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闇へのいざない

「アルカードさん!」


 私はベッドからぽむとぽこが転がり落ちる勢いで声を発した。


「うぉっ!? な、なんだ、どうしたというのだ、リン」


 アルカードさんはガタタと椅子を鳴らし、アンヘルもビクリと肩を震わせている。


「眷属で思い出しましたけれど、闇の精霊(シェイド)と契約しているんですよね!? ディランさんも闇の魔法を使えますか!?」


 私は氷解した疑問をぶつける。


「あぁ、使える筈だ。……父は私より相当長い期間闇の精霊(シェイド)と契約しているからな……。月の魔法でかけた教会(エクレーシア)は大丈夫だが迷宮(メイズ)は解除されるかもしれん。だが、私達が居れば心配ない。精霊も居るしな」


「……その精霊が隷属させられているかもしれないのですわ」


 アルカードさんの言葉にウンディーネが答える。


「……なんだと? まさか魅了の魔眼からさらに強くなったと言うのか……? ッ! もしや蟲惑の魔眼か!?」


 アルカードさんが動揺している。

 蟲惑の魔眼って……?魅了の魔眼と違うの?……そう言えばディランさんの瞳はアルカードさんより赤くて血の色を連想させるけれど……。


「吸血鬼、お主は闇の精霊(シェイド)と話した事はあるかの? できるなら呼び出して貰えればコチラとしては確認が簡単なんじゃが」


 ノームが話に割って入る。


「む……。闇の精霊(シェイド)か。私も契約時しか姿を見たことは無いがやってみよう」


 そう言うとアルカードさんはすぅと息を吸い込んで詠唱を始めた。


「闇よ、夜気よ、我が魔力を夜色と為して顕現せよ! 闇の精霊(シェイド)!」


 アルカードさんが詠唱し終わると闇の塊が手の上でグルグルと回って、それはすぐに消えてしまった。


「……現れ……ませんわね……」


「……認めたくはないが決まりじゃの……」


 ウンディーネとノームがどこか諦めたような声を上げる。


「ぽ! ぽ!」


「ぷ! ぷ!」


「わ! 何? どうしたの? ぽむ、ぽこ」


 いきなり騒ぎ出したぽむとぽこに驚いた私。


「ぽー!」


「ぷー!」


「……どうやら闇の精霊(シェイド)を顕現させられると言っているみたいじゃの。やらせて見てはくれんか、リン」


「リン、私からも頼む。私の魔力を媒介に呼び出そうとしたが、何やら弾かれた感触があった。ぽむとぽこが出来るならばお願いしたい」


 ノームとアルカードさんがお願いしてくる。


「……考えたけれど俺は反対だ。」


 意外な所から声が聞こえた。

 アンヘルだ。アンヘルが闇の精霊(シェイド)の召喚に待ったをかけたのだ。


「今の闇の精霊(シェイド)は操られているかもしれないんだろう? それなら無理に呼び出したらリンが危険だ。第一、ここに来るまでの道を作られたらどうする? もし闇の精霊(シェイド)が敵を招いたら?」


「それは無いと思うがの。そもそもお主、太陽の魔力持ちじゃが、闇と言うモノをそれだけで危険視しておらんかの?」


「違うのかよ、闇と言えば吸血鬼や魔物、良くない獣が跋扈するじゃねーか」


 アンヘルとノームが言い争っている。……というかアンヘル、吸血鬼と獣を一緒にしちゃ駄目だよ。アルカードさんもいるんだから。

 が、そこに一石を投じたのはシルフだった。


「アンヘル、それはちょっと違うよ。魔物が闇を好むのであって、闇自体は悪いモノじゃないんだよ? 何より人間に眠りと言う安らぎを与えてくれるんだ。闇って聞くと死とかをイメージするけれど、本来は再生の為の休眠を意味する精霊なんだ。……昔、アイツと話した時そんな事を愚痴ってたよ」


 シルフがアンヘルの闇に対するイメージを指摘する。


「……解ったよ……。すまなかったな。その代わり危ないと感じたらすぐに止めるぞ。リンもそれで良いな? 最悪の場合この家を放棄してウンディーネの宮殿に逃げ込む。……その場合トレントは諦めろ」


 アンヘルが最後に言った言葉に私は青くなる。


「待って! 待って! 今なんて!?」


「当然だろ。冷たいかもしれないけれど、それだけ危険性があるんだ。それはリンも承知の上だろ?」


 アンヘルが私の瞳をじっと覗き込んできた。

 その瞳の中に心配そうな顔をした私が映り込んでいる。

 ……少なくともこの家を、ううん、トレントを失うのは嫌だ。

 私は今まで流されるままだったけれど、ここは自分が決めないといけない。


「……闇の精霊(シェイド)を呼び出すのは止めます。アンヘルの言う通り危険性があるから。それにディランさんほどの相手ならここら一帯を闇夜に変えるくらいの魔法は使えるんですよね?」


 私はアルカードさんに向き、聞く。


「あぁ……。父は魔力の量も桁違いだ。なぜ煙草を吸うのにマッチ等使っていたかは解らんが、もしかしたら制約でもしているのかもしれないな」


「制約……ですか?」


 私の言葉にアルカードさんがああと答え、教えてくれる。


「火の魔術に限らず、他の属性の魔術を使えないように制約をかけて単一の属性の魔力を飛躍的に伸ばす方法だ。魔眼は生来父が持っていた能力だが、それも闇の精霊(シェイド)の力で強化されているのだろうな。リンは父を前にして大丈夫だったのか?」


