責任と覚悟
「……こんにちはー。依頼終了しました……」
私はギルドへ戻り、受付のお姉さんにボソボソと報告する。
「ああ、聞いてるわよ。ディランさんのお屋敷で粗相をしたんだって? 駄目よ? ちゃんと自分の人形の制御をしておかないと。特に人形遣いは感情が人形の操作に出やすいんだから」
「はい……」
本当は自律しているんだけれど、ここで言えばまた問題の種になるだろうし黙っておいた。
「ディランさんのところから魔術鳩が届いてね。今回の件は不問にするそうよ。良かったわね。けれど、ギルド側としてはミスをした人間を再び行かせる訳にはいかないの、そこは解ってね」
「はい、御迷惑をおかけしてすみません」
お姉さんの言う事も最もなので、私は謝る事しかできない。
「とりあえず、今回の報酬よ。予定通りに支払うってディランさんは言っているわ。懐が深い方で良かったわね」
「……ありがとうございます……」
私は銀貨三枚を受け取ると、肩を落としながら背を向ける。
と、背中に声がかけられた。
「あんまり気に病んじゃ駄目よ? 一度自分を責め始めたら癖になっちゃうからね。今度はその沈んだ顔が何とか上を向いた時くらいに来るといいわ」
「はい、ありがとうございます」
私は受付のお姉さんに向き直り、お辞儀をしてギルドのドアを開けて外に出た。
湿った風が漂ってきて雨が近い事を知らせてくれる。
「どうしようかな……。濡れちゃうし、買出しを先に終わらせておこうかな。」
私は憂鬱な気分で箒に乗って市場に行く。
濡れても大丈夫そうな物を最後にしようと思い、最初は鶏肉、ベーコン、パスタなんかを買って行く。
パスタを買ったところでポツリと水滴が落ちてきた。
「あちゃあ……。降って来ちゃったかぁ……アハハ」
こういう日は一度ケチがつくとなにもかもが上手くいかないものね……。
私は買い物を打ち切ると、買い物用のバスケットに雨避けの魔術をかけて箒に腰掛ける。全身にかけても良かったけれど、雨に濡れたい気持ちだったのだ。
レインもバスケットの中だ。
どうも肩に乗せる気がしなかったのと、雨に濡れると髪や服を乾かすのに大変なので入ってもらっている。
「……帰ろう」
私はアンヘルに会いに行くことも忘れて、雨の中を飛ぶ。
正直優しい彼なら何があったか聞いてくるだろう。
でも、私のちっぽけなプライドが邪魔をしたのも事実だ。
それに私の顔は今、たぶん歪んでいるだろうから。
家にたどり着き、びしょ濡れになった私をトレントとシルフが迎えてくれた。
「おかえり、リン。おや、随分と塞ぎこんでいるね。何かあったかね?」
「本当だねー。空と同じくリンの目からも雨が降りそう」
「えぇ、ちょっとレインがお仕事先で粗相をしてしまって……」
私は二人の言葉に答える。
その言葉を聞いたレインはバスケットから飛び出てきた。
そして、トレントとシルフへなにやら呼びかける。
こっちからはレインが背を向けているので口の動きが解らない。
「ふむふむ……? なんだって? 魅了の魔眼、だと?」
トレントが驚いたような声を出す。
そこにレインがコクリと頷く。
「へぇ……。あの吸血鬼以外にも魔眼持ちが居たんだ」
シルフも驚いているけれど、こちらはそれほどでもないようだ。
「リン、どうやらレインはリンを助ける為にやったそうだよ。私の枝の箒は玄関に置いていたね? 道理で解らなかった筈だよ。リン、これは忠告だ。あの屋敷に行くのは止めなさい」
トレントが話しかけてくるけれど、頭が働いていない。
ディランさんが魔眼?どうして私に魅了なんてかけようとしたの?
「リン、聞いているのかね?」
「あ、うん、ううん」
トレントの声に肯定とも否定ともつかない返事をしてしまった。
「ふむ……。警戒するに越した事はないな。シルフ、キミはどう思うかね?」
「リンから昨日感じた妙な甘い匂いがするよ。はっきり言ってボクこの匂いは苦手だな」
甘い匂い……?ひょっとしてディランさんの煙草の匂いだろうか。
「決まったね、リン。多分だがそいつは吸血鬼だ。濃密な血の臭いを煙草か何かで覆い隠してるんだろう。怪しいと思った事はないかね?」
「怪しいといえば……使用人さんが昼間でも外へ出ないことくらい、かな」
私はレイミーさんとマリアさんの違いを比べる。
レイミーさんは私がアルカードさんのお屋敷に行くと必ず陽の光の下に居た。
対してマリアさんは陽の光からは遠ざかるようにドアからも離れていた。
あれ?でもディランさんは陽の光の中でも普通に生活してたよ?吸血鬼って陽の光が苦手なんじゃ?
