バニラな紳士
ディランの声は故:家弓家正さんをイメージしております。
声をイメージするだけでキャラが勝手に動いてくれるのは嬉しい限りです。
それと総合評価500超えました。皆様に感謝を。
2016/02/13:少し喫煙者に対するリンの心象に手を加えました。
「あら、いらっしゃい。ディランさん」
受付のお姉さんが私の後ろにいるだろう人物に声をかけた。
そうか、この美声の持ち主はディランと言うのね。
私は腰が抜けた体をカウンターの机に力を込め、支えるとゆっくりと振り向いた。
歳は40代くらいだろうか。壮年の魅力が滲み出ているような風格と茶色っぽい髪に赤い瞳、そしてパイプを咥えている。
どこかしらバニラの様な香りが漂って、蟲惑的な印象を与えてくる。
この香りはどこからだろうと思ってスンスンと嗅いでしまった。
「ああ、すまない。タバコの香りが嫌いだったかね?」
「ひぇっ! いえっ! とても甘い香りだったのでどこからかな、と思ったんです」
ディランさんがパイプを咥えたままくぐもった声で喋る。
気に障ってしまっただろうか。慌てて弁解する。
「ははは、構わないよ。このタバコの葉の香りは人を選ぶからね。私は甘いものが好きだからついつい摂り過ぎないようにこういうモノで我慢しているんだよ」
そういうとディランさんは口からパイプを離すと茶目っ気たっぷりの様子でウインクしてくれた。
良い歳の取り方をしているんだなぁ。こういう仕草が簡単にできるなんて。
私は素直に感心してしまった。
「ところでディランさん。さっき仰っていた清掃依頼について聞きたいのですが。ディランさんのお屋敷では依頼を出されるのは久しぶりでは?」
受付のお姉さんが話を振ってくれる。
ディランさんも受付のお姉さんに向き直り、口を開く。
「あぁ、紹介してくれた者達をそのまま専属として雇い入れていたんだが、ここ最近辞めてしまってね。屋敷の周りの清掃を頼める子を探していたんだ。勿論依頼料は弾むし、その子が望むなら召抱えても良い」
「あぁ、そうだったんですね。ディランさんの出す清掃依頼は人気があってすぐに埋まってしまうんですよ。リンさん、貴女は運が良いですよ」
「ほう、リンと言うのかね。この可愛いお嬢さんは。見たところ10歳くらいかと見受けるが、その歳で冒険者をするとはよっぽどの事情がありそうだ。よし、もし受けてくれるのだったら報酬は弾もうじゃないか」
報酬は弾む、という言葉に私は少し嬉しくなった。まぁ箒で飛んで来たから、清掃依頼を受ける気満々だったんだけれどね。箒は清掃道具にもなるし、空も飛べるし、素敵な道具よねぇ。
あ、でもこれだけはハッキリさせておかないと。
「あの、すみません。私、これでも12歳です……」
「おぉ、それは失礼。あまりの可愛らしさに口から零れてしまったんだ。許しておくれ」
私の言葉に少し大袈裟に驚いて頭を下げるディランさん。
けれど、その仕草は何処か道化を演じるような風体で、クスリと笑みが零れてしまった。
「良いですよ、気にしていませんから」
……本当は発育不良児なのを気にしているけど、こればかりは仕方ない。
それに依頼人さんの心象を悪くして、面接落ちと言うのも遠慮したい所だ。
「ところでリンさん、お受けになられますか? ディランさん、リンさんはまだギルドに来たばかりなので、そこの所はよろしくお願い致します」
「なに、私は構わんよ。受けてくれるのならば屋敷に帰る道すがら教えようではないか」
結構高待遇らしい。
少なくともブラックな仕事内容をさせられるわけではなさそうだし。
「はい。じゃあよろしくお願いします!」
私はディランさんに頭を下げ、依頼を受けるのだった。
二人でギルドを出て、ディランさんが先導してくれる。
「まずは私の屋敷に行こう。貴族街にあるのだが、お嬢さんは何故貴族街と呼ばれている場所があるか知っているかね?」
ディランさんの言葉に私はフルフルと首を振り、「いいえ」と答える。
そういえばウェンデルの街に貴族はそんなに居ない筈だ。
それなのに貴族街と呼ばれている区画があるのは何故だろう。
私の疑問にディランさんが答えてくれた。
「比較的裕福な者が住んでいる地域をいつからか貴族街と呼ぶようになったのだよ。その分規制も多いがね。家の壁は明るさを重視する為白く塗らなければいけないとか、定期的に清掃依頼を出さなければいけないとかね。勿論清掃についてはきちんと使用人がすれば良いだけの話だが、ギルドを通すとその辺りが大目に見られるんだよ。……そうだね、例えばギルドを通さなければ視察員が来た時木の葉一枚でも落ちているならば駄目とかね。まぁ、これは大袈裟だが」
「へぇぇ、そうなんですね。ただ私も依頼を受けた以上はしっかりとお仕事させて頂きますね」
「あぁ、しっかりと励んでくれたまえ。……それと、一つ良いかね?」
ディランさんがソワソワとしている。何だろう、何か言いにくい事なのかな?
