コワレモノ
「……いでで……。あれ、俺は一体……?」
レインとノームに同時に頭を叩かれ、憑き物が落ちたような顔をするアンヘル。
「アンヘル……。その……ごめん、私の星の魔力に当てられてたみたい」
その言葉にアンヘルもハッとしたようだ。あちこちに食い散らかされた後の残る糸の方向を見ないようにしている。
当然そうなるとアンヘルの視線は狭められるわけで……。
ベッドの上の私と自然に視線が交わされる。
「……ッリン! すまなかった!」
がばと身を伏せ、ベッドから降り、膝を付くアンヘル。
「……ううん、私こそごめん。星の魔力を込めた糸の存在忘れてた。……ハァ……ッ……」
不味い、暴れたせいで熱が余計に上がったかもしれない。
半分はアンヘルに迫られたのもあるけれど、頭がグワングワンして耳鳴りが響いている。
私は苦しくて重い吐息をつきながらベッドに体を預ける。
「……とりあえずこの糸は危ないの。そこの人形、お主も手伝うんじゃ」
ノームがレインと糸をかき寄せて一箇所に纏める。
そうしてるうちにシルフがぽむとぽこと共に入って来た。
「なんか騒がしかったけれど大丈夫ー?」
シルフが少し心配したような声をあげる。
「おお、丁度良い。お主等コレを食べてしまうんじゃ」
ノームがぽむとぽこに命じると二匹はもっちゃもっちゃと食べつくしてしまった。
「……アンヘル、もう……大丈夫だよ。……顔を、あげて……」
正直息も絶え絶えと言った風に一語一句吐く。
……こんな調子じゃもし襲撃された時に足手まといにしかならない。
それでも顔を上げないアンヘルを不思議に思い、再び声をかける。
「……アンヘル……?」
「……決めた。リン、俺がついていて守ってやるよ」
アンヘルの顔が上がり、何かを決意したような黒に近い濃い緑色の瞳が私を捉える。
それはありがたいけれど、太陽が出ていなければアンヘルの体に負担が……。
「……気持ちはありがたいけれど……」
「おっと、それ以上言うのは無しな。さっき俺言ったじゃん、女の子はコワレモノだって。……それを簡単に破ってしまった自分が悔しくて恥ずかしくて情けないんだ。だから責任は取らせてくれよ」
雲の切れ目から射す太陽のような笑顔を見せてアンヘルが言う。
「その前にリンの体調をどうにかしないといけませんわね。トレントから樹液を貰ってきました。原液は人間に刺激が強すぎて毒ですが、薄めて使えば薬になりますわ。さ、リン、これを飲むとよろしいですわ」
ウンディーネがトレイに載せたお茶を持ってきてくれた。それをサイドテーブルに置き、カップに小瓶から蜂蜜みたいなドロリとした粘性の琥珀色をした液体を一滴、垂らす。
木製のマドラーでクルクルと掻き混ぜて、私を見つめるウンディーネ。
「……寝たままでは飲ませられませんわね。アンヘル、リンを起こしてあげてくださいな」
「あぁ、わかった」
アンヘルがベッドに片膝を付き、私の背中に手を回すとグイと起こしてくれた。
「それではこれをゆっくりと飲ませて差し上げて」
ウンディーネがサイドテーブルにおいたティーカップを指差す。
「解った。……リン、飲めるか?」
「……うん……」
アンヘルがティーカップを取り、私の口に近づけようとする……が、それは途中で止まった。
「……少し熱いな。少し待ってろ」
アンヘルはそう言うとティーカップを息でふぅふぅと冷まし始めた。
「……よし、これくらいで良いかな? ホラ、リン、飲め」
何ですかこれ、何ですかこれ!すっごく恥ずかしいんですけど!
羞恥心で沸騰しかけた頭をなんとか抑えつつも、アンヘルが冷ましてくれた紅茶を一口飲む。
ハーブのような独特の風味とシナモンの後口が残る甘い飲み物は、沸騰しかけた頭を少しずつ冷やしてくれた。
いや、背中に腕を回されている時点で頬と顔、それとアンヘルが触れている部分が熱いけれど……。
私汗臭くないかな、等と変な不安が頭をよぎる。
いや、それよりも雨に濡れて帰ったからそっちが臭ったら……等と考えるも、アンヘルはそのまま二口三口と飲ませてくれた。
そういえばゴレムスにお風呂に水貯めて貰ってたっけ……。
少し落ち着くとそんな事を思い出す。
できれば入りたいなぁ……。
「さて、落ち着いたようですわね。リン、喉の調子と身体の具合はいかがですか?」
ウンディーネに言われ、気が付く。
さっきよりも大分楽になった。これもトレントの樹液のおかげなのかな?
