運命を映す万華鏡
「いやー、すごかった。俺、あんな体験初めてだったよ。特に上からだと太くてでっかいのがすっごくよく判るんだな」
……アンヘル、主語が無いと誤解されるから言い回しには気をつけようね。
現にホラ、街の腐ったお脳を持つ娘さんが顔を赤くして俯いているでしょう?
……アンヘルが言っていたのは怪しい意味じゃなくて箒に乗った初体験と、トレントを上からみて大きさに改めてびっくりしたというだけだ。
やましく聞こえるのはそれは心が腐っているだけだ。たぶん。
「さぁて、リン! 何処へ行きたい? このアンヘル様が何処でも連れて行ってやるよ!」
フフンと得意そうなアンヘル。
アナタの街でもないでしょうに。
そう思って苦笑しながらアンヘルの差し出された手を取る。
「んとね、まずは羊皮紙が欲しいかな。魔術の勉強の為に必要なの」
「おう、それなら魔術道具屋だな。はぐれるといけないから手はちゃんと繋いでおかないとな」
アンヘルはそう言って強くもなく弱くも無い力で私の手を引いてくれる。
歩幅もちゃんと合わせてくれるんだな、とアンヘルの心遣いに少しだけ感心した。
「今日はアンヘルのお父さんは?」
「父さんなら今日も屋台出してるぞ。かなり盛況しているからな。最近は材料が無くなって帰ってくるのが多いので、ホクホクなんだ。俺も駆り出されたけれど、今日はリンと居たいからな」
リンと居たいって言葉に少しドキリとした。
……んもう、アンヘルの癖に!天然なの?少しびっくりしたよ?
「ここだな、魔術道具屋は」
アンヘルに連れられてやってきたのは、少し前にセバスチャンさんに案内されてきたお店だ。
「うん、入ろうっか」
ドアを開けるとカランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい。って、あぁ、あの時の魔術師見習いさんだね」
「覚えててくれたんですか?」
「まぁそりゃあね。商売柄、人の顔を覚えるのは得意だし、今度はちゃんと魔術師のローブを着ておいでって言ったらその通りにしてくれたしね」
店主さんはニコリと人の良さそうな笑みを浮かべて笑う。
「それで、今日は何を御所望ですかな?」
「えっと、ですね。羊皮紙を何枚かいただけますか。魔方陣を描くのでできるだけ魔力の込めやすい、ものが良いんですけど」
「ふむ、それならこれなんてどうかな。山羊の皮をなめした羊皮紙だ。在庫も豊富だし、纏め買いするなら少し安くするよ」
「わぁ、ありがとうございます! では10枚ほど頂けますか?」
「10枚だね。それなら大銀貨12……と言った所だけれど10枚でいいよ」
「ありがとうございます! アンヘル、値引きしてもらったー!」
「お、おう」
魔術道具の水晶玉を見ていたアンヘルが私の声に返事を返す。
「何、それ気に入ったの?」
トテトテとアンヘルの傍に寄って、私も水晶玉を見つめる。
「あぁ、それは魔力に反応して彩りを変えるんだ。占い師がそれを利用してよく商売をしているね」
羊皮紙を紐で束ねてくれている店主さんが教えてくれた。
「へぇ、触って見ても良いですか?」
「あぁ、いいよ。特に危ないものでもないから是非手にとって見てくれ」
その言葉に甘えて、まずは私が水晶玉を手に取る。
水晶玉は透明だったが、だんだんと中に糸のようなものが渦巻き、そしてそれは綺麗な塊になった。
「なにこれ……。繭?」
「繭だなぁ。そのうち蝶にでもなるんじゃねーか?」
私もアンヘルも首をかしげ、私の手で包まれた水晶玉を覗き込む。
……やっぱり無の魔力かなぁ。
変な夢も見るし、あ、そういえばなんか繭に包まれた夢だったよね。あれって。
「おーい、リン?」
アンヘルの言葉でハッと我に返る。
「あ、ごめんごめん。ボーっとしてた。じゃあ次はアンヘルの番ね! はい!」
水晶玉をアンヘルに押し付け、アンヘルがそれを恐る恐る両手で持つ。
落として割らないように、との配慮だろう。
水晶玉は最初こそ無色透明だったけれど、しばらくすると虹のように7色の模様が浮かび上がった。
「うわぁ、綺麗」
それはまるで万華鏡のようにキラキラと小さく光りながら、自由に跳ね回っている。
「リン先生、で、俺の運命は見えますか?」
アンヘルが持つ水晶玉に見入っていると、少しおどけた様子でアンヘルが声をかけてきた。
……私は占術の類は得意じゃないんだけどな。
まぁこれもアンヘルのお遊びの一種なんだろう。
私もおどけて言葉を返す。
「うーん、再会、かな? きっと素敵な縁が見えます!」
「あはは、それってもう叶ってるって。アンネと久しぶりに会ったし」
「だって占術苦手なんだもん、本気で占ってほしいなら占い師さんの所へ行こうよ」
笑いながらアンヘルから遠ざかる。
店主さんが纏めてくれた羊皮紙を鞄に入れる為だ。
アンヘルはそっと水晶玉を陳列棚に返している。
「お嬢ちゃん達は仲が良いねぇ。まるで恋人同士のようだよ」
からかわれ、ボフンと赤くなってしまった。
「べ、別にそんなんじゃないです。もーう、何言ってるんですか」
「いやいや、失礼失礼。この年になると若い人たちをからかうのが趣味でね」
「もう、そんな変な趣味は心の奥底にしまっておいて下さい」
カラカラと笑う店主さん。
羊皮紙を詰める為に開けた鞄の中のレインもコクリと頷いた様な気がする。
「アンヘル、いこっか」
「おう、じゃあ次は屋台でも回ろうぜ。少し小腹が空いたよ」
「ありがとうございました、またおいで」
店主さんに小さく手を振ってドアを開ける。
カランカランと入って来た時と同じようにドアベルが鳴いて見送ってくれた。
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