ユニコーンと射手
「リンさん、一体何があったんでしょーね」
「うーん、解らないよ。って、あ! トレントの箒があったんだっけ。聞いてみるね」
トレントの枝を柄に使った箒は魔力を込めればトレントと会話できる。外で何が起きているのか解るだろう。
私は早速箒を手に取るとトレントに呼びかけてみた。
「トレント、聞こえる? 外で何が起きているのか教えてほしいんだけれど」
魔力を込め、話しかけると返事はすぐに返って来た。
『やぁ、リン。どうやらユニコーンとケンタウルスが来たようだねぇ。あのメイドが応対しているけれどどうやら言い争いになりかねないね』
ちょっ!?なんでそんな事になってるの!?
私は慌てて外に出る。
そこには所々土と擦り傷で赤く染まったユニコーンとケンタウルスが立っていた。
「リン様!? いけません! 家に入っていて下さいなんです! ユニコーンは凶暴なので危ないんです!」
レイミーさんが慌てたような声をあげるけれど、ケンタウルスは穏やかな声で語りかけてきた。
「この家の主か? ユニコーンは確かに獰猛だが、今は弱っている。どうか一時の羽を休める場所を貸していただきたい。それにユニコーン全てが凶暴なわけではない。それを誤解しないで欲しい」
ケンタウルスは腰を折ると、敵意は無いと言う様に弓と矢筒から手を離した。
「……ドアは通れ無さそうなので家にはあげられませんけれど、ここは結界に守られています。それで良ければ」
「すまない、助かる」
そう言うとケンタウルスはユニコーンの怪我を調べ始めた。
私もレイミーさんの影からチラリと見たけれどどうやら足に糸みたいなものが絡まっているみたいだ。
「ケンタウルスさん、ちょっと良いですか? そのユニコーン、足に何かが絡まっているみたいです」
「サジタリウスだ。……私には何かあるようには見えないがな」
レイミーさんを見上げてみると、こちらも何も見えないとばかりに首を振った。
「とりあえずレイミーさん、アンネに傷を治すポーションを貰ってきてください」
「解りましたんです。リン様、蹴られないように気をつけてくださいなんです」
そんなに心配しなくても大丈夫だよ、たぶん。
「あの、サジタリウスさん。ユニコーンに触っても大丈夫ですか? 糸を取り除きたいので」
「ああ、我が友がそれにより苦しめられているならば取り除いてやって欲しい。よろしく頼む」
サジタリウスさんがポンポンとユニコーンの首を叩くとその場に蹲ってくれた。
私はユニコーンの足元にしゃがみこむと、その糸を外しにかかった。
陽光を浴びてキラキラと光る糸。それがユニコーンの血で赤く染まっている。
四苦八苦しながら解いていく。
「これ、森林蜘蛛の糸ですね。隠蔽の魔術がかかっていますから普通の人には見えないと思いますよ」
私は絡みついた糸の魔術を解くように解析をかけていくとユニコーンの体全体にビッシリと貼り付いている蜘蛛の糸が浮かび上がった。私はそれを一本一本ほどいていく。
「これはひどいですね。一体何処を通ってきたんです?」
「そこの森だ。金斬虫の群れに襲われてな。友が苦しそうにしていたのと森を抜けたらこの家があったので門をくぐったと言う訳だ。不思議な事に金斬虫は追っては来なかったが、森林蜘蛛と同士討ちになったのかもしれんな」
私の声にサジタリウスさんが答える。
そっか、私達に敵意を抱いて無かったからドアベルも鳴らなかったしウォーキングツリーも反応しなかったのね。それにしてもよく迷宮の結界抜けてこれたわね。
私がそんな事を考えていると家の中から青色の瓶を持ったアンネが出てきた。
「リンさん、お待たせしました。これが傷を癒すポーションになります。む、これは飲ませるよりかけた方がいーですね。まずは清潔な水で傷口洗いましょ」
アンネはそう言うと井戸に行き、手桶に水を汲んできた。
