リン、決意する
「で、どういう事なんです?」
にこやかな笑顔とは間逆に極寒の冷気を含んだ声がかかる。
フィネ村に買出しに行ったレイミーさんが帰って来たとき、サジさんの村に行く事を伝えたのだ。
勿論迷宮が解除されて、朝になったらと条件つきだけど。
「どうもこうも、人助けです。サジさんの村が病に冒されているようなので私なら助けられると」
「リン様が病に罹る可能性があるんですよ?」
やはりレイミーさんを説得するのはかなりの根気が必要かもしれない。
「一応、病避けの服装をしていきます。それとサジさん、村の人達はどういう症状なんですか?」
「咳とくしゃみ、発熱、だな。流行り風邪かとも思ったがどうも違うようだ」
私の質問によどみなく答えるサジさん。
うーん、情報がたりなささうぎるかも。
咳とくしゃみと発熱ってだけじゃ本当にただの流行り風邪かもしれないし。
どちらにしろ前世で医学知識を学んでいたわけじゃないし、ただの女子高生だった人間にそこ等辺の判断がつくとは思えない。
私ができる事と言えば錬金魔術で癒しの光を使う事ぐらいだろうか。
コニーさんが居るから綺麗な水は確保できるだろうし。
「レイミーさん、私で力になれるなら必要とする人の元に行ってみたいです。だからお願いします」
ペコリとレイミーさんに頭を下げる。
留めていない髪がサラサラと零れ落ちた。
「たぶんこーまでなったリンさんを止めるのは難しーと思うんです。こー見えてけっこー意固地な所ありますからね」
アンネが援護に回ってくれたけれど、それ絶対褒めてないよね。
「はぁ……。解りました。けれどその代わりアルカード様の許可を得たらと言う条件をつけさせて下さい。それから居場所が解る様にもして欲しいんです」
レイミーさんが仕方ないと言った風に折れてくれた。
私は嬉しくてレイミーさんの手を取る。
「ありがとう! レイミーさん!」
「まだ行っても良いと許可を得てはいないんです。そこをお忘れなく」
なんだかんだ言っても私の身を心配してくれてるんだろう。
放って置くと自分も行くと言わんばかりの形相だ。
「それでは私はお夕食の準備に取り掛かるんです」
そう言えばかなり陽も傾いて来ている。
陽が沈むまで後2時間くらいだろうか。
「うーん、ぽむとぽこどうしようか。リュックに入れていくのは危ないし、かと言って私が離れるって事は魔力をご飯としてあげられないし……」
「それならネクタルの実をつけておくよ。2、3日くらいならリンが居なくても大丈夫だと思うよ。ノームもウンディーネもシルフも居るしねぇ。それに太陽と月の精霊と言ってもまだぽむとぽこは力が弱い。一緒に連れて行くのは難儀かと思うんだよ」
「うーん……。ここはぽむとぽこに決めて貰おうと思うの。ぽむ、ぽこどうする? 私と一緒に来る?」
「ぽ、ぽ!」
「ぷ、ぷ!」
どうやらぽむとぽこは私と一緒に行く事を望んでいるようだ。
鳴き声に肯定の意味合いが乗っている。
そうと決まればリュックを少し改造しなければいけないかなぁ。
私はサジさん達に断って家の中に入り、自室へと赴く。
少し暗かったので灯りをつけ、リュックを取り出して、中の物全てを取り出すと随分軽くなった。
レインは私の肩に乗るだろうから、後はぽむとぽこが喧嘩せずに入るスペースを作らなきゃ。
そうするとタオルケットでも敷いた方が良いかな?居心地良くないと煩く鳴くだろし。
私が色々考えて、リュックの中を快適空間に改造しているとアンネが声をかけてきた。
「リンさん、これ使ってくだせー。使い魔に取りに行かせました。体力回復のポーションと魔力回復のポーションです。言っときますが、ものすげー苦いんで、飲むときは吐き出さないよー注意してくだせー」
アンネの声に振り向くと、肩に大きな鴉を留らせたアンネが小瓶を片手に三本ずつ。両手で六本ほど持っていた。
「わ、ありがとう、アンネ。正直魔力量少ないから助かるよ」
「いえいえ、青いほーが魔力回復で赤いほーが体力回復です。両方ともけっこーな劇薬なので連続使用はお控えくだせー」
私はガラス製の小瓶が割れないようにリュックのサイドポケットに入れていく。
「そー言えばポーションって言うのは人間の血から取れるって信じている種族も少なくないと聞いています。ケンタウルス族は無いとは思いますが一応リンさんもお気をつけくだせー。最も、体力回復ポーションがこんな色をしているからでしょーけど。あ、ちなみに混ぜると紫色になりますからね。効果は低くなるのでオススメはできませんが」
「え、何それ怖い。なんでそんな言い伝えというか迷信ができてるの?」
「たぶん吸血鬼の影響でしょーね。人間の血は極上のワインとか吹聴して回るくらいですから」
ここでもまた吸血鬼の仕業か!
