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ぽむぽこりん -異世界で魔術師見習いやってます!-  作者: 春川ミナ
第一章:ソルデュオルナの魔術師見習い
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黒いコートの闖入者

 鍋からクツクツと音がして穏やかに時間が過ぎる。

 こうなれば後は楽だ。

 バターとリンゴと赤ワインの香りが漂う。


「……本でも持ってくればよかったかなぁ」


 少し暗くなってきたので、天上にある水晶玉に星の魔術をかけて明かりを灯す。

 ガラスの中に固定されたシャンデリアみたいな形状で、この世界では一般的なものだ。周りにガラスが飾られており、反射を利用して小さい灯りでも明るくなるようにしてある。


 カマドの前まで椅子を持ってきて座りながら、木べらで鍋をかき混ぜていく。

 リンゴのチップスも乾いたら次のを置いて、とそれなりに忙しい。

 試しに一枚出来上がったリンゴチップを齧ってみたらパリパリとした食感が病みつきになりそうだった。


 ジャムとコンポートが出来たらどうしようかな。

 ジャムは保存が利くから街へ売りに行くのも良いかもしれない。

 ぽむとぽこも連れて行きたいけれど、箒には安定が悪いから何かしら工夫しないとね。


 赤ちゃんのおんぶ紐や抱っこ紐みたいなものを作るべきか、それとも箒からハンモックみたいなものを吊るしてそこに入れて運ぶべきだろうか。

 一瞬ぽこの瞬間移動の能力で、とも考えたけれど街までは相当距離があるし、もし距離に応じて魔力が消費されるならとてもじゃないけれど持たないかもしれない。


 まだ不明な事が多いし、できる事も全ては分かっていない今は安易に頼るのはやめておくべきだろう。

 勿論ぽむとぽこが自発的に手を貸してくれるならばその限りではないかもしれないけれど。

 所謂(いわゆる)使い魔といった存在では無いので、命令で強制的に働かせる事なんてできないのだ。

 それに、例え使い魔でも強制的に働かせるって響きは何か、嫌だ。

 できればギヴアンドテイクな関係が良いな。

 モゾモゾと起きてきたぽむとぽこにリンゴチップスを一枚ずつあげてみる。

 ポリポリと音を立てて咀嚼している二匹の姿に笑みが零れた。

 ジャムの水分が飛んで鍋がクツクツと鳴いている。


「そろそろいいかな……?」


 小さな木さじで皿に取り、舐めてみる。


「ん~~~!」


 甘くて、ほっぺたの筋肉がギュッと収縮する感覚に耐え切れず、私はパタパタと袖を振った。

 もっと酸味があった方がジャムとしては良いかもしれないけれど、レモンが無かったので仕方無い。

 この後は瓶に詰めて密封して湯煎をすればかなり日持ちするはずだ。

 ママは湯煎なんかしなくていいわよ、と言っていたけれど、私の気分的な問題だ。


 ……この世界にはあまり雑菌への知識が発達してないらしい。

 物が腐ってしまったら精霊の悪戯と冗談めかして言ったりする。

 物が発酵するときや、お酒を造る時も嵩が減ることがあるけれど、そういう時は決まって天使への贈り物と言うそうだ。


 まぁお酒って神様が大好きな飲み物だしね。

 悪魔への贈り物と言うよりは美味しく感じられそうだ。

 ……酔っ払ったパパは余り好きじゃないけど。


 リンゴのコンポートは一度このままにしておいて、明日アンヘルの所に持っていく前にもう一度熱を通して雑菌を殺してから持っていこう。

 冷めるときに具材に味が染み込む浸透圧の原理を利用するのだ。

 きっとそういう事を知らないアンヘルは涙を流して喜ぶかもしれない。


『リン様! こんなオレに美味しい物をお恵み下さってありがとうございますぅぅ!』


 ……なんてね。あるわけないけれど想像の中のアンヘルで妄想したって良いじゃない。


 正確には『スッゲー美味かったよ! また作ってくれ!』なんて言われるのが関の山かな。

 外はスッカリ暗くなっている。


 そろそろ晩御飯の時間かしら。

 色々味見したからそんなにお腹は空いてないけれど、ジャムの余りをパンにつけて食べようかな。

 ゴソゴソとリュックを漁る。


「あれ……? ない?」


 家から出るときママが持たせてくれたパンが無い。

 そういえばさっきぽむぽこがリュックの中をガサゴソしてたっけ……まさか!?


