へんてこリンな天使とちんちくリンなリン
……どうしよう。トレントと暮らす魔女とか噂が立ったら大騒ぎになるかもしれない。それとぽむとぽこの存在も。
「……私は黙っておけば普通の木と思われるだろうが、ぽむとぽこが心配かい?匿ってあげる事もできるが」
トレントが口を大きくアーと開けた。この中に入れとでも言っているように。
いや、どう考えても普通の木では無いでしょアナタは。いくらなんでもサイズが違いすぎると心の中で突っ込みを入れた。
……ぽむとぽこは確かに心配だけれど新種の動物か使い魔だと思われれば大丈夫かもしれない。
「ほっほっほ……長生きすると小さな事には気が回らなくなってねぇ。困ったものだ」
うん、トレントの口にぽむぽこを放り込むのはやめておこう。口を閉じたまま寝てしまいそうだ。トレントならやりかねない。
「何か失礼な事を考えていないかい? リン」
「い、いえ!? なんでも!?」
トレントに思考を読まれたらしい。少しだけジットリとした目でこちらを見られた。
とりあえず果物を家に運び込もう。おっとその前に……。
「トレント、ありがとう。こんなに美味しそうな果物を沢山くれて」
心からのお礼を言う。
「ほっほっほ……。構わないよ、リン。これからよろしくなぁ。……お礼なら、種を植えておくれ。私も世界が広がるのは楽しいからなぁ」
トレントにお辞儀をして、ローブの裾を結び袋状にしてリンゴを入れる。
はしたないってよくママに怒られたけれど、今は人間以外しかいないし!
栗はまずイガを取らないと……。イガは外で剥いて乾燥小屋を作って薪の火口にしようかしら。
このリンゴは何にしようかな。ジャムも良いな、街に行ってワインを買ってコンポートにもしようかしら……うふふん。
余ったらアップルパイにでもして売ろうかしら。
少しニマニマとした笑いが漏れる。
妄想に浸りながら何度か往復してリンゴだけは家のテーブルの上に運び込んだ。
……遠くで羊の鳴き声らしき声とカウベルだろうか、鐘の音が聞こえる。
さて、言い訳を考えなくちゃ。
結んでいたローブの裾を解いて足首を隠して、改めてトレントを見る。
……目視で測距を測ってみると200メートルはあるだろうか。
宇宙まで伸びるような勢いと思ったのは横に伸びる枝葉のせいもあったからかもしれない、それでも充分に大きい。
「ふわぁ……」
後ずさりしながら上を見ていると首が痛くなった。
魔力が回復したら雷避けの魔術をかけてあげよう。
土属性の魔術だから使いやすいし。そういえばジグが雷が怖いと泣き叫んだときにかけてあげたっけ。
小さい時のジグは可愛かったなぁ。雷に脅えておねえちゃんおねえちゃんってしがみついて来て。
ぼーっと思い出して郷愁に浸る……。
「ぷ!」
ぽむの声でハッと気付いて我に返った。駄目だ駄目だ、どうも魔力が枯渇していると考えが纏まらないなぁ。
言うなれば徹夜明けのテスト中みたいな?
