小さなお茶会
「ふぅっ」
箒ではいたゴミを大きめの麻袋に入れ、腰を叩いて一息つく。
これで粗方道に落ちている落ち葉や小さいゴミ等は掃除が終わった。
お屋敷の庭がある鉄柵の辺り等は使用人さんや雇い入れた庭師さんがするだろう。
「レインもありがとうね」
麻袋をズルズルとひきずって口を広げていてくれたレインにお礼を言う。
自律化してから私の役に立つ事を第一に考えてくれるのか、口に出さなくても手伝ってくれる。
レインはコクリと頷くと、器用に麻袋の口を紐で縛った。
麻袋には冒険者ギルドの印があり、清掃依頼を受けた家である事が一目で解るようになっている。
「終わったかね? ……ほう、まるで見違えるように綺麗になったよ。ありがとう、リン」
屋敷からディランさんが出て来て、辺りを見回し労ってくれた。
「お仕事ですから」
褒められたことが嬉しくて、でも少し謙遜しておく。
でも頬が緩むのは気付かれただろうなぁ。
「いやいや、これならリンにずっと依頼を出しても良いよ。また受けてくれるなら私としても嬉しいがね」
バニラの香りのするパイプを吹かしながらニコリと笑みを浮かべるディランさん。
「そんなに大したことはしていないですよ」
「いや、掃除という物は人の心が出るからね。いつも怒っている人より、リンの様な優しそうな子に頼みたいと思うのは道理だろう? さ、お菓子の用意ができている。井戸の水で手を洗っておいで」
「あ、はい。すみません、井戸はどちらに?」
「あぁ、すまない。井戸の場所はこちらだよ」
ディランさんに先導され、井戸へと向かう。
井戸は大きめに造られており、洗い場も兼ねているようだ。
ディランさんが釣瓶を井戸の中に落とし、伏せてあった手桶に水を湛えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「なに、構わんよ。これくらいはね。それにリンだと身長が低いから落ちそうで怖いのだよ」
ハハ、と笑うディランさんだったけれど、そこまで私は危なっかしいかなぁ?
手桶で手を洗い、ハンカチで手を拭く。
その様子をディランさんはにこやかに眺めていた。
「どうかしましたか?」
生温かい視線に耐え切れずに此方から口を開いた。
「ハハ、いやなに。リンが少し知った人間に似ていてね。髪の毛の事もあるが眩しくて、つい見惚れてしまったのだよ。さ、お茶にしようではないか」
ディランさんがどこか懐かしむ様な目をしていたのが気になったけれど、 そこに突っ込むのも野暮だと思い、ディランさんの後に続いた。
屋敷の中に入るとシャンデリアが煌々と灯っており、荘厳さを感じさせる内装だった。
「ふわぁ……。すごい……」
私がその様子に立ち尽くしていると、ディランさんが苦笑して口を開いた。
「客を迎える事も多いのでね。私はもう少し質素でも良かったのだが、家令にこの家が良いと言われてね。それで決めたんだ。値段も手頃だったしね」
へぇ、ディランさん見た目優しそうなオジサマだから侮られないように少し華美なお家にしたのかな。
私がそんな事を考えていると、金髪のメイドさんが現れた。
歳は20代後半か30代前半といった頃だろうか、一礼すると口を開く。
「いらっしゃいませ、リン様で御座いますね。当家の主人から精一杯もてなす様にと承っております。どうぞこちらに」
「うちのやり手のメイドだよ。メイド長をしている。後で私も向かうから先にお茶を始めていておくれ」
ディランさんにそう言われて、私はメイド長さんの後ろをトテトテと着いていくのだった。
「リン様、どうぞ」
扉を開けられ、部屋に促される。
「あの、私は雇われた身なので様づけされても返答に困るというか、なんというか……」
「主人が客として扱われる方ならば敬うのは当然で御座います。どうぞお構いなく」
私がアルカードさんのお屋敷でもされていた様付けをされるのが恥ずかしくて言ってみるが、メイド長さんは全く意に介する事も無くスルーされた。
仕方ないと諦め、引かれた椅子に座る。
「どうぞ」
テキパキとした動作でお茶を淹れるメイド長さん。
どことなく冷たい感じがするのはレイミーさんと比べちゃってるからかもしれないなぁと気付き、少し反省した。
と、その時ドアがノックされる。
メイド長さんが返事をし、ドアを開けるとディランさんが立っていた。
「やぁ、すまないね。少々仕事に関する事が溜まっていてね。マリア、私にもお茶を淹れてくれるかい?」
「畏まりました」
マリアさんと言うのね。このメイド長さんは。
ディランさんは自分で椅子を引き、私の対面に座る。
そこにマリアさんがお茶をカップに注ぎ、置く。
「やぁありがとう。さて、一番最初に声をかけた時にマフィン!なんて言っていたからマフィンとバタークッキーを用意したよ。うちの自慢のものだから多分口に合うと思う。ささ、召し上がれ」
「ありがとうございます、では頂きますね」
そういって私はマフィンを取り、口に運ぶ。
じんわりとした甘味が広がり、良いバターをふんだんに使っているのが解る。
「……美味しいです!」
思わず声に出してしまった。
それをディランさんはにこやかに微笑むとパイプを口から外し、テーブルに置き、バタークッキーを齧った。
……なんだかいつもパイプを咥えていないと気が済まないのかしら……。
「ハハ、リンが思っている通りだよ。赤ん坊の咥えるおしゃぶりみたいな物でね。咥えていないと落ち着かないんだよ」
うわ、私また顔に出てた!?
「す、すみません……」
慌てて謝るが、ディランさんは気にしていないようだった。
「何、癖だからね。リンが気にする事は無いよ。さぁ、このバタークッキーもオススメだよ。気に入ったのなら包ませよう。クッキーは此方のメイド長……マリアが作ったものなんだ」
私はマフィンを食べ終えると、言われた通りクッキーに手を伸ばす。
「あ、本当に美味しいです……」
バタークッキーは冷たそうなメイド長さんが作ったとは思えないほど優しい味だった。
家庭の味と言った方がしっくりくるかもしれない。
「だ、そうだ。良かったな、マリア」
「はい、ありがとうございます」
褒められても表情一つ変えないマリアさんだったけれど、これが普通のお屋敷の雇用関係なのかなと思った。
「さて、本題に入りたいのだが、リンはこの屋敷専属で仕える気は無いかね?」
二枚目のクッキーを口に運ぶ頃、ディランさんがそんな事を話す。
「あ……。えっと……すみません。実は私魔術修行中で、お屋敷に仕えるとかそういう事は考えてないんです」
そういうとディランさんの赤い瞳がキラリと揺らめいたような気がした。
目の中に何かがあるのかと思ってじっと見つめても特に何も無かったので気のせいだと片付ける事にした。
「そうか……。それは残念だ。だが私としてはリンを気に入ってしまってね。定期的に清掃依頼を出すことにしよう。勿論ギルドの方にはリンを優先的に回してくれる様に言っておこうではないか」
「良いんですか?」
そりゃ此方としても定期収入があるのは心強いけれど、私が贔屓されているみたいに思われるのは嫌だなぁと葛藤しているとディランさんの声で押されてしまった。
「あぁ、構わないさ。じゃあ決まりだね」
「あの……! ありがとうございます!」
私は意図せず、専属契約ではなく優先契約をしてしまうのだった。
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