銀の糸を紡ぐ歌
2016/03/04:台詞を一部改稿しました。
ぽむぽこを緋い瞳で捉えた瞬間倒れてしまったアルカードさんの体を見下ろす。
「どうしたものかな……」
そうなのだ、私の力では大人の男性を運ぶなんて無理だ。
少し触ってみた感触としては服の下はガッチリとした筋肉がある。
まるでトラやオオカミのようなしなやかな肉食動物を連想させる体つきだ。
え、いや、ベタベタと触ってみたわけじゃなくて、試しに運ぼうと思って脇の下に手を入れてグイグイと引っ張っただけだよ?
……その時にちょっと、ね。
勿論動かなかったし、就寝時のちょっとした移動に使うスリッパを履いていたからズルリと滑ってアルカードさんの上半身の下に潜り込んでしまって潰されそうになったけれど。
私がさっき転んでしまったのもそのせい。
……少しだけうなじから良い香りがしたなぁ。
たぶん麝香系統の香水だろうか。
煙草の匂いも相まって大人の男って感じ。
この世界には紙巻き煙草なんて無い筈だからパイプかな。
とりあえずこの人を運ぶにはどうしたら良いだろう。
……と、ぽこに目が行った。
「ぶぇ! ぶぇ!」
ぽこはイヤンイヤンと首を振っている。
瞬間移動の能力をこの人に使うのは嫌みたい。
トレントに何か良い方法がないか聞いてみよう。
「トレントー、起きてるー?」
窓から顔を出して、トレントに話しかける。
「起きているよ、おや、あの吸血鬼を撃退したのかい?」
撃退って穏やかじゃないなぁ……。
「ううん、そうじゃないけれどぽむとぽこを見たら気絶しちゃったみたい」
「ははぁ……。なるほど。もしかしたらだけれど原因はぽむかも知れないねぇ」
え?どうしてぽむだけ?
足元でゴロゴロところがるぽむを抱いてトレントに聞いてみた。
「どうしてぽむが?」
私の言葉にトレントがしばらく考えるように目を閉じて、たっぷり三秒間ほどそのままだった。
目を開けて私が抱いたぽむを見ると自分が考えていたであろう事を言葉にしてくれる。
「ぽむは太陽の、しかも精霊に近い存在だ。おそらくあの吸血鬼の瞳は魔力の流れを読み取るものだろう。……さて、ここで問題だ。太陽に弱い吸血鬼が太陽の化身みたいなぽむを見たらどうなるかね?」
「どうなるって、そりゃあ……」
一瞬頭の中に『目がぁ! 目がぁあああ!』って騒ぐ茶色のスーツを着た悪役の姿が思い浮かんだ。
「……その台詞はどうか知らないけれど、大体合っているよ」
私の思考を読んだトレントが溜息混じりに突っ込んでくれた。
便利だけれど、なんでも読まれちゃうのはちょっと恥ずかしいなぁ……。
「ほっほっほ、リンの魔力は私と相性が良くてねぇ……。迷惑かい?」
トレントの言葉に私はふるふると首を振る。
助かっている部分もあるし、何より隠す部分も無いしね。今のところ。
「ところで、アルカードさんを治すにはどうすれば?」
私は倒れてしまった吸血鬼のアルカードさんを横目でチラリと見て、解決策は無いかトレントに聞いてみる。
「うーん……。私達はナイトウォーカーとは相性が悪いんだよ。ホラ、私達が寝てる間に活動して、太陽が昇っている時間は外に出てこないからねぇ……」
ナイトウォーカーとは夜に活動する種族の総称でその名の通り、夜に歩く人。
そりゃあ昼型のトレントと植物も寝静まってから活動する人達じゃ交流も出来ないよねぇ。
「思うに、今あの吸血鬼の頭の中は太陽の魔力に当てられた事で暴走してるんじゃないかねぇ。心配なら寝転がしたまま冷やしてやるといいよ」
そっかぁ、確かに暗闇の中でいきなりカメラのフラッシュとか焚かれたら人間も慌てるもんね。
それの数倍強いものかな。
「うん、わかった! ありがとうトレント」
