アンネの異常
「どうだった?」
シルフが得意そうに聞いてくる。
「うん、素敵な音色だったよ。思わず聞き惚れちゃった」
私は素直な感想を述べる。
「それは良かった。ついでに共鳴の魔法と創音の魔法かけておいたからね。これでどんな音楽も頭の中で思い浮かべるだけで奏でられるよ!」
「え、ちょっ!? 私そんな事されても何もお返しできないんですけど!?」
シルフの言葉に私は慌てる。
そっか、さっきシルフが変な笑い方をしていたのはこのせいね。
「くふふー、まぁいいじゃん? ボクが与える加護って事で。これも魂を得るための先行投資ってヤツだよ」
どうやらシルフはウンディーネと違って魂を得ることを優先的な目標にしているらしい。
……シルフの事だから明日には気が変わっているかもしれないけれど。
「トレントにも聞こえて居た筈だよね。聞いてみよっか。おーい、トレントー。ボクの演奏どうだったー?」
「ホッホッホ、久しぶりに聴いたけれど良いものだねぇ」
シルフの言葉にトレントはウンウンと頷く……事はできないので、感慨深げに目を閉じていた。
「えへへ、良かった! そういえば植物って音楽を聴かせると早く育つって言うけれどホント?」
「そうだねぇ、植物は心地良い音楽を聴かせたり、優しく褒めてあげると、それが一番の肥料になるんだよ。でも罵声や激しい音楽は刺激が強すぎて逆効果なんだ。あくまでもゆっくりと、だねぇ。それはそうと、リン。アンヘルがこちらに向かって来ているよ。随分急いでいるみたいだけれどどうかしたのかね」
「アンヘルが? 一体何の用事だろう。今日は特に何も無かった筈だけれど。それに急いでいるって?」
「あぁ、道を走っているねぇ。これならもう少しでこの家に着くんじゃないかな?」
アンヘル……。何の用だろう。トレントに言った作物もまだ出来てないよね?
「ごめんなぁ、リン。まだ作物は実ってないんだよ。ネクタルは魔力が高いから実が生るのにもう少し時間がかかるんだ。すまないねぇ」
トレントが申し訳なさそうに謝ってくる。
「ううん! こっちこそ変な事考えてしまってごめん!」
私も慌てて返した。
「ねぇ、リン。そのアンヘルって言うのは人間? リンの何?」
シルフが聞いてきた。
「アンヘルは……。頼りになるお兄さん的な友達だよ。まだ恋人では無いし……。でも仲は良いよ」
「ふーん、そうなんだ」
私が返答に窮しているとシルフの目がスゥと細められた。
「アンヘルは太陽の魔力持ちですわ。シルフと相性は良いかもしれませんわね。最も、太陽の魔力が嫌いな人間はそうそう居ないでしょうけれど」
ウンディーネが声をかけてくる。
「へぇ、太陽の魔力持ちかぁ。ちょっと楽しみだねー。じゃあ別にノームのお気に入りなリンを口説かなくても良いのかな?」
シルフはキャラキャラと笑い、空を浮かんでいる。
「あ、あんまり変な事言って困らせちゃ駄目だよ! シルフ!」
私が注意するとシルフは解ってるよーと言ってトレントの枝葉の中に隠れた。
どうやら静観するつもりらしい。……ホントに解ってるのかしら。
「さ、リン。アンヘルが来るまで私がお茶を淹れますわ。家の中で待っておきましょう?」
ウンディーネに背中を押され、家に入る。
さっきトレントの中に隠れたシルフも付いてきた。どうやらアンヘルがどんな人物か見ておきたいらしい。
「シルフ、アナタは外に居ても構わないんですのよ?」
「やだよー、暇だし、どんな人間が来るのか楽しみだもん。太陽の魔力なんて持っている珍しい人間を直に相手にするのは楽しみだしねー」
ウンディーネの言葉にシルフが可愛らしく言う。
……今思ったけれどシルフってそこらの女の子より可愛いかもしれない。
アンヘルが一目惚れしたら嫌だなぁと思ってチクリと胸が痛んだ。
いけないいけない、私はまだ誰も選んでないし、相手を束縛しちゃいけないからね。
そうこうしているうちにアンヘルがやって来た。
家の扉を開け、開口一番、アンヘルが喋ったのは。
「アンネ、来ていないか!?」
だった……。
「……どういう事?」
私は椅子に座り、ウンディーネの淹れてくれたお茶を飲みながらアンヘルに尋ねる。
アンヘルはガコガコとブーツを鳴らしてこちらに近寄ってきた。
どうやらウンディーネもシルフもアンヘルの目には入ってないらしい。
「どうもこうもねぇよ。アンネの使い魔が来てないんだ。アイツ、時間はキッチリしているから遅れたことなんてないのに」
「……使い魔の体調が悪かったとかじゃなくて?」
私は頭に浮かんだ疑問をそのまま聞いて見る。
「それなら魔術鳩でも飛ばしてくるだろう。さっきも言ったようにアンネが時間に遅れることは無いんだ。普段あんな緩い喋り方だから誤解されるけれどな」
アンヘルがそう言って、私も少し心配になる。
「……アンヘル? アンネの家の木って場所知ってる?」
「あぁ、この森を越えて少し進んだところだ。リン、一緒に……」
「私、それには反対ですわ」
先程から黙って聞いていたウンディーネが一言、ピシャリと言い放った。
読んでいただいてありがとうございます。
今回も短めですが、物語はそろそろ動いていきます。