私は疑問に思ってトレントに聞いてみる。
「ディランさんは太陽の下でも普通に歩いてましたけど……。吸血鬼って断定するのは早いんじゃ……」
「ふむ……ディランと言うんだね。あの男は。日光の中歩く者かもしれないねぇ。稀に太陽の光が平気な吸血鬼が産まれてくることがあるんだよ。リン達を襲ったのもその男かもしれない」
そういえばトレントの枝の箒を持って居る時ディランさんに話しかけられたっけ。
それでトレントは視る事ができたのね。
ディランさんのお屋敷には木々は無いから。
「リン、まさかとは思うけれど招いてはいないだろうね?」
トレントが今日は厳しい。当たり前か……。私の命に関わるかも知れない事なんだから。
『そ、れ、を、と、め、た』
レインがトレントと私に見えるような立ち位置で口を開く。
あ、もしかしてカップを割ったのって……。
私はさきほどの会話を思い出す。
『そうかそうか。それは少し興味があるねぇ。今度お邪魔してもいいかな?』
『え? えぇと、別にだいじょう……』
うわ、私危ないところだったんだ。
「ごめんね、レイン! 私貴女の事を疑ってた……!」
ガバと音を立てるほどにレインに向けて背を折り曲げて謝る。
そんな私を諌める為か、レインが私のローブの裾を引っ張って気にするなとばかりに微笑む。
「ふむ、仲直りできたみたいだねぇ。とりあえずリン、着替えておいで。その濡れた格好じゃあまた身体に冬が宿ってしまうよ。着替えてからまた話そう。今はここらに近づくモノは居ないようだし」
トレントが目を瞑り、何かを感じ取るような仕草をする。
おそらく木々を伝って探知をしてくれているんだろう。
私はトレントに感謝して家に入り、着替える。
ぽむとぽこはベッドで寝ていた。
なんとなくその様子に安心感を覚え、私はベッドに飛び込みたい欲求を我慢すると、再びトレントの前に来た。
トレントの枝葉が生い茂るおかげで傘を差さなくても雨露がしのげている。
「来たね、リン。さて……一番良いのはあの吸血鬼に庇護を求める事だけれど、リンはそれを由としないだろうねぇ」
「うん、もしディランさんが天候を操るほどの魔力の持ち主ならトレントは為すすべもないと思う。すでに私の家は知られちゃったし……」
「来るなら昼か夜どちらだろうねぇ。昼に吸血鬼になりたい人間を雇い数にモノを言わせてくるか、夜に少数で攻めて来るか……。ふむ、夜に攻め込んでくるならば私はあまり力になれないね。それこそあのアンヘルとか言う少年に太陽の魔力を使ってもらうとか」
「それは駄目ッ! ……夜にアンヘルの太陽の魔力を使わせてしまったら寿命削っちゃう……!」
私はトレントの言葉に反対する。
「ふむ、ならばもうひとりの吸血鬼に頼るかい? ただ、彼でも物量にモノを言わせた戦術を取られると危ないかもしれないね。……うーん……。せっかく四大精霊のうちの三人がそろっているんだから知恵を借りるとしようか。シルフ、ちょっとウンディーネとノームを呼んで来てくれないかな?」
トレントがシルフをジッと見つめて、語りかける。
「うん、解った! すぐに行ってくるね!」
言うが早いかシルフはウンディーネの住む湖に飛んでいった。
おそらくウンディーネと合流してから彼女を緩衝材にしてノームと会うつもりなんだろう。
「……さて、リンは他の選択肢もある。……それは私の種を持って逃げるか、ウォーキングツリーの種をあげるから家の周りの防備を固めるか、だねぇ。ゴレムスもかなりの戦力になるだろうけれど如何せん一体じゃどうしようもないからね。どうだい?」
「……ウォーキングツリーの種をちょうだい、トレント。私は土属性だし、すぐに育てられるから」
決意と覚悟をこめてトレントに言う。神代の時代にトレントの手足となっていた存在を復活させる事がどういう事かも解る。その責任は私にある。
「そうかい。ではこれが種だ。5粒ほどあるからぽむとぽこに力を借りてすぐに育てると良い。おそらくリンの魔力だけじゃ3本ほど育てたら魔力切れを起こすからね」
「解った。ありがとう、トレント」
私は大きな舌に乗せられた拳大の種を貰うと、玄関脇に立っていたゴレムスに頼んで畑に植えてもらう。
さて、ぽむとぽこを起こしに行かなくちゃ……。
寝起きを起こされて不機嫌にならないと良いけれど……。
私はそんな事を考えながら2階へと続く階段を上るのだった。
閲覧ありがとうございます。
2章は恋愛成分少なめなのでジャンル詐欺になっていないか心配です。
しばらくシリアス回が続きます。