トレントにお礼を言うと窓から首を引っ込めて、さきほどの桶にお水を入れた。
よっこらせと、アルカードさんの近くに置いてから2階にタオルを取りに行く。
「夜が明ける前に目覚めてくれると良いなぁ」
吸血鬼なんだから太陽に当たると灰か塩か砂になっちゃうんだろうか。
塩だったらお料理にも使え無い事は無いけれど、ちょっと生理的にきついものがあるかしら。
……こう、コウモリ印で塩って書かれた吸血鬼産ミネラルたっぷり塩。
「ぉぇ……」
想像したら少し気持ち悪くなってしまった。
とりあえずぽむは近づけないようにしておかないとね。何があるか分からないし。
でも私も寝たかったんだけれどなぁ……。
「ふゎ……」
小さな欠伸をしながらタオルを持ち、針箱を取り出してパジャマのポケットに入れて階下に戻った。
ぽむぽこが舐めて溶かしちゃったドールの魔力糸を繕うつもりなのだ。
相変わらず大きな体を投げ出して倒れているアルカードさん。……私にとっては、だけれど。
近くに運んだ桶にタオルを突っ込んでじゃぶじゃぶと水を含ませて絞る。
そっと額に乗せてみたけれど、汗がひどい。
悪夢にでもうなされているような感じで苦しそうに目を瞑っている。
苦しいなら脱がしてあげないとね。
弟のジグが熱を出したときのように、シャツの第一ボタンを外してあげた。
「うわ……」
弟とは違う首の筋肉と盛り上がった鎖骨に直視するのを憚られて、目を背けた。
「ぽー?」
「ぷー?」
背けた先にはぽむとぽこが居た。
丁度目が合ってしまい、怪訝な鳴き声を出されてしまった。
「な、何でもないのよ! 何でも!」
顔が赤くなってしまった。
そういえば紡時代の同級生が『男は鎖骨よ!』とか言って悶えていたのを思い出した。
確かに色気があるのは鎖骨かもしれない。
……鎖骨が好きな、粗忽者。
そんな言葉が頭をよぎる、えぇい!私は粗忽者ではないぞよ!
ボタンを外したけれどまだ苦しそうなアルカードさん。
こういう時って頭を少し上げると良いんだっけ?
私の枕を……と思ったけれど、土で汚れるのは少し……いや、かなり嫌だ。
それにこの香水の匂いがつくと私が寝るときに四六時中アルカードさんを思い出すかもしれない。
私達庶民が使う枕はお貴族様が使うような綿100%の高級枕じゃなくて、発芽しない屑種や屑豆をつめてあるとってもリーズナブルな枕なので簡単に洗えるような代物じゃないのだ。もちろん投げて当たると痛い。
ぽむぽこを見ると私の考えを読んだのかブンブンと首を振っている。
ぽむとぽこをアルカードさんの枕に、と思ったけれど駄目だったようだ。
この二匹も私の考えが読めるようになったのかしら……。
「しょうがないなぁ……」
アルカードさんの横に座り、頭をそっと持ち上げて膝の上に乗せた。
所謂膝枕だ。
成熟した男性の重みを感じる。
やっぱりジグとは違うなぁ……。
ジグが熱を出した時もこうやって膝枕をしたなぁ。
ふふっ、ちょっと懐かしい。
ドールのレインを抱き寄せてポケットから針箱を取り出して糸を出すために詠唱する。
「意想の意図、愛しみ息吹け、慈しみ色をなせ……!」
今度は糸巻き状に魔力糸を形成する。この際だからレインの服に魔導式を 増やして強化しようと思ったからだ。
ぽむとぽこが魔力糸を見て不服そうな顔をしている。
……魔力は食べたいけれど、アルカードさんの近くに来るのは嫌ってところかしら。
まぁ、今からする事は集中力が要るから都合が良いかも。
「ほらほら、この糸はあげないから二匹とも2階で寝てなさい」
アルカードさんが起きてぽむぽこを見たらまた倒れちゃうかもしれないし。
「ぽー」
「ぷー」
不服そうな声を出しながらみょんみょんと階段を上がって行く二匹を見送り、糸に針を通した。
