クロウラーのボス
「なんだ、あれは?」
コニーさんが呟く。
木が倒れ、そこから現れたのは先程のクロウラーより二周りくらい大きい芋虫。
色は赤黒くいかにも毒々しい色をしている。
「うわ、あんなものこの森に居たんだ。っていうかリンが色々やったせいで進化したのかも」
「何よ、その色々って。それよりもあれは何? シルフ」
シルフをジットリとした視線でねめつけて聞いてみる。
「自覚が無さそうな所が致命的だね。トレント起こしたりウンディーネ起こしたりしてこの辺りの魔力活性化させたでしょー? まぁそれは置いておいて、あれはエルカだよ。這いずる者の進化系。群れのボス的存在だよ」
「私の村落にもあのような魔物は居ないぞ。魔力の濃度が濃いから産まれたのか?」
「多分そうだと思うよー。あ、火に耐性あるから発火ポーションの矢はまず効かないよ。遠距離から風の刃とかで仕留めるしかないねー」
シルフとサジさんが話して、エルカの倒し方を教えてくれる。
「火に耐性があるってーと私は役にたたねーですね。私は火属性の魔術が得意なんで」
アンネがお手上げだといわんばかりに両手を軽く挙げた。
「私がやるんです。シルフ様はどうやらあまり手を貸したくなさそうな御様子ですので」
「えー、ひっどいなー。さっきから矢に追い風を与えてあげたりしてたのに。ま、直接手を下す事はしたくないかなーって程度だよ。精霊は過度に人間や他の種族に与する事はできないからね。あの吸血鬼の時は闇の精霊絡みだったから手を貸したけど」
レイミーさんが一歩前に出てシルフを睨むと彼は大袈裟に震えながら私の後ろに回った。
「では行きます。風の刃!」
レイミーさんが詠唱すると共に伸ばされた両手から風が零れる。それは地面スレスレを飛び、草をなぎ払いながらエルカに襲いかかった。
けれどエルカはそれを避けようともせず仲間の死骸へと向かっていた。
風の刃が着弾しようとする瞬間、エルカの周りから炎の壁が噴出してそれを止めた」
「なっ!? 灼熱の壁ですか!? 魔物が魔術を使うなどと」
その場に居たシルフ以外の人達が驚いている。
「うん、エルカは炎も吐くからねー。正直魔術まで使うとは思わなかったけれど。どうする? ボクとしては代償があれば手を貸すのもやぶさかでは無いんだけれど」
「代償って?」
シルフの言葉に私は問う。
「リンからの永遠の愛か体の一部。目とか指とか髪とか。ボクの宝物を増やしたいしねー」
シルフが実に楽しそうに私を見つめて舌なめずりをした。
うわ、シルフってわんこ系かと思っていたら執着系わんこだったのね。
私はその様子に一歩引いてしまった。
「私が守ると言ったのだ。責任は年長者が取るべきだろう」
サジさんが言葉と共に矢を連続でつがえて放つ。
しかしその矢はどれもエルカが吐き出す糸によって絡め取られてしまった。
「ちぃ! やはり駄目か! コニー、接近して仕留めるぞ!」
「おぅ! ……う? 何か体の動きが鈍くないか?」
サジさんの言葉にコニーさんが答えるけれど何やら怪訝な顔をしている。
そういえばさっきから貧血に似た症状を感じる。
なんだろ、これ。
「はっ!? これ毒です! 皆さん口と鼻を布で塞いでくだせー!」
アンネが慌ててポケットからハンカチを取り出して口周りを押さえている。
「あ、言うの忘れてた。エルカってポイズンブレスも吐くんだよー」
シルフがキャラキャラと笑う。
言うの遅すぎでしょ!そんなに私が欲しいの!?
そんな事を考えながらシルフを睨む。
けれど体から力が抜けて片膝をついてしまった。
そんな中に透き通るような声が響いた。
「あらあら、性急すぎては返って嫌われてしまいますわよ。解毒!」
その涼やかな声に振り向くと優雅に扇で口元を隠して笑うウンディーネが立っていた。
「ちぇー、いけるかなと思ったのに何を邪魔してくれてるのさウンディーネ」
ぷうと頬を膨らませてむくれるシルフだったけれど、本当に悪意が無さそうだ。
まるで子供みたいに純粋に欲しい物を強請っていただけなのね。
「貴方は人間という種族をもっと勉強するべきですわ。人間は甘やかされるのに弱い種族です。なので私はリンをドロドロに蜂蜜漬けの果物の様に包んで差し上げたいですわ」
シルフの我儘を押さえるようにウンディーネが私を立ち上がらせて抱きしめる。
「リンさんも大変ですねー。私ならここまで精霊に愛されると胃に穴があきそーです」
アンネがジトッとした視線を向けてくるけれど私は無視してウンディーネに頼む。
「ウンディーネ、アレ、何とかならない?」
私はクロウラーを食べ尽くし、金斬虫に食指を伸ばし始めたエルカを指差す。
「エルカですか。私にかかれば確かに容易いですけれど、当然対価は頂きますわよ? そうですわね、口づけでの魔力譲渡とか如何でしょう?」
そう言うとウンディーネはニコリと微笑んだ。
その妖艶な笑みに首を縦に振りかけたけれど、必死で自分を止める。
うわあああん!やっぱりウンディーネも私の隙を狙ってるのね!
