柔らかな棘
「ただいまトレント。……あれ、アンヘルは?」
家に帰り、アンヘルの姿が無い事を不思議に思い、トレントに聞いてみる。
「あぁ、彼なら帰ったよ。シルフの言葉を聞いて随分急いでいたようだね」
シルフの言葉って……?一体何を言われたんだろう。
「おかえりなさい、リン」
「やほー、おかえりー」
ウンディーネとシルフも家から出てきた。
「ただいま、ウンデイーネ、シルフ。アンヘルに一体何を言ったの? そして、アンヘルとキ、キス、したの?」
語尾が少しどもってしまった。
挙動不審に見られないと良いけれど。
「魔力は貰ってないよー。なんかボクが帰ってきたら魔力の質が曇っててさ、せっかくの太陽の魔力なのにもったいなくてさー。また今度貰うことにしたんだよ」
シルフがあっけらかんと答える。
そっか……。それならアンヘルの唇は守られたわけね。私は人知れず心の中でそっと息を吐く。
そんな私の心情を知ってか知らずかウンディーネが声をかけてきた。
「良かったですわね、リン。ところで謝りに行った方がよくありませんこと? 貴女が彼を叩いた時、私から聞いていても結構な良い音がしていましたし。そうですわね、まるで水面を鞭で打つような音でしたわ。あれでは殿方もリンも痛かったのではなくて?」
「う……。そうなんだけど……」
私はウンディーネの言葉に躊躇してしまう。
今アンヘルのところに謝りに行けば第三者がいないので言い合いの喧嘩になりそうな予感がする。
私が家に帰ってきたのはウンディーネという存在がいるから何かあれば仲裁をしてくれると踏んでの事だからだ。
「……解ってるけど、ごめん。今は難しいかもしれない」
「そう……。リンがそれで良いのでしたら構わないのですけれど。言うべき時に言わない言葉はどんどん溜まっていくだけですのよ? そしてそれは溜め過ぎていると腐っていきます。なるべく早く解消あそばせ」
私の言葉にウンディーネが柔らかい、けれど棘のある言葉を心に差し込んでくる。
私はそれに頷くことしかできなかった。
「それで、リンは何かをするつもりだったのではなくて?」
ウンディーネが空気を変えようと問いかけてくる。
ありがたいので私はそれに乗ることにした。
「うん、レインの妹をトレントのあまった素材と粘土で作ろうと思って。レインが妹欲しいって言っていたし、ね? レイン」
私の問いかけにレインが嬉しそうにコクリと頷く。
「そうですの。では私は今日はお暇させていただきますわ。何か困ったことがあればいつでもいらっしゃい。特に悪戯好きな風に困らせられた時とか……ね」
そう言ってウンディーネはジロリとシルフをねめつけると一礼して家を出て行った。
「あはは、やだなぁ。ボクがいつも悪い事しでかしているような言い回しなんだから」
シルフがあっけらかんと言った調子で笑いながら答える。
「そういえばシルフはアンヘルに何を言ったの?」
「ん? ボク? ボクはただ、そのアンネって子が居なかった事と、自分で箒で出て行った事くらいしか言ってないよ。箒で出て行ったってのはトレントが見ていたみたいだからボクは知らないけれど」
「そっか。ありがとう」
私はお礼を言い、人形を作れるようなパーツを考え事をしながらいくつかに分ける。
……アンネは私の家を朝に出て行ってすぐにどこかへ出かけたという事?
でも何処へ?アルカードさんに頼んでは見たものの、アンネが何処へ行ったかなんてそもそも解らないだろうし……。
トレントに聞いてみる?
そうだ、樹木のある場所ならトレントは物事を視る事ができるはず!
私は人形に使えそうなパーツを置き、外へ出てトレントに声をかけた。
「ねぇ、トレント。アンネがどこへ行ったか知らない?」
「あの少女か。待っておくれ、今、木々達に意識を向けてみるから」
そう言ってトレントは目を閉じるとなにやら考え込むような仕草を見せた。
「……ふむ……ふむ……。アンネだけれど街の方へ向かったのは確かなようだよ。ただ、それが何時か、まで聞かれると解らないねぇ。ただ、太陽は出ている時なので朝か昼かどちらかなんじゃないかな?」
トレントが誰かと話したような素振りを見せ、教えてくれた。大雑把な事しか解らなかったけれど。
……シルフに頼むよりもトレントに聞いた方が早かったのかもしれない。
シルフはああ見えて油断のならない性格をしているし、魂を得る為なら嘘も平気でつくかもしれない。
私はしばし考え、トレントにお礼を言って家に戻る。
アンネの事は気にかかるけれど、此方の戦力も増強しておきたい。
使える手札は多ければ多いほど良いのだから。
「魔術……で削るのはやめておこうかな。錬金魔術をいくつか魔方陣描いておきたいし、流石に魔力切れ起こしちゃう」
私はそう考えて、彫刻刀で削っていくことにした。
「指先と顔は粘土かな……。胴体と脚と足はトレントの木材で作れそう。ふふ、レイン。家族が増えるよ! やったね!」
……なんだか変なフラグが立ちそうだとか思ってはいけない、ダメ、絶対。
「楽しそうだね。ボクにも何か手伝える事なーい?」
「あ、シルフ。……ううん、特にはないよ。それに何を要求されるか解らないのが怖いもの」
「ひっどいなー。ボクそんなにがめつくないよ?」
「本当に?」
私がシルフをジーッと見つめていると降参とばかりに手を上げた。
「少なくとも、何でも対価を要求するような存在じゃないよ。手伝いたいときには手伝うし、そうじゃなければやらない」
そっか、これが風の精霊たる所以なのかも知れないね。
気まぐれで気分屋。
私はそんな存在とただ、何でもない出来事を話しながら、レインの妹を作っていくのだった……。
読んでいただきありがとうございます。
次回はお金稼ぎと戦力増強です。