もうね、全員アルカードさんみたいに草食系吸血鬼でも良いと思うんだ。
あれ?草食系吸血鬼って何か単語の意味が破綻してるかも。
これが教会に勤める吸血鬼なら僧職系になるのかな。
最も吸血鬼なら教会は辛いだけだろうけれど、世界には居るよね?そんなヘンテコな吸血鬼の一人くらい。
私がクスリと笑みを漏らしたのを不審に思ったのか、アンネが形の良い眉を少し顰めた。
「何笑ってるんですか。後これはマスクです。毒消しの効果がある薬草を乾燥させて先端に詰めてありますんで、つかってくだせー」
アンネはそう言うと後ろに置いていたであろうバスケットから鳥の嘴にも似たマスクを取り出した。
あ、なんか中世ヨーロッパ史の教科書に出てきた気がする。あれってペスト予防だったんだっけ。
これも綿と薬草が詰まっていて、飛沫感染は防げそうね。
「ありがとう、アンネ。何から何まで。お礼は何が良い?」
「リンさんが無事に帰って来てくれればそれで、と言いたい所ですが私もこれでご飯食べているので、銀貨5枚ってとこでしょーか。あ、もちろん物々交換でもいーですよ。ネクタルの実とか」
「ネクタルの実でも良いけれど、それってどこに卸すの? 私達くらいの子供だと買い叩かれたりしない?」
「レドネット商会に持っていきますよー。アソコならほぼ適正価格で買い取ってくれるでしょーしね。リンさんの名前を出せば顔役に話は簡単につけられそーですし」
あうう、私はあんまり目立ちたくないんだけれどなぁ。
私の複雑な表情を読み取ったのか、アンネが冗談ですと笑ってくれた。
「リン様、アンネ様。お食事ができたんです」
レイミーさんが呼びに来てくれた。
外は何時の間にか暗くなっており、結構な時間アンネと過ごしたのが伺える。
私はアンネと共にレイミーさんの後に続いて外のテーブルへと向かう。
するとそこには大層なご馳走が並んでいた。
「うわぁ、すごい」
「すげーです。美味しそうな匂いはしてましたがここまでとは」
私とアンネの口から歓声が漏れる。
それをレイミーさんは得意気に微笑むと席を勧めてくれた。
「今夜のメニューはベリーとクリームチーズの白パン、生野菜とサツマイモのヨーグルトサラダ。鶏の香草焼き、ザワークラウトのバタースープなんです」
テーブルの中心にはランタンが乗っており、周りを随分と明るく照らしてくれている。
鶏の香草焼きも未だフツフツと音がして焼けた香りに食欲が刺激される。
「ありがとうございます、レイミーさん」
「いえいえなんです。さ、いただきましょう?」
レイミーさんに促され、人間達は食前の印を組む。
コニーさんは待ちきれなかったらしく、生野菜のヨーグルトサラダをムシャムシャと音を立てて食んでいた。
「ふむ、これは美味いな。レシピを教えて貰ってもよいか?」
サジさんがレイミーさんにヨーグルトサラダの感想を述べている。
私はと言えば白に赤い点が残る不思議なパンに手を伸ばしていた。
そうして団欒が始まった。
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さて、次回は草食系吸血鬼が登場です。