「ふふ、そんな嗜虐心をそそる表情も良いのですけれど、リンはエルカくらい簡単に退治できますわよ?」
「え?」
ウンディーネの言葉に私の唇から疑問の声が漏れた。
それを人差し指で塞ぎ、ウンディーネが私の耳に口を寄せる。
「本があるでしょう? エルカが金斬虫を食べている今しか猶予は無いですわ。食べ終えてしまえば真っ先にリンに向かってくるでしょうし。それにシルフも言っていた通り、精霊が過度に介入するには対価が必要ですの。ですから早くなさい」
私はそれを聞いて頷くと叫んだ!
「ッ! レイン! 錬金魔術の本を持ってきて!」
ウンディーネに解毒されたとは言え、現在進行形で微弱な毒をかけ続けられている私達は動きが鈍い。多分走れば転んでしまうだろうと推測できる程度には。なので無生物であるレインに頼んだのだ。
レインは頷くとすぐに塀の奥、家の中へと消えていった。
「すまぬ、娘よ。私がこのような事を言い出さなければあのような敵をおびき寄せる事も無かったかもしれぬのに」
コニーさんがすまなそうに呟く。こちらも貧血に似た症状なのか立っているのも辛そうだ。
ユニコーンの角って毒耐性があるって聞いてたけれど本体は毒耐性を持っているわけじゃないのね。
「気にしないで下さい。多分放って置けばいつかは私一人の時に出会っていたかもしれないんですから」
私はその鼻先にそっと手を当てる。
艶やかな毛並みがスベスベとした触感を与えてくれた。
コニーさんも気持ち良さそうに目を細めて、しまいには膝を折ってしまった。
「……リンよ、さっきも言った通り星の魔力が駄々漏れなのだ。いくら耐性があるとは言え、直接触れてしまっては耐え切れぬ。コニーが腰砕けになってしまっているではないか」
私は咎めるようなサジさんの言葉に失態を恥じた。
そうだった、人間以外には星の魔力が誘蛾灯の様に漏れてるんだっけ。
「だ、大丈夫です! なんとかしてみせますから!」
最悪の場合ウンディーネとチューをすれば……うあああ、女同士でチュー……女同士で……。
そりゃ前世は女子校だったからそんな場面は見たことあるけどさ!まさか自分にその危機が降ってくるとは思わなかったよ!
私が悶々としているとレインが錬金魔術の本を取ってきてくれた。
レインありがとう!私は本を受け取ってエルカに向く。
敵は金斬虫を食べつくしたようで、こちらにのっそりと体を向け、もそもそと移動を開始している。
うっ、正面から見るとかなり来るものがあるわね。魔物使いとかあれに乗ったりするのかしら。
私はまず、突風で灼熱の壁をひっぺがす作戦に出た。それにポイズンブレスがここまで届いてるって事は風の流れも変えないといけないし。
「突風! 解放!」
私は本の魔方陣をなぞり、錬金魔術を発動させる。
轟々と風が吹き、エルカの周りを竜巻が襲う。
「うわ、それホントに突風? ボクが使う暴風並みになってるよ。風魔術が苦手だなんて言って置いてこの威力を出すなんてリンも人が悪いよー」
シルフが横槍を入れてくるけれど無視だ無視!
錬金魔術を初めて見たであろうアンネ達も呆然としている。
「何ですかあれ、魔法クラスじゃねーですか。あ、カマイタチまで発生してますね。放って置いても失血死しそーですね。うわ、えげつねーです」
アンネが感想を述べている間にも私はとある事を思いついたのでやってみる。
それは錬金魔術の重ねがけ。すでに描いた水の玉の上からさらに同じ魔方陣を描いていく。
幸い全員暴風の中のエルカに注目して此方を気にしている人は居ないようだ。
私は描きなぞり終えた魔方陣を解放する。
「水の玉! 解放!」
詠唱が終わるとバチッと音がして私の持っている本から火花が散った。その音に気付いたのかウンディーネが此方を向く。
「リン! 何をしましたの!?」
ウンディーネの声があがった瞬間、暴風が止んだエルカの頭上100オルム(100メートル)上空に超巨大な水球が浮かんでいた。
閲覧ありがとうございます。
さてさて、多重魔方陣による副作用はどんなものになるんでしょうかね。
くふふ。