眠れば魔力も回復するのだけど、今は寝ている場合じゃないしね。
遠くに白いもこもこした群れと先頭に白っぽい服を着た人物が見える。一瞬保護色に見え、羊の群れの中に居るかと思われたが違ったようだ。
どうやら私に気付いたようで大きく手を振っていた。
……どのような人間か分からないけれど、警戒しておくに越した事はないはずだ。
ドールのハンドルを握り締め、魔力を込めて立たせる。剣は抜いていないけれど。
だんだん近づいてくると輪郭がハッキリと見えてきた。どうやら少年のようだ。
白い半袖を着て黒いバンダナを巻いている。髪の色は金でバンダナと対照的だ。よく日焼けしていて健康そうだなぁ。……私と違って。
その少年は大木を上から下に見下ろすと私に目を留めた。
「うわぁ……すっげ……。なぁ、これ、誰がやったんだ?」
黒い……いや、少し緑がかかっている瞳をクリクリと動かして心底驚いたように私に声をかけてきた。私より少し年上だろうか。随分人懐こそうな少年だった。
私はハンドルを持っていないほうの手で自分を指差した。
……正確にはぽむとぽこなんだけれど、植えて詠唱したのは私だし、嘘ではないはず。
しかし、相手の反応は案の定だった。
「嘘だろ!? お前みたいなチンチクリンが!?」
……うん、第一印象は最悪だ。
しかしここで諦めて家にスゴスゴと入れば他で何を言いふらされるか分かったものではない。
感情的にならないように深呼吸して心を落ち着ける。
「もしかして、ここは羊の巡回コースですか?」
出来る限り社交スマイルを浮かべて相手の口を封じる手段に出た。
「それならば申し訳ありません。上から回ってみたところ、この近辺に家らしき物が無かったので空いている土地かと思っておりました。もし御領主様の土地だと言うなら豊饒の魔術を施させていただきますが」
勿論ブラフだ、さっきは雨に降られて低空飛行で飛んでいたから上空からなんて見てない。
でもこういうのは言ったもの勝ちだよね。
ニッコリと微笑みかけ、慇懃にドールと共にお辞儀をする。
「あ、いや。オレは普段、この山向こうで放牧してる。山羊も牛もいるしな」
「ではどうしてこちらに?」
ニコニコとした笑みを崩さないまま畳み掛ける。
おそらくは大木が出来たので見に来たとか調べに来たとか、そんな理由だろう。
少しだけ少年は何を言っているんだ?という顔をして答えた。
「そりゃあこんな木がニョキニョキ生えてきたら驚いて見にくるだろ」
ほぅら、やっぱり。
「大丈夫ですよ、ここの生き物には影響を与えていない筈ですし。私の方も偶然このような大木に育ってしまったのでビックリしているところです」
偶然という言葉を強調する。
当然だ。凄い魔力を持った魔女が来たなんて言われれば敵を作りかねないし、それどころか手に余るお願いをされても困る。
私は静かに研究して暮らしたいのだ。
「そっか、もしかしてお前見習いか? オレの従姉弟も今修行中なんだ」
どうやら身内に魔術関係者が居るようね……。それならば何とかなりそう。
「ええ、できれば静かに研究したいのですけれど。従姉弟の方も同じような事を仰っていたのでは?」
「……ああ、確かにそんな事を言っていた。たまに使い魔がチーズとか買いに来るな」
使い魔……いいなぁ。自由に動ける連絡手段としてはもってこいなんだよね……等と考えていたら少年に問いかけられた。
「アンタ、名前は? オレはアンヘル。見ての通り羊飼いだ」
うん、羊飼い以外の何者にも見えないね。というかトレントから聞いて知ってるのだけど。
「私はリンです。で、こっちが使い魔のぽむとぽこ」
「ぽ!」
「ぷ!」
……厳密には使い魔じゃないんだけれど、そう紹介しておいた方が問題にならないと判断した末の事だ。
ぽむとぽこも特に警戒しては居ないようだし、大丈夫かな?
精霊だ、なんて言ったら悪そうな人達に狙われちゃうしね。そういう事態が起こった時、正直私の力ではぽむとぽこを守りきる自信はない。
「なんかへんてこりんな生き物が居ると思ったらやっぱりアンタの使い魔だったのか」
……さっきからちんちくリンだのへんてこリンだの私の名前をかけないで欲しいなぁ。
「まぁ別に家や木を育てるのは良いんだけどさ、あの森には近づかないほうが良いぞ」
そう言うとアンヘルは遠くに見える森を指差した。
私があまり近づきたくなくて箒で高度を上げて通りすぎた森だ。
「何かあるんですか?」
「あぁ、狼と熊、金斬り虫がいる」
え、ちょ、ちょっとまって!?今なんて言ったの!?