「ええ、レインが止めてくれましたから。……それにアルカードさんのおかげである程度、魅了については耐性が出来ていたのかもしれません」


 私はディランさんを危うく家に招いてしまう所だったのを思い出してブルリと震える。


「それでどうするか、じゃの。仕方ないから儂も働くとしよう。この家の周りに落とし穴でも作っておこうかの。時間稼ぎにはなるじゃろ」


 そう言うとノームはパチンと指を鳴らした。


「……よし、塀の周りに落とし穴を作っておいたぞい。ふぅ……久々に働くと疲れるわい」


 ノームが終わったとばかりにトントンと腰を叩く。え、それだけで魔法が行使できるって精霊の力って一体……。


「あ、家の周りにウォーキングツリーが配置されているんです。……間違って引っかからないようにお願いできますか?」


「なんじゃな? トレントの(しもべ)か。懐かしいのう。心配せずとも樹木は土の様子なぞ丸わかりじゃ」


 そうなのね、少し安心した。


「……安心しても居られないようだぞ、リン。もうすぐ陽が暮れる、吸血鬼の時間だ。雨は止んできているから夜には晴れるかもしれないのは僥倖だな。月が出てくれるなら人間の俺達でも多少は夜目が利くだろ」


 アンヘルがカーテンを少し開けて外の様子を見る。けれど未だ風は強く風鳴りの音が聞こえている……。びょうびょうと。

 私は嫌な記憶を振りほどくように頭を振った。


「どうなさいました? リン様」


「どうかなさいまして? リン」


 ほぼ同時に二つの声がかけられた。

 レイミーさんとウンディーネだ。

 二人は同時に私に近寄ろうとして、動きを止めた。

 ……なにやら二人の間でパチリと火花が散ったような気がする。

 そういえばレイミーさんは火の属性持ちだったっけ。……うわぁ、性格は結構似通っている部分があるのに属性が真反対だと絶対対立起きちゃう!それは止めないと!


「あの、レイミーさん、ウンディーネ。喧嘩は止してね。部屋狭いし、それどころじゃないから」


 うん、しごく冷静に言えた気がする。

 私の声に両者とも顔を見合わせ、笑い始めた。


「まぁ、リン様。私は喧嘩なんてしないんです」


「そうですわ、(わたくし)が人間等と争うなんてありえませんわ」


 うふふおほほと笑う二人だけれど、いや、今すっごく部屋の温度下がってるからね?シルフとノームなんかはドン引きしてるからね?

 二人の笑い声を遮るようにアルカードさんが一歩前に出て、私の額に手を当てた。


「……ふむ、熱は下がったか? 起きれるか? リン」


「はい、何とか……。トレントの樹液が大分効いて来たようです」


 あ、さっき笑い合っていた二人が何か悔しそうな顔をしてる。……アルカードさんが大人な対応をしたからかな?

 ……と、その時、玄関から場違いなベルの音が響き渡った。


「……チッ! もうか!? ……これは、森の方向か! まだ陽が沈んでいないというのに!」


 アルカードさんが私の額に当てた手を離し、レイミーさんが持っていた外套をひったくるようにして着ようとする。

 けれどそれを諌めたのはレイミーさんだった。


「アルカード様、(わたくし)めが行って参ります。これでも斥候くらいにはなりますから。アルカード様は最後の要です。領主としても、リン様を守るにしても御身の安全を第一に考えなさいませ。……それに私もリン様には格好良い所を見せたいですしね」


 レイミーさんが可愛らしく微笑む。


「あぁ、解った、しかし父……いや、ディランの姿を見たらなりふり構わず逃げろ。良いな、絶対だ」


 アルカードさんがレイミーさんに厳命する。

 曇りとは言え、もし晴れ間がのぞいて夕陽が当たれば日光の中歩く者(デイウォーカー)ではない吸血鬼であるアルカードさんはひとたまりもないだろう。

 レイミーさんが窓を開けてベランダからヒラリと手すりを越えて飛び出す。

 ちょっ!?ここ2階なのに!?

 私が驚いて窓に近寄ると駆けていくレイミーさんの姿があった。時々大きく跳んでいる所を見るとノームの張った落とし穴を避けているんだろう。……どんだけ規格外なのよ、レイミーさんって……。

 私はレイミーさんを目で追うと、トレントの枝に目をやった。

 そこにはいくつかネクタルの実が生っていた。うん、これなら収穫できそう。


「シルフ、魔力の回復用にネクタルの実をいくつか、今の内に収穫して欲しいんだけれどできる?」


「御安い御用だよー。じゃーちょっと待っててねー」


 シルフはそう言うとこちらも窓から出て行った。


「アンヘル、アルカードさん、一杯頼ってしまうと思うけれど、絶対に無茶はしないでね」


「おう、大丈夫だ」


「ああ、任せるが良い」


 二人が力強く頷いてくれたのを見て、絶対に夢の通りになんかするものかと私は奮起するのだった。

閲覧ありがとうございます。

レイミーさんの死亡フラグが立ちそうです……。

リンの心情描写では現代日本の用語が出てきますが、会話中にはなるべく登場させないように気をつけています。

異世界人に『壁ドン』とか言っても通じないと思うので。

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