「ねぇ、ぽむ、ぽこ。私のパン知らない?」


「ぷ? ぷ~?」


「ぽ? ぽ~?」


 二匹とも全く別の方向を向いて知らないと言った声を出す。

 うん、何だかバレバレかも。

 毛足の長いぽこを抱き上げてよーく観察するとパンくずがついていた。


「あー! やっぱり!」


「ぷ! ぷ!」


 ぽこが私の声と恨みがましい視線に耐えかねたのか腕の中で暴れだす。

 たまらず手を離すと床にみょんっと着地した。


「しょうがないなぁ。食べるなら一言言ってから食べる事! わかったわね!」


 ぽむとぽこの前に人差し指を一本つき立てて、腰に片手を当てながら叱る。


「ぽー……」


「ぷー……」


 ……少なくとも反省はしているようだ。叱られてしょんぼりとしているぽむとぽこ。

 その姿を見てたら少し可哀想に思えてしまった。

 まぁ赦してあげましょう。

 私のお腹は炭水化物を取れなくて少しだけ残念がっているけれど。


「しょうがないなぁ、トレントにお願いしてみようかしら。うーん、まぁ一日くらいいっか」


 どうせ近いうちに街へ行こうと思っていた所だ。

 ……少なくとも私一人なら三日分のパンはあったのだけど。

 この二匹がどういう胃の構造をしているのか気になる。

 少なくとも私の家のエンゲル係数は上がりそうね。


 まず明日は朝のうちにアンヘルに会いに行こう。で、牛乳とチーズやバターを買う。

 バターは手持ちの分はさっきので使いきっちゃったし。

 それからウッドゴーレムを作るためにトレントに種を貰おう。

 あ、今あらかじめ言っておいた方が良いよね。

 いきなり言われるより、事前に言われていた方が心構えもしやすいだろうし。

 ドアを開けて、トレントに声をかける。


「トレント、起きてる?」


「ん、んん。なんだい、リン」


 トレントがもそもそと目を開ける。

 眠っていたのだろうか、少し声が寝ぼけているような印象を受けた。

 ……そりゃそうよね。トレントって植物だから暗くなれば光合成も終えて寝てるよね。

 少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「ほっほっほ、気にしないで良いんだよ。それで、何か用かな」


