話している錯覚を起こさせる魔術で、所謂詐欺に近い。

 けれどリビングデッドなんか作ったらそれこそ黒死病(ペスト)なんかより比較にならない程の災厄をもたらす。

 リビングデッドは生者の魂を喰らうことによって知能を得るのだ。

 それにより、真っ先に喰われるのは肉親であるヘーゼルさんだろう。

 自分を危険に晒した相手を赦せるのかと効かれれば悩むけれど、まずは説得あるのみだろう。


「私が倒れていたところに木の表紙の本があった筈です。それは今どちらに? それがあればヘーゼルさんの妹さんの魂を一瞬ではありますけれど、呼び戻すことができます」


 勿論ウソだ。私の推測だけれど、すでに魂はエーテルの流れに乗ってケンタウルスで言う所の森、つまり大地の流れに還ってしまっているだろう。


「あの本か、それならば私の家に置いてあるぞ」


 サジさんがヘーゼルさんの矢の先端を見つめたまま口を開く。

 その様子を見て、私はヘーゼルさんに語りかける。


「死者に再び生を与える事は生者をただひたすらに貪欲に求め続ける怪物を生み出してしまう可能性があります。私ならその危険も無く、魂のみに会わせてあげる事が可能です。ヘーゼルさん、どうか吸血鬼に手を貸すのなんてやめてください」


 ウソだけど、私の良心がそれを突いてチクチクと痛む。

 私の言葉にしばし迷っていたヘーゼルさんだったけれど、数秒して月を見つめ、そして矢を下ろした。


「……本当に、ゼリアに会えるんだな?」


 その言葉は重いものを吐き出すように、苦悶の悩みを抱えた詩人のような呟きが漏れた。


「生前と全く同じ、という訳には行かないかもしれませんが、出来うる限り努力させて頂きます」


「……解った。娘、貴様を信じよう。サジタリウス、その後の罰はゼリアに会えた後如何様にでも受けよう」


「ああ、その代わり武器の類は没収させてもらう。さぁ、リン、アルカード殿此方だ」


 サジさんに言われ、付いて行く私達。

 その間にも私の胸は人を騙したことで良心がシクシクと痛むのだった。

閲覧ありがとうございます。

病院の時間が思ったより長引いてしまい更新が遅れました。すみません。

うぅ、治療部位が疼きます……。

さて、本編のお話ですが、ケンタウルスは嘘を嫌う種族です。対して人間は嘘をつく種族です。このような背景があるため、当作品の世界観ではケンタウルスの大多数は人間を嫌っております。そこら辺も後々明らかにしていければ、と思っております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