「金斬り虫って聞こえたような気がしますけれど……」
「そうだ。何だ、お前森は通って来なかったのか? よく鳴いてる筈だけど」
……そういえば何か金属質っぽい鳴き声がしてたっけ。あれが金斬り虫かぁ。
金斬り虫とは地球で言うカミキリムシやクワガタを大きくして鋏を更に硬く大きくして角をつけたような生物を想像してくれれば近いかもしれない。
角と鋏で金属質の岩を掘り出して食物にしているけれど、エサが無いときは何でも食べる所謂害獣扱いされているものだ。
繁殖期の金斬り虫は狼や熊ですら避けて通るといわれている。
文献でしか見た事無かったから鳴き声までは知らなかったのよね。
……どうしよう、森から金斬り虫が出てきたら。虫よけの香で効果あるかしら。
「あー……。金斬り虫はあの森から滅多に出ねーからそこまで脅える事はねーよ」
脅えた私を元気付けようとしてくれたのか、アンヘルは上目遣いに鼻の頭をポリポリと掻いている。
「そうですか。虫よけの香を常時焚かなければと思っていましたけれど、それを聞いて安心致しました。ありがとう、アンヘルさん」
「アンヘルでいい。さん付けされると何だかくすっぐったい」
女子高出身だからあまり男性に対して接触回数が少ないけれどある程度は弟で慣れたつもりだ。
でも、少しだけ少年特有の粗野な部分が可愛いと思ってしまった。不覚。
「じゃあ私もリンで大丈夫です。そういえばチーズを作ってらっしゃるんですっけ?」
さっき従姉弟が使い魔を寄越して買って行くと聞いたから試しに言ってみた。
「あぁ、いつもは街に卸してるんだ。もしかしてリン、欲しいの?」
コクコクと頷く。
「いいよ、街まで行くのは遠いしな。箒や使い魔が使えないオレ達みたいな人間には近場での客は嬉しい」
爺ちゃんがギックリ腰してるんだよ、とアハハと笑うアンヘル。家族と暮らせて少し羨ましい。
でもこれで蛋白質が取れる!聞いてみるものだね。
牛乳も取れるだろうし、朝にでも伺ってみよう。
「お家はどこら辺にあるんですか?」
山向こうとは聞いたがあまりにも大雑把過ぎてわからない。
「そこの小さい山があるだろ。あの山の反対側、中腹辺りにあるからいつでもおいで。牛乳が欲しければ朝来てくれ。悪くなるからな」
アンヘルが小高い山を指差す。あのくらいなら箒で飛んでいけそうね。
「じゃあそろそろオレは帰るな! 獣に気をつけて」
「あ、待って!」
アンヘルをその場に残し、一旦家に入るとリンゴを二つほど取ってきた。
「これ、さっき出来たので良ろしければ」
「へぇ……。随分良い色をしているな。森の魔女が育てたリンゴか……。毒入りじゃねーよな?」
リンゴを受け取ったアンヘルがニシシと冗談めかして笑う。
「要らないならあげませんけれど」
リンゴを取り上げようと手を伸ばしたら、アンヘルはそれをサッとかわした。
「冗談だって……! ありがとな!」
笑いつつ片方のリンゴに齧り付く。
その途端アンヘルが悶え始めた。
「うっ……! うぅぅぅうう!?」
……え、まさか本当に毒入り!?
トレントがそんな事する筈ないのだけれど……。アンヘルは頬を押さえながらまだ悶えている。
「ね、ねぇ。だ、大丈夫?」
「美味い!」
あぁ、そうね。こういう展開よね。……なんとなく冷めた視線をアンヘルに送る。
「いや、ホントだって! すっごい甘くてさ! 何これ、オレこんなの食べた事無いよ!」
アンヘルが齧ったリンゴを見ると皮の境目から蜜がハッキリと見て取れた。……なんぞこれ。こんなの紡時代にも見たこと無い。
「いや、マジで驚いた。なぁ、まだあるなら買わせてくれないか?」
「持って帰れるならタダでいいですよ。たくさんありますし」
見たところ小さな肩掛け鞄しか持っていないようだし、入るのは2個か3個だろう。
それにトレントのおかげでタナボタみたいなものだし。
種を何処でも良いので埋めてくれれば、という交換条件で新しくできた家に天使の名前を持つ少年を招待した。
読んで頂いてありがとうございます。
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