愛を与えるモノ
「……定着! ……あの、出来ました」
おずおずと光球の魔方陣が描かれた羊皮紙をアルカードさんに渡す。
光球の魔方陣にしたのは暴発しても一番被害が少ないからだ。星の低位魔術だし、辺りを照らす光源がしばらくできるだけだ。
……最も発動すればカメラのフラッシュを焚いたように普通の光源よりはかなり眩しいと思うのだけれど。
私はいつだったかアルカードさんが太陽の魔力を開放したアンヘルを見たときの様に「目がぁ! 目がぁ!」と転げまわる姿を想像してしまった。
「ふむ、では試させてもらおうか。解放!」
アルカードさんが唱えるが、羊皮紙の魔方陣はチリとも反応しなかった。……少し残念な様な、何も無くてほっとしたような……。
「ま、当然といえば当然の結果ですわね。これで作成者以外には……というか、リン以外には使用できないのですわ」
「そういえば、ウンディーネが途中まで描いてくれた錬金魔術の魔方陣は私が仕上げしたとは言え、発動したよね? 私の魔力と関係あるの?」
「えぇ、結局は糸で魔方陣を繋がなければどれだけ描いたとしても普通の魔方陣ですもの。だからリンにしか使えないのですわ。……だからと言って、糸のみで魔方陣を描かないこと。良いですわね? もし星の魔力のみで描かれた魔方陣に火でも近づけたら大爆発ですわよ?」
あれからウンディーネにどんな魔力の糸が出せるか根掘り葉掘り聞かれた。
そして星、木、水の魔力糸が出せることを白状させられてしまった。
まぁアルカードさんは知っているんだけれどね。
無の魔力以外を出せるようになったと、聞いたときのウンディーネは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
きっとクロトさんの事を思い出していたのかも知れない。
……ごめんね、ウンディーネ。私はクロトさんの生まれ変わりじゃあないよ。
でもウンディーネの事は大好きだよ。
私の理想の優しいお姉さんって感じだし。
……人間世界の常識をもう少しだけ理解してくれれば嬉しいんだけれどな。
「まぁ、リンしか使えないのであれば大丈夫であろうな。しかし魔方陣を描いた羊皮紙をいつも持ち歩くというのは些か風体が悪いのでは無いか? リンは杖を持っていないので表紙を装丁して本の形状にするのはどうだ? 魔術師の中には杖では無く、本を好んで持ち歩くものも多いと聞く」
私がウンディーネの事について考えているとアルカードさんが口を開く。
本かぁ……。装丁できれば良いけれど、大抵杖の代わりに宝石を入れたりして本自体がある程度の魔力を引き出してくれるように作らないといけないのよね……。お金が無いから難しいかも。ここは断っておくべきかな。
「あの、アルカードさん。すみませんが、装丁するお金が無いんです……」
懐事情を明かすのに、少し恥ずかしくなってしまい、下を向く。
「む、そうか? ならば私が出そうではないか」
「いえ、そういうわけにはいきません! ドレスやティアラなんかも作ってもらいましたし、金斬虫の代金だけじゃ絶対足りなかった筈です!」
私はアルカードさんに詰め寄る。
おんぶに抱っことか貢いでもらいたい願望はないのだ。
……それに夜会での事は利害が一致したからこそであって、あくまでも立場は対等でありたい。
元々の私の性格が何かを無償でしてもらうと言う事に慣れてないのかもしれないだけなのだけれど。
「ふむ……。まぁ正直に言うとあれだけの金斬虫で等価と言った所だ。まぁリンがどうしても嫌ならば仕方あるまい。ここは引き下がるとするが、装丁に関してはリンが一番良く頼れるべき存在が居るのではないか?」
「へ?」
私の目が点になった。
「トレントだよ。トレントの樹皮か幹の部分を使わせて貰えば良いのではないかね。それに樹皮では無く、樹木の部分ならば彫刻もし易いだろう。勿論幹を削り取るわけだから、そこはリンの錬金魔術で癒してやると良い」
「う……。それは魅力的ですが……。トレントが良いって言うなら……。ううん、トレントなら絶対言いそう。……私はトレントに傷を負って貰いたいわけじゃないんです」
私が言葉を搾り出すと、何処か諭す様な声音でアルカードさんが話し始める。
「リンが優しいのは知っている。トレントを傷つけまいと思っている事もな。だが、トレントは植物だ。望まれれば与える者だと言ってなかったか? リンが望みさえすれば良い」
「確かに言われた事はあります。でも、与えて貰ってばかりじゃ嫌なんです! ……それに、色々頼ってきたのにまだ私、何もトレントに返せてない……」
私はギュッと手を握り締め下を向く。
あ、不味い……。感情は昂ぶったせいで目の端に涙が……。
「リン、それは違いますわ」
「え?」
ウンディーネが言葉と共にふわりと抱きしめてくれた。
「トレントはリンがしばらく居なかった時、言ってましたわよ。話し相手が出来て嬉しいと。自分が作った種を撒いて育ててくれて嬉しいと。ねぇ、リン。トレントが一番大切にしてる事って何だと思って?」
ウンディーネのヒンヤリとした体温が心地良い。
涙の引いた瞳でウンディーネを捉え、考える。
「えーっと……。平穏な生活?」
「違いますわ。……これは私達精霊にも言える事ですけれど、自分達を認識してくれている存在がなによりもありがたいのです。例えばリンのような、ね。私やトレントは同じ考えですけれど、恐らくノームもそうですわ。ノームは少し意地っ張りですから、直接聞いても知らない、と言い張るでしょうけれど」
ウンディーネや精霊と言う者は存在する事を、それを他者から認められている事が何よりも嬉しいらしい。
……知らなかったな。でも、そうかも知れない。何十年?何百年ぶりに出会った私というちっぽけな人間でも話し相手になれて、自己の存在を認めてくれる存在。
私なら何よりも大切にしたいと思う。
……そっか、ウンディーネもトレントも一方的に愛情を向けてくれていた訳じゃないんだ。
「ありがとう、ウンディーネ。それから私トレントに謝ってくる!」
私はドアを開け、トレントの苔むした鼻に抱きつく。
「……おや、リン。どうしたんだい? まだ夜だよ……。ふむ……? また複雑な感情がその小さな胸の中で渦を巻いているね」
「うん。ごめんね、トレント。私、多分言葉にするより心を読んで貰った方が良いと思う。でもこれだけは言わせて。トレントの事とても大切に想っているって事。私の大切な家族だよ」
「ほっほっほ。それは嬉しいねぇ……。うん……うん……リンの心の声、しっかりと受け取ったよ。私はリンへ愛を与える存在だからね。安心しておくれ。私もリンの事大切に想っているよ……」
トレントは言葉を紡ぐとふわぁと大きな欠伸をして、再び目を閉じた。
「起こしちゃってごめんね、おやすみ。トレント、良い夢を」
「あぁ、おやすみリン。リンこそ良い夢を」
私はトレントの優しさと父性愛に触れ、涙腺が緩んだまま、家に入るのだった。
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