「ちょーっと染みますよー。暴れないでくだせー」
アンネが手桶を傾け、水で傷口を洗い流す。
ユニコーンは痛いのかブルルと嘶いて首を振る。
頭頂部に生えた角が私の頬を掠めて冷や汗がタラリと落ちた。
「ちょっ! アンネ、危ないじゃない!」
「ユニコーンに言ってくだせー。……よしと、これでポーションをかければおしまいです」
私の抗議の声を無視してアンネがのほほんと傷の治療を終える。
ユニコーンのポーションがかかった部分の傷口が塞がっていく。まるでテレビ番組の超速再生みたいに。
「リンとアンネとか言ったか。助かった。しかしこのような所に女子供だけで暮らすのは危ないのではないか? もし良ければ我が集落にて保護しても良いのだが」
サジタリウスさんがそんな事を言う。
「いえ、私達は魔術師見習いの修行中ですので大丈夫です。それにここほど安全な場所もありませんから。ね、トレント!」
私はさっきから黙っていたトレントに声をかける。
「む、もう木のフリは良いのかい? まぁケンタウルスは嘘を嫌う種族だからね。黙っておくのも後々解った時に良い顔はしないだろう。初めまして、ケンタウルス。この子の保護者をやっているモノだよ」
トレントがモソモソと大きな目と口を開けて挨拶すると、サジタリウスさんは音を鳴らしてたたらを踏んだ。
「……驚いたな。原初の緑と呼ばれた存在を目にするとは。お初にお目にかかる。我は射手。魔を払う閃光、サジタリウスと言う。緑の恩恵は私達にはかかせない物だ。緑の民に連なるものとして礼を言おう」
「なんか面白そうな事になってるねー。ボクも居るよー!」
サジタリウスさんがトレントに礼をしているとうえからシルフが降ってきた。
「なっ!? 草原の守り手、シルフまで!? 一体どういう家なのだ、ここは」
「うんうん、普通の人はそんな反応返してくれるよねー。リン達ってば反応薄くて全然面白くないんだもん」
まるで目玉が飛び出るかのように驚くサジタリウスさんが面白いのかシルフはキャラキャラと笑っている。
「草原の守り手ってシルフ、そんな二つ名がついていたのね」
目の前で跳ねている相手にそんな大層な名前がついていること事態不思議だ。
「まーねー。ホラ、ボクって風の精霊でしょ? だから弓矢を使う種族の守り神みたいに扱われてるんだよー。そうと知ったらもっと敬って欲しいなー」
チラチラと明らかにこちらを意識している視線を送ってくるシルフがなんというかうざったらしい。
後でノームに報告しておこう。
と、その時ブルルと嘶く声がして、ユニコーンが立ち上がって語りかけてきた。
「ありがとう、娘達よ。何かして欲しい事は無いか?」
……ユニコーンって喋れたのね。
「私は特に何もいらないかな。お礼が欲しくてやったわけじゃないし」
「アンタさんは欲が無さすぎなんですよ。私としては角の一欠けらでも貰っておきたいんですけど」
そう言えばユニコーンの角って万病の薬になるんだっけ。
「ふむ、やはり人間はこのような物を欲しがるのだな。しかし私の角は生えてくるまでに時間がかかるのでな、そう易々とくれてやるわけにもいかん。そこでだ、危機になれば呼べ。そうすれば私は駆けつけよう」
「良いのか? そんな約束をして。……ああ、そういえばお前の女癖の悪さを失念していたよ。特に星の魔力を持つ少女に弱いという事もな」
サジタリウスさんがユニコーンに呆れたといった苦笑を向ける。
と、言うか星の魔力は完全に抑えてる筈なんだけれどどうして解ったんだろう?
けれど私の疑問に答える人はこの中には居ないようだ。ただ、風が頬を撫でていくのみだった。
閲覧ありがとうございます。ブクマ、評価も大変励みになっております。
新しい章をどうすべきか決められずにズルズルと流れています。
ネタを!誰か私にネタを下さい!(切実)