楽園は遥か遠く憧憬の彼方
トレントに貰った種を早速植えてみる。
もちろん土を掘るのはドールのお仕事だ。
ザックザックと土を掘る姿に何か心に響く歌を思い出した。
「よさくはー、土掘るー……へいへいほー……」
そこまで唄って止めておいた。……何故かドールの剣が力任せに地面に叩きつけられているような気がしたから。
……ホントに意思とか宿ってないよね……?
そういえば日本だと九十九神とかあったよねぇ。
私も誕生日に買ってもらった犬のぬいぐるみをずっと大事にしていた。
夜寝るときも一緒に寝て、朝起きたら一番に撫でる。
寮にも持っていったけれど、今頃どうなってるかな。
私のお墓に一緒に埋めてくれるには少し大きいし、棺桶に入れて燃やすにしても入らないよね。
私の思い出として無事なら良いな。
「……百年に一年たらぬ九十九神、追慕に尽くし、月読綴れ……」
ふと何となく思い出した伊勢物語の一文をもじって歌にしてみた。
原文はももとせに ひととせたらぬ つくもがみ われをこふらし おもかげにみゆ、と言う紡時代の古文に習った文だ。
意味は年配の女性が若い男に恋焦がれた歌といわれている。
年代的には18年と12年を足して30年生きてる私と13歳くらいのアンヘルかしら。
最もアンヘルにときめくとか無いのだけれど。
そうだ、私はもう少し大人な方が良いな。
ちょっと渋い声でダンディで日焼けしていて声を聞くと耳が孕むような……。
っていけないいけない。ちょっと妄想しすぎちゃったかな。
紡時代に学校の友人から聞かせてもらった声を生業にしている人達のボイス集を思い出す。
あぁ、ヘッドホンで聴くと背筋がゾクゾクしたのよね、アレ。
ぼへーと意識が飛んでいたようだ。
慌てて手の甲でよだれが出てないか確かめる。
あれ……?そういえばさっきから土を掘る音がしない。
見るとドールの動きが止まっていた。
危ない危ない、記憶に取り込まれて集中が切れていたようだ。
再び詠唱して、ハンドルを持ち直してルビーに魔力を注ぎ込む。
ドールが動き出し、またザックザックと掘り始めてくれた。
「ありがとうね、レイン」
言い忘れていたけれど、このドールの名前だ。
家族の前で名前を呼んで可愛がっていたら弟のジグに人形に名前をつけるなんて姉ちゃんは子供っぽいと馬鹿にされたので、なんとなく名前を呼ばなくなったのだ。
名前を呼んだら何か張り切っているようだ。……気のせいだろうけれど。
「農作業用のドールも作ろうかな。いや、ゴーレムを作るべきかなぁ……。でもゴーレムは核となるモノが必要だし……」
そうなのだ。この世界でゴーレムを作るには、まず核となるべきものが必須となる。
岩や石でなら鉱石や宝石、木なら種、金属なら貴金属を核にしなければならない。
その核に魔力を込めて、下位素材で肉付けをしていくのだ。
人間の心臓みたいなものね。
当然核になるものは素材が良ければ良いほど丈夫に、そして命令も忠実に聞いてくれる。
ストーンゴーレムやロックゴーレムだと壊れてしまった時に運ぶの大変かしら…。
やっぱウッドゴーレムかなぁ。トレントにお願いしてみようかな。
トレントに魔力を込め易い種を作ってもらって、それを核とし、木製のゴーレムを作る。
ゴーレムを作るのはまだまだ得意じゃないけれど、小さいのなら大丈夫かもしれない。
……それに昼なら光合成してくれるから魔力の消費が抑えられるしね。
ちょっと打算的な事を考える私。
命じた深さまで掘り終わったらしく、ドールが手を大きく振って敬礼をする。
「うん、ご苦労様、レイン。じゃあしばらく休んでてね。後で汚れたトコ綺麗にしてあげるから」
そう言うとレインはコクコクと嬉しそうに頷いて動きを止めた。
……私が操作しているんですけれどね。
球体間接のドールの欠点は間接に砂や泥を噛み易い事。
大抵の人形遣いは汚れを落とすのに水の魔術を使ったりしているらしい。
私?私はこっそり球体の中に私の魔力糸で魔導式を書き込んでいる。
砂や泥や汚れが噛まないように。まぁ万能では無いから泥沼とかに沈んだら当然動かなくなるのだけれど。
ちょっとしたチートかしら、うふふん。
私凄い!