「はい? なんでしょう?」
私は先を促すために口を開いた。
「……恥ずかしい事だが、タバコを吸ってもいいかな? 甘いモノを我慢していると言ったが、私にとっては並み大抵の努力では無いのだ……」
「え? えぇ。構いませんよ? どうぞどうぞ」
私の言にいそいそとポケットからオイルマッチを取り出すディランさん。
それは彫刻がしてあり、陽光に煌くと煌びやかな世界が目に栄えた。あれ、もしかして白金製?
珍しいな、火をつける魔術の方が簡単なのに、あえてオイルマッチを使うだなんて。
私の疑問の視線に気が付いたのか、ディランさんがこちらを見ながら教えてくれた。
「……魔術は苦手でね。それにこういうものを使った方が格好良いだろう?」
チラチラと見た目を気にするような可愛らしいオジサマの姿に私は苦笑する。
ポケットから吸殻入れを出すと、パイプからポンポンと吸殻をその中に入れる。へぇ、そこら辺に捨てないのは好感度アップよね。
私が居た頃の日本は喫煙者に対して風当たりが強かったせいか、どうしても喫煙者に対しては穿った見方をしてしまう。
パイプにタバコの草を詰め、オイルライターで火をつけるディランさん。二度三度吸うと当たりにバニラの香りが漂った。
……そういえば副流煙っていうのは紙巻タバコの火薬が発がん性があるとかなんとか言ってたなぁ。
パイプタバコに関しては知らないけれど、ディランさんの吐く煙は煙くないし不快なほどではない。アルカードさんは禁煙したけれど、ディランさんは今日初めて会った人だし、私は喫煙する人にあれこれ思うほど心は狭くない……と思う。
「すまないね。……そちらは風下だからこちらの風上に来ると良い。匂いがつくのは嫌な人もいるからね」
ディランさんが私の手を取り、優しく引いてくれた。
あれ、結構紳士。
レインも私の考えが通じたのか、肩の上でコクリと頷いた。
「お嬢さんは人形遣いかね? よっぽど扱いに精通しているみたいだが」
「あ、リンで良いですよ。ディランさん。あまりお嬢さんとか、そういう呼び方に慣れていないもので。ちなみに私は確かに人形遣いです。この子はレイン、私の友人です」
「ほほう、それでは一人分の料金で二人も雇えた私はお徳だったわけだね」
レインの事も人数に数えてくれたことが嬉しくて私は思わず頬が緩むのを感じた。
「えぇ、体は小さいですがお役に立てると思います」
「そうか、ならば清掃が終わったら屋敷に寄ると良い。お菓子でも用意させておこう」
「本当ですか!? わぁ、嬉しいな! ありがとうございます!」
私の言葉にディランさんはニコニコと微笑むのだった。
……良い雇い主さんみたいで良かったなぁと、私はお菓子と言う単語に心を惹かれているのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
感想などもお待ちしております。
ブクマ・お気に入り等もありがとうございます。