針と糸を使うときには決まって、紡の時に母がよく歌っていた歌を思い出す。
すごくマイナーなゲームだったそうだけれど、曲がとても良かったから私もいつの間にか針仕事をするときに歌うようになっていた。
「……紡げ、銀糸を……星の海に……揺蕩いし……漕ぎて……紡げば……進み行く……進んで行く……」
それはリンとしての人生を歩むようになってからも変わらない。
何故か、自分の名前を冠されたこの曲を歌うと集中力が跳ね上がるのだ。
……集中しすぎて周りの事に気付かなくなる事が多々あるけれど。
もう、上の空でも歌えるようになった歌を歌いながら、レインの服を繕っていく。
レインのガラス球の瞳が少しだけ嬉しそうに光った、様な気がした。
「う……ぁ……」
何週か小声で歌を歌っていたけれど、五月蝿かっただろうか、アルカードさんの苦しそうな声がした。
正直足も痺れてきたし、起きてくれるなら丁度良かったかな。
私はレインを置いて声をかける。
「アルカードさん? 目が覚めましたか?」
「リリー……すまない……」
元気の無い緋色の瞳が私をボンヤリと見つめる。
「しっかりしてください、私はリンですよ」
リリーって可愛らしい響きだなぁと、この世界ではリンってそんな名前の愛称でもつけられるのかなと考えていた。
アルカードさんが体を起こすと額に乗せてたタオルがズルリと落ちた。
「あぁ、もう。タオルが落ちましたよ? しょうがないなぁ」
拾おうとしたら案の定足が痺れていた。
うぅ、動けない。
魔力糸も使いすぎたかな、頭がボーッとする。
「すまない……リリー……すまない……」
「だからそんなに謝らなくて大丈夫ですって……え?」
ぎゅうと膝立ちになったアルカードさんに抱きしめられてしまった。
すまないと耳元で謝られ続ける声にゾクリと鳥肌が立ち、頭の芯がぼぅとする。
あぁ、もう!この声反則でしょう!
とりあえず寝ぼけてる様だから押しのけないと、ほら、私手に針持ってるから危ないし。
そう考えて左手でアルカードさんの胸を押すと、その押した手をギュッと握られた。
「え……?」
疑問の声を発した瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
続いて感じたのは熱、頭の芯を痺れさせる甘い毒のような……。
何これ!?こんなの私知らない!
じわりと脊髄に直接ナニカを注ぎ込まれていく感覚。
それが脳に達した瞬間プチプチと何かが切れるような音が聞こえて、景色が明滅した。
耳の後ろで、ごくりと、アルカードさんの喉が飲み込む音がした。
その音に更にゾクリと鳥肌が立つ。
……あぁ、私血を吸われているんだと気付いた。
でも不快じゃない、全くその逆なのだ。
もっと吸ってと、もっと吸ってと脳が叫ぶ。
「あ……う……?」
涎と共にすでに言葉を為していない声が私の口から漏れた。
プチプチと何かが切れる音の後ろで微かに警鐘が鳴っていたけれど、快楽 に押し流されて全く私の精神には届かない。
恐怖と思慕と憐憫と慕情と慈愛の感情が合わさって自分が一つのスープに なったような感覚。
あぁ、なんかもうこのままでも良いやって考えて目を閉じたらいきなり突き飛ばされた。
「はぐっ!?」
背中を壁に強かに打ち付けてしまい、肺から空気が漏れた。
「……アッ? ……ガッ! ガハァ!? ゴホッ! ゲホッ!」
四つん這いになってさっき飲み込んだ私の血を必死で吐き出そうとしているアルカードさんが居た。
私はその姿を壁にもたれたままボンヤリと見つめて考えの働かない頭に浮かんだのは……。
私の血、不味かったのかなぁ……という事だった。
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