……止めよう、自画自賛は。私より凄い人なんてそこらへんにゴロゴロいるし。
魔力量も私はそんなに多く無いしね。
たぶん私の魔力量はママと同じかそれより下くらい。
今は、この儀礼済みのローブのおかげで魔力の消費が少しだけ抑えられているけれど、それでも数回使うとヘロヘロになっちゃうし。
ローブの色で、その人が何を苦手としているかが大体わかるのだ。
黒色は周りから力を借りやすく、又は吸収しやすくする為、魔術師見習いや魔力量が少ない人に好んで着られている。
赤いローブは火や熱気を苦手とする人が良く着る……と言った風に。
もちろん染めるときに儀礼を施さない人もいる。
だから一概には言えないんだけれどね。
レインに掘ってもらった種を植えて、詠唱を始める。
幸いぽむとぽこは綱引きが終わったらしくトレントの影で休んでいるようだ。
ぽむぽこが手を加えたら、さすがにトレントのようなのは出来ないと思うけれど人食い植物みたいなモノが出来そうで怖い。
「粒選りの土、綴れ、土に爪弾け、理を……土に尽くし恋せよ、つつがなく!」
家の種を植える時の詠唱とは少し違う。
これが本来の植物を育てる時の詠唱の仕方だ。
植えた場所から淡い光が沸いて、一番最初に双葉が芽をだす。
小さな花が咲いて、少しの刺激とふんわりとした甘い香りが辺りを包む。
なんだろう、バニラとミントをあわせたような?
ニョキニョキと私の膝まで育つといくつかの鬼灯みたいな実をつけた。
隣にどこかで紛れ込んでいたらしいタンポポっぽい花も一緒に育ってしまった。
夏休みの宿題を3分で振り返ってみよう!みたいな感想が頭に浮かんだ。
……あぁ、この鬼灯みたいなのって、もしかして割るとトウガラシ成分みたいなのがそこらじゅうにばらまかれるのね。
「ぽ! ぽ!」
「ぷ! ぷ!」
いつのまにか足元に居たぽむとぽこがキラキラとした瞳で鬼灯みたいな実を見つめる。
「だめ! これは食べ物じゃないから!」
もし食べてしまったらきっとのた打ち回る未来しか見えない。
何で私の周りには食いしん坊系の子しか居ないかなぁ……。
アンヘルといい、ぽむぽこといい、ジグといい。
心の中で溜息を吐き、ドールを腕に抱いてトレントの近くまで行こうとして歩き出す。
けれどぽむは実よりも花の方に興味があるようだ。
しきりにタンポポの近くで鼻をクンクンさせている。
もしかして花に興味があるのかな?
引き返して隣に咲いているタンポポを摘んで茎をリングの形にする。
試しにぽむの耳に飾ってみた。
私はドールに差した剣を抜いて、ぽむの前に鏡代わりに置いてみる。
「どう? ぽむ」
「ぽ! ぽぽ! ぽぽぽ!」
みょんみょんと跳ね回ってすごく嬉しそうだ。
全身で喜びを表現しているみたい。
「ほら、ぽむ。危ないからこっちおいで」
さすがにあの獣避けの実の前でみょんみょんされると怖い。
ご機嫌なぽむと実に後ろ髪を引かれているようなぽこと一緒にトレントの元へ向かった。
「お疲れ様、リン。おや? ぽむは随分と機嫌が良さそうだねぇ」
トレントが目を開いて、少し興奮している様子のぽむを見る。
「そうなんです。花を飾ったらちょっと興奮しちゃって」
みょいんみょいんといつもより高く跳ねております的なぽむを見て苦笑する。
「ほっほっほ、ぽむの方は案外女の子かもしれないねぇ。それはそうと、あの実は食べ物じゃないからね。気をつけるんだよ」
トレントがさっき植えた害獣避けの植物を見ている。
一株だけだけれど効果あるのかなぁ?
