……来ちゃった。テヘ
「どうしてだよ!」
ウンディーネの言葉にアンヘルが怒鳴る。
それをウンディーネはサラリとかわすと、すぐに言い放った。
「今リンは狙われている身なんですのよ? いくら昼日中とは言え、森の上か中を通り抜けるのかは解りませんけれど、いえ、おそらくリンの箒で行くとして前者ですわね。森の上を飛ぶ金の卵を産む鳥、それを見逃すほど敵も阿呆ではありませんわ。貴方にリンが守れまして?」
「うっ……。けれど!」
アンヘルが必死に食らいつく。
まぁ確かに森の上を通るのはリスクが高いかなぁ。結界から出るって事だし、街へ行くのと違って人目も無い。水の玉でもぶつけられたら箒から落下してしまう自信はある。
「……しょうがないですわね。シルフ!」
ウンディーネが後ろに居たシルフに向き直り、声をかける。
「ん、なにー?」
「シルフ……? リン、また精霊を呼び出したのか?」
おっとりと答えたシルフと、それを見咎めるようなアンヘル。
それを意に介せずウンディーネはシルフに言った。
「シルフ、ちょっとお使いを頼まれてくれません事? この子とよく似た匂いを持つ人間を探して欲しいんですの。この森の先……。方向はどちらですの?」
「あっちだよ」
ウンディーネに聞かれ、森の向こうを指差すアンヘル。おそらくその方向にアンネの家があるんだろう。
「いいよー。で、御代はいかほど? あぁ、ウンディーネじゃなくてアンヘルって言ってたね。キミから貰いたいな」
「お礼なら、俺で払えるものなら何でも! アンネが無事ならそれで良いんだ」
「あらあら、精霊とそんなに簡単に契約を交わすものではないですわ。何を要求されるか解りません事よ?」
シルフの提案にアンヘルが答えるのをウンディーネが諌める。
「くふふー、もう言質は取れたもんねー。じゃあ終わったらキミの魔力を口移しで貰おうかな」
「「えぇっ!?」」
私とアンヘルの声が重なってしまう。
ちょっと待って、シルフって確か男の子の筈。もしかしてシルフって男の娘だったの!?
……あぁ、いや、どっちにもなれるって言ってたよね。じゃあ問題無い、のかな?って問題有りすぎでしょう!アンヘルと、キ……キスなんて!
私は熱くなった頭でぐるぐると考える。
「あ、あー……。それくらいで良いなら別に。アンネが居るかどうかを確かめてくれるか」
「な! ちょっ! アンヘル!?」
アンヘルの了承の言葉に私は悲鳴交じりの声をあげる。
それはアンヘルがシルフとキスをすると言う事で、私の胸はそれを考えズキズキと痛む。
アンヘル、私と間接キスしたり、事故だったけれどキスもしているのにそんなに簡単に他の人……この場合は精霊だけれど、許しても良いの!?
「くふふー、解った。楽しみにしててね! じゃあちょっと言ってくるね!」
シルフはニヤリと笑い、言うが早いかビュウと一陣の風を纏い、空に浮かんでいった。
は、速い……。
おそらく私が箒で飛ぶより何倍も。
いや、それよりも!
「どうしてあんな約束しちゃったのよ! アンヘル!」
「なんで怒ってるんだよ。良いじゃんか、魔力を少し分けるくらい!」
違うよ、そんな事を言ってるんじゃなくて、その行為に問題があるんだってば!
どうして解ってくれないのよ!
私がヤキモキとして叫ぶと、アンヘルが決定的な一言を放った。
「別に良いじゃねーか。リンは俺の、こ、恋人でも何でもねーんだし」
それはアルカードさんも明確には区別をつけなかった言葉。
おそらく彼は恋愛に対して臆病になってしまっただけなんだろう。けれどアンヘルの言った言葉に私の頭は一瞬で熱くなり、気が付くと手が勝手に動いていた。
『パチィィン!』
アンヘルの頬と私の手が奏でる不協和音にウンディーネもトレントも顔を顰めた。
「ってーな! 何するんだよ!?」
アンヘルが怒る。当然だろう。けれど、それ以上にこちらも頭が沸騰している。
「アンヘルは私とキスしておいて、その目の前で他の人とキスできるんだ。……最低だね」
「そ、それはアンネが心配だったからじゃんか! それとも何か!? お前はアンネが心配じゃねーのか?! それにあれは事故だったじゃねーか! てっきりお前も気にして無いと思ってたし!」
アンヘルのいう事は最もだ。
そしてアンネとシルフに私が嫉妬している事も。
嫉妬?あぁ、これ嫉妬なんだ。
頭の中で冷静な自分が呟く。
「もう良いよ、アンネの事は私も心配だから私は私の伝手を頼りに探してみる。アンヘルはシルフとキスでも何でも、その先でもすれば良いのよ!」
私はレインを引きつれ、箒に飛び乗ると空に浮かび上がる。
後には呆然としたアンヘルと、何かを考え込むような仕草のウンディーネが残されるのだった……。
私は一路、アルカードさんのお屋敷に向かう。
視界が滲む、歪んで見える。
最近泣いてばっかりだなぁ、私……。
そんな事を考えているうちにウェンデルの街に着いた。
……ディランさんのお屋敷が見えて、一瞬ディランさんに頼ろうかとも思ったけれど、そこまで仲が良いわけじゃない。
たしかにあの人は的確なアドバイスをくれるだろうけれど、物事を解決に導いてくれるとは思えない。
だからディランさんのお屋敷をそのまま飛び越え、アルカードさんの別邸に進む。
アルカードさんのお屋敷では相変わらずレイミーさんが外に出ていた。
私は音も無く後ろに降り立つ。
「リン様、こんにちはなんです。どうかなさいましたか?」
レイミーさんが背中越しに声をかけてくれる。
あは、やっぱり気付かれちゃっていたみたい。レイミーさんって気配を感じる天才なのかな?
「……来ちゃった」
前世で観た事があるドラマで彼氏に振られた女性が元彼の家に来るような台詞を吐いて、私はレイミーさんの背中越しに声をかける。
声は震えてなかっただろうか。少し心配になった。
読んでいただいてありがとうございます。
恋愛について葛藤ばかりしている主人公です。