リン、冒険者ギルドに行く
2016/02/13:会話文章を少し修正しました。
そんな訳で今私はウェンデルの街へ来ています。
え?どういう訳かだって?
えぇ、それはもう思い出すと色々ありまして……。
***
「リン、私の屋敷で暮らすつもりはないか?」
アルカードさんが聞いてくる。
この質問は何度目だろう。
二度か三度目くらいかなぁ、ここに住み始めてから。
「いえ、そこまでお世話になる訳には」
私はその申し出にきっぱりとご遠慮する。
……正直言ってリン様とか呼ばれたりお嬢様扱いされるから息苦しいのよね。私はできれば引きこもって自由に研究したいのだ。
「私も反対ですわ。貴方の屋敷は一度襲われていますし、何の対策もとっていないでしょう? そのような所にリンを置いておくわけにはいきませんわ」
「なっ! 敵の正体が判明した以上対策は如何様にも取れる! ウンディーネこそ自分がリンと離れたくないが為にそのような事を言うのであろう!」
「心外ですわね! 私がそのような瑣末なことに拘る存在だと思いまして? 私は清廉な流れる水さえあればどこへでもリンの傍に行けますわ」
ウンディーネとアルカードさんの間にパシパシと火花が散っているような気がする。
「あー! もう! 二人ともやめて! アルカードさん、さっきも言ったとおり私はアルカードさんのお屋敷には行きません! それに家の周りに3重に結界を張ってくれたんでしょう? それならいくら何でも大丈夫ですって!」
たまらず私は怒鳴ってしまった。
けれどそれに全く動じないアルカードさん。
「しかしだな、羊皮紙や本を装丁する資金はどの様にして稼ぐつもりなのだ? 私の屋敷にくるなら侍女見習いとして雇ってやるぞ? 当然賃金も支払おうではないか」
「うぐっ……。それはそれで魅力的ですけど……」
今度は懐事情を攻めてきた。
汚い、吸血鬼な大人、汚い。
「リン、吸血鬼の言いなりになる事なんてないですわ。それに侍女になんてなったらお手つきをされてしまいますわよ?」
「なっ!? 私はそんな不埒な事はせん!」
アルカードさんが激昂する。そうよね、ずっとママ一筋に想い続けてきた人がそんな行動はしないだろうとは思うけど。
私が迷っているとウンディーネが妙案を思いついたと言った様子で口を開いた。
「そうですわ。お金を稼ぎたいならば冒険者の登録か商業ギルドの登録をすれば良いのではなくて? クロトも冒険者でしたし、ちょうど良いかも知れませんわ」
「そういえば商業ギルドってあったっけ。でも冒険者の登録って? 私ほとんど戦闘能力ないし、ぽむとぽこが居るから家を何日も離れる旅とかはできないよ?」
ウンディーネが言った冒険者の登録について聞いてみる。
「私よりも領主であるそちらの吸血鬼に聞いた方が早いですわね。どうですの?」
ふむ、と顎を撫でるアルカードさんがウンディーネに視線を向けられ、答えてくれる。
「冒険者ギルドというものはだな。低ランクでは街の清掃等の仕事がある。これは主に自分の屋敷の周りの道を清掃して欲しいと富豪がギルドに出す依頼だな。道の汚れは治安の悪化に繋がるので税金の徴収がてら冒険者ギルドに依頼として出しているものだ。貴族街は治安も良いし、力も弱いリンにはオススメだな。商業ギルドでも街の清掃を請け負っているが、それは屋台通りのみだ。……それに商業者ギルドに顔を出すとまず間違いなくレドネット商会に取り込まれるぞ。セバスチャンとレイミーの報告でしか聞いてないが、リンはなにやらあのレドネット商会の会頭を唸らせるような事をしでかしたそうじゃないか。……嫉妬と笑ってもらいたくは無いのだが、みすみす黄金の蝶を目の前で掻っ攫われる様な事態を引き起こしたくないのでな。他にも薬草の採集等があるが、こちらはどうしても野獣や魔物との戦闘がある場合が多い。もし受けるなら二人以上で受けた方が良いだろう。運搬するのにも一人じゃ動きが悪くなるからな。目の前に石を背負わされた鶏を犬猫の前に放つようなものだ」
「なるほど、じゃあ街の清掃を受けます」
確かにアルカードさんの言う事も最もだ。
この際後ろを向いて「ククク、これで私の屋敷の周りを清掃するリンを見れる」等と言っているアルカードさんは気にしない事にする。
アルカードさん?別に覗き見するのは良いですけれど自分が吸血鬼だって事忘れていませんか?日光に当たったら苦しむのは自分なんですよ?