そもそも効果は何だろう?
疑問に思っていたらトレントが思考を読んだらしく教えてくれた。
「あの臭いは肉食動物や肉を食べる昆虫の嫌いな臭いなんだよ。それでも近づくと実が大きな音を立てて破裂する。根が見た目より広範囲に広がっていてねぇ、家に近づくとパァン、だ」
へぇ……。なかなかすごい効果なんだ。
そんなもの作れるなんてトレント凄い。
あ……また思考を読まれちゃったかしら。トレントが鼻をヒクヒクさせている。結構分かりやすいなぁ、まるで紡時代の父さんみたい。
思い出してクスリと笑みがこみ上げた。それと少しの哀しみと郷愁が。
「……複雑な感情だね、リン。見ていてとても興味深い……。私はやっぱり人間が好きだよ。そんな小さな体なのに中身は色んな種が詰まっている。甘い種や辛い種や苦い種、はじけるような種やトゲトゲしてとても痛い種……。こうして人間と話すのは久しぶりだけど、やっぱり楽しいねぇ……」
トレントが何かを思い出すように目を閉じている。
人間の感情を種として表現しているのは樹木ならではの感性かもしれない。
だって、人間はその小さな種が大木になる事も枯れて死んでしまう事もあるのだから。
瞼の裏に映るのはトレントの存在を見つけた人間達だろうか。
……決して友好的な人間ばかりじゃなかったかもしれない。それでも人間を好きだと言ってくれるトレントの懐の大きさに感情が溢れ出してしまう。
「……おぉっと……どうしたのかな? リン」
ちょっとだけ紡の時の父さんとトレントが重なってしまい、トレントの鼻に抱きついてしまった。
「うんとね、私……。この世界の住人じゃないの。でもトレントは私の考えてる事読めるのに、あえて言わないでくれた事がちょっと嬉しくて」
トレントの鼻にコツンとおでこを当てると木の匂いが微かに香る。
少しだけ甘くて、頭の中をじんと痺れさせる匂い。
「今リンはこの世界で生きている。……それなら此処の住人だよ。だから私も何も言わなかったんだよ。私に父親を重ねていることも知っているよ。抱きしめてあげられる腕は無いけれど、私で良ければ傍に居てあげよう。リンが私の枝を離れて巣立つまでね……」
いつものおどけた口調では無い、トレントの慈しむような口調に涙が溢れ出した。
「うん……。ありがとう、トレント。色々迷惑かけるかもしれないけれどごめんね」
グシグシと袖で涙を拭う。
きっと紡時代を思い出すような事がいっぱいあったせいだ、きっとそうだ。
「ほっほっほ、子供は存分に甘えて良いんだよ。特にリンは今の父親にはあまり甘えてないみたいだしねぇ。……家に帰ったら、一番に抱きしめてあげると良いよ」
駄目だ、トレントに何を言われても涙が次から次から出てきてしまう。
「うん……! うん……!」
ごめんね、この世界のパパ。帰ったらいっぱいお話するから。
重いかもしれないけれど、膝に乗せて私の話を聞いてほしいな……。
「ぷー……」
「ぽー……」
足元で私の涙がキラキラと落ちるのをぽむとぽこが見つめていた……。
まさかのトレxリンになってしまいました。(汗)
……冗談です。トレントはあくまでも父親的存在でいこうかと思います。
読んで頂いてありがとうございます。
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