 私の思考を読んだらしいトレントが口を開いた。

 木なだけに、気にするな……なんて言葉が思い浮かんだけれど、うん。やめておこう。


「うん、明日ウッドゴーレムを作りたくてトレントに魔力を込め易い種を作ってもらおうかと。そういう事ってできる?」


「なんだ、そんな事か。お安い御用だよ。また陽が昇ったら作るとしようかねぇ」


 トレントは大きな欠伸をして、またムニャムニャと目を閉じた。


「ありがとう、トレント。……起こしてごめんね。おやすみ」


「あぁ……おやすみ、リン」


 目を閉じたままのトレントにおやすみの言葉をかけてドアを閉めた。

 植物ってやっぱ寝るの早いんだなぁ。

 木の精霊のドリアードなんかもそうなのかしら。

 文献に描かれていた緑色の髪を持つ少女の姿をした精霊を思い浮かべる。

 いつか会ってみたいな、精霊達に。

 ぽむとぽこは精霊に近い存在と言っても精霊自体では無いのかもしれないし。

 なにぶん資料不足ね。

 いつか解明できると良いのだけれど。


 今のところ解っているのは、魔力が切れると世界と同化し、その一部となり、人間には知覚できなくなる事だ。

 雨水が乾燥した地面に落ちた状態を考えてくれれば分かり易いと思う。

 それは私の無の魔力を形にした物をあげる事で防げている。

 後は食いしん坊な点かな。

 できるだけ早くお金を稼ぐ手段か、食物を育てないとね。


 椅子に座り、余ったリンゴをシャクシャクと食べる。相変わらず甘いけれど晩御飯がこれだと味気ないなぁ。

 まぁお腹は膨れるからいっか。

 自分で食べる用のジャムと売り物用のジャムの瓶を分けて置く。

 後で簡易氷室みたいな物も作りたいな。

 いわゆる冷蔵庫の代わりだ。


 氷の魔力を込めた石を置いて、少し魔力を開放し続けるようにすれば充分に冷える。


「さて、それじゃあ体を綺麗にして寝ようかな」


 ぽむとぽこをソファに置いて、ここに居てねと頭を撫でたら、二匹とも気持ち良さそうに目を閉じて鳴いた。

 小さ目の甕に水瓶から水を汲み、カマドにかけていた鍋からお湯を注いで丁度いい温度にする。

 それをお風呂場に持って行き、私が編んだタオルもどきと替えの下着を取りに行った。


 そういえばこのタオルもどきも作った時はママにすっごく驚かれたなぁ。

 ジグが赤ん坊の時は湯浴みをさせた時、ママに一枚残らず持って行かれちゃって辟易したけれど。

 それでもママがリンは天才ね!って手放しで褒めてくれたから嬉しかったな。


 ちなみにパパやママが住んでいる村では私はちょっとした有名人みたい。

 毛糸や布と糸さえ持っていけば服を作ったり、繕ったり何でもしてくれるって。

 色々お礼してくれたけれど、私の一家も私もそこまで欲が深いわけじゃないから、かかった手間と材料の分に見合うほど貰えればそれで事足りてた。


 誕生日のケーキに乗ってたベリーの砂糖漬けもお礼として貰ったものだ。


 あ、もちろん魔力糸は使ってないよ?

 ばれたら大騒ぎになっちゃうし。


 2階からお風呂場に戻ってきた私はローブを脱ぐと下着だけの姿になった。

 うーん、やっぱり貧相な体だなぁ。

 ……そういえば村のお爺ちゃんが成長したら孫の嫁に、なんて言ってたけれどこんな体じゃ貰い手もなさそうだなぁ。

 下着も脱ぎながら全く膨らんでない胸や肉付きの薄い脇腹をフニフニと摘まむ。


 うん、まぁいいや。さっさと体を拭こう。

 タライにお湯を注いでタオルもどきを漬け、固く絞ってゴシゴシと擦る。


「う、やっぱり外へ出たから汚れているなぁ」


 引きこもりに近い私としてはここまで汚れるのは珍しい。

 これは明日にでも井戸を作ってお風呂に入らねば!

 綺麗好きの私の血が騒いだ。

 ……日本人の血もあるかもしれないけれど。


 ……タライに張ったお湯に映った私の顔を見るとやっぱり私が覗いていた。

 まだリンの顔に慣れていないのだ。

 いい加減慣れてしまいたいけれど、この日本人離れした顔立ちが否応なく紡では無い事を思い出す。


「髪も洗いたいけれど、明日よね! うん!」


 また妙なセンチメンタルな感情に取り込まれそうになったのでわざと元気良く言い放った。

 明日は覚えていたら三つ編みにして外に行こうかな。

 魔女っぽく。

 ……いえ、魔法少女なんですけれどね。

 さらに見習いがつくけど、そこは気にしない。


 乾いたふかふかなタオルで体を拭いて、パジャマを着た。

 ブラ?つるぺたにそんなもの居ると思いますか?

 胸が無いから洗濯モノが少なくていーもんね!

 ……誰に言ってるんだろう、私は。


 不毛な事をしてないでベッドに向かおう。

 軽く汚れたものを洗い、タライに張ったお湯を流して2階に向かう。

 途中でぽむとぽこに声をかけるとみょんみょんと付いて来た。

 隕石を入れたランタンを点け、1階の明かりを消してドアを開けて深呼吸する。

 相変わらずの木の匂いを胸いっぱいに吸い込むと心が凄く落ち着いた。

 ベッドに座ると遠くで狼の鳴き声がした。


「……だ、だいじょうぶよね。うん」


 トレントがくれた害獣避けの植物の効果を信じよう。念のためにドールとハンドルを手の届くところに置いておく。


「おやすみ、ぽむ。ぽこ」


「ぽ!」


「ぷ!」


 挨拶をしてランタンを消そうと手を伸ばす。

 その時だった。


 パァアアアアン!と何かが破裂するような、映画でよく使われるような拳銃が撃たれるような音がしてギャインギャインと泣き叫ぶ狼の悲鳴が響いた。続けて男性の声も。


「ギャフ! グッ! ゴホッ! なんだこれは!? どうしたというのだ!」


 ……え、狼と一緒に誰か来た!?


 ……そんな事は無いよね。もしかしたら狼を追い払おうとしてくれたのかもしれない。そうだったら大変だ。

 慌ててドールのハンドルに魔力を通して階下に向かう。

 1階の消したばかりの明かりを点けてみると黒いコートを着た男性が悶え苦しんでいた。

 慌ててドアを開けて助け起こそうとするとトレントに止められた。


「リン! その男に近づいては駄目だ!」


 いつもの穏やかさが微塵も感じられないトレントの言葉に足が竦んだ。


「早く家に入るんだ!」


 その言葉でやっと私の足が動いて走り出し、家のドアを音が鳴るくらいの勢いで思い切り閉めた。 

読んで頂いてありがとうございます。

誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。

ご意見、ご感想などもお待ちしております。

ブクマ・お気に入りありがとうございます。

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