ニンマリと笑みを浮かべているだろう吸血鬼は放って置いてウンディーネに向き直る。
「そういうわけでウンディーネ。私は冒険者登録をしたいと思います」
「そうね。それが良いでしょう。昼日中では普通の吸血鬼は動けないでしょうし、敵側の日中に動ける人間は粗方掃除してしまったんでしょう?」
なにやら人間やら掃除と言う言葉に不穏な響きが乗せられたのは気にしない事にしよう……。うん、怖いし。
「あぁ、おそらく相手方に日中出歩ける手駒は無いと思う。だから昼日中は人の多い街に居た方が安全かも知れぬな。それに吸血鬼になりたい、永遠の命が欲しい人間がいると言っても、その前に命を散らせた仲間が居ると聞けば尻込みするだろうよ」
アルカードさんが黒い笑みを浮かべる。
……格好良いんだけれど少し怖いよ、アルカードさん。
「それと後一つはリンの顔や姿が敵方に出回っている可能性ですわね。貴方はその可能性、如何程と考えてますの?」
「こちらは少ないと思っている。夜会に出席した時は少なくとも私を殺そうとまで敵意を持った存在は感じ取れなかった。襲撃時、リンの姿を見られたと言う事も無いと思う。ただ、この近くに張られていればリンの姿はすぐに知れ渡るだろうな」
「それは何とかなりませんの?」
「……無理だな。リンが私の庇護を拒んでいる以上遅かれ早かればれる事だろう。それにトレントの存在もある。リンが自分で思ってなくとも周りからは凄まじい魔力を持った魔法使いと認識しているだろうな。日中の移動中に襲われる事は無いとは思うが、もし夜に鈴が鳴った場合ノームかウンディーネの庇護を求めると良い。頼めるか? ウンディーネ」
「えぇ、解りましたわ。私も折角の話相手を失いたくありませんもの。リンもそれで良いですわよね?」
……なんだろう、私をそっちのけで話が進んでいるような気がする。
レインがポフポフと肩を叩いてくれた。
ありがとうレイン。
「……まぁしょうがないです。此処は私の家で動けないトレントを守ってあげなきゃですし」
「あら……。リン、知りませんの? トレントは今でこそおっとりしていますが、昔は岩や城壁さえ容易く砕く存在でしたのよ?」
「ええぇぇ……。なんだか信じられない」
「神代の頃はウォーキングツリーと言った存在が居たんですわ。自由に歩ける樹木と言った所でしょうか。その為、過去には巨人族とも対等に渡り合ったとか」
うん、なんだかとんでもない話だ。
今のトレントからは想像もつかないや。
「……と言うわけでトレントに関しては心配無用ですわ。仮にもし火を放たれても地下水を汲み上げて消すでしょうし、あの巨木を凍らせるにしても切り倒すにしてもとんでもない魔力が必要になるでしょうね。勿論、トレントの存在はばれてない為、普通の家の木と思われるでしょうけれど。そんな訳で人質にはなり得ませんわ」
その言葉に少しだけ安心する。
そんなやり取りを終え、アルカードさんとウンディーネが帰り、次の日の朝になる。
そして私はお金を稼ぐため、そして自分を守るために冒険者ギルドの扉を開くのだった。
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