「……ありがとう。かなり良くなったみたい。ちなみに原液のまま飲むと毒になるってどういう事?」
私は少し気になった事をウンディーネに問う。
「そうですわね、キノコが頭から生えますわ」
「えっ!?」
私は慌てて頭に手をやる。……が、そこには何も無かった。いつもの髪があるくらいで変な感触もない。アンヘルも私の頭に注目しているけれど、特におかしな点は無いと言う様に首を振った。
「ふふ、冗談ですわ。……原液のまま飲めばトレントに近しい存在に身体が造りかえられますわね。……本来ならばあまり使いたくなかったのですけれど、リンは私の魔術、生命の水と相性が悪いですから。」
え、ちょ!それって劇薬の部類じゃないの?身体を造りかえるとか魔法クラスの世界だよ?
私が驚愕している事に気付いたのかウンディーネは苦笑した。
「だから薄めて使ったのですわ。トレントの樹液は言わばトレントの血、トレントそのものの魔力ですわ。人間を造り替えてしまうほどの魔力が込められたもの、人間界には出せませんわね」
「それは良いんだけど、本当にリンはリンのままなんだよな?」
アンヘルが厳しい目つきでウンディーネを睨む。
「心配要りませんわ。疑うなら少しお退きになって」
そう言うとウンディーネは私とアンヘルの間に腕を割り込ませ、私の額に手を当てる。
ヒヤリとした感触が火照った頭に気持ちいい……。
ウンディーネは暫らく目を瞑り、数秒ほどそのまま何かを探るような表情をした。
「……大丈夫ですわ。変質は起こっておりません。そもそも何か前兆があるならば瞳や髪の色に表れますから」
目を開けた彼女は、力強くそう言った。……探査の魔術でも使ったのかな。
「そっか……。うん、なら良いんだ。俺はリンがリンらしく、リンのままで居られるのが良い。…………じゃないと手が届かなくなっちゃうだろ、これ以上遠くに行かせるもんか……」
「うん? アンヘル、何か言った?」
アンヘルがポツリと呟いた後半の部分が良く聞こえなかった為聞き返す。
「何でもねーよ。ホラ、寝かせるぞ」
アンヘルはぶっきらぼうに呟くと、右手を私の肩に当て、ゆっくりと力を込める。背中を支えられている左手からは相対的に力が抜かれていき、そのままベッドに寝かされる。
「今日は泊まっていっても良いか? さっき守るって言ったしな。……それにそのトレントの樹液があれば夜でも俺の太陽の魔力が使える」
アンヘルはウンディーネが持っている小瓶を物欲しげに見つめた。
「……ッ! 泊まるのは良いけど樹液は駄目! ……アンヘル、よく聞いて。私もアンヘルにはアンヘルのまま居てほしい。変質なんてさせたくない」
私はベッドに寝かされた状態のまま、アンヘルの服の裾をギュッと掴む。
「……なんだか二人が二人とも歪に想い合ってる様な気がするねー。まるでトゲウサギの番みたい」
シルフが私とアンヘルを揶揄する。トゲウサギとは地球で言うハリネズミの兎バージョンだ。つまりシルフはハリネズミのジレンマと言いたいらしい。
「心配せずともネクタルの実をトレントがつけておるわい。トレントの樹液は人間には毒じゃ。一回二回ならば良いがの。それ以上は依存と耐性が出来てしまうのでな」
ノームが横から助け舟を出してくれた。
「そうですわね……。私もあまり良い顔をされませんでしたわ。実はトレントは……神代の頃トレントは一人の女性に恋をしましたの。それで樹液を飲ませた事があるそうですわ。……いや、やっぱり止しましょう、この話は本人が居ない所でするべきものじゃありませんでしたわね」
ウンディーネがごめんなさいと謝りつつも小瓶を中空にしまう。おそらく彼女の宮殿かどこかに運んだのだろう。
「とりあえずアンヘルが泊まっていく事は賛成だよー。相手が精霊を従える能力を持っているかもしれない以上、ボクたちは足手まといになるかもしれないし」
シルフがフワフワと浮かびながら口を開く。おそらく闇の精霊の事を言っているんだろう。
「私は此処にいますわ。リンの事が心配ですもの」
「うむ、儂も残るぞい。菓子の礼もしていないしの。それにこの小僧がまた獣にならんとも限らん。人間の男とはそういうモンじゃ」
ウンディーネとノームがそう言ってくれた。二人とも……自分達の身の危険があるかもしれないのに……。
私は嬉しくて涙腺からじんわりと熱い液体が染み出してくるのを感じた。
「何だよ何だよ、二人とも残るんならボクも残るよ! ……仲間外れみたいで嫌だし……」
そう言ったシルフはプイとそっぽを向いた。
「皆……ありがとう……」
私は寝たまま顔を横に向けて4人を見た。
「ぽー!」
「ぷー!」
『……!』
いや、正確には四人と二匹と一体かな。自分達にも任せろ、と言わんばかりに鼻息を荒くしているぽむとぽことレインを見てそっと目でお礼を言った。
閲覧ありがとうございます。
二人きりにできないのでラブ成分が微糖になっております。
二人きりになれれば二人も発展するのですが……。