第71輪
「おい、奴隷として売れそうな奴を捕まえてくるって話だったんじゃないのか?俺はそう聞いてたぞ」
「そうだな、見ろ。ぴったりじゃないか。吸血鬼と言ったら多少幼くても力も十分ある。それにどれだけ経っても容姿は変わらないからな。そういう趣味の奴には需要が有るだろう」
微かに、だが近くから声が聞こえる。脅すようにドスの聞いた声と抑揚のない、淡々とした無感情な声だ。
「……どうやら目が覚めたらしいな。まあ精々気をつけることだ。たった今言ったが幼子とは言え力は強い。全く戦闘経験を積んでいなくてもその辺の野生動物を赤子の手をひねるように殺せるくらいにはな」
「脅しのつもりか?」
「脅しではない、忠告だ。こんな鉄格子や枷なぞ役にはたたんだろうな」
「この……!」
「幸いあと数分なら体も麻痺しているだろう。その間に何とかするんだな」
その言葉を最後に足音が遠ざかっていく。
「捨てられたようね」
「ハッ、魔族の上位種だろうが粋がるなよ。動けない今の状態ならお前の持ってた剣で叩ききればそれでおしまいだからな」
「そうね」
このいかにも噛ませ犬な感じ。直に見ると中々面白いものがある。剣が無くても魔術を使えばどうにかなることは言わないでおく。
……しかし、この目の前の男を見捨てたとは言え、協力者が居ることから初犯で有るとは考えづらい。組織的なものと考えるべきか、それともそれは考え過ぎか。目的は金か何かだとは思うけれど、まあ私には関係ない。やることはここから脱出することだけだ。
「じゃあ、麻痺が切れたら私はここから抜けるし」
「俺をどうにかしたところでここには30人以上の武装したゴロツキがいる。お前1人でどうにかなるものか」
「へぇ、それなら天井を破って逃げようかしら」
「馬鹿め、ここは地下5メートル、地面を掘り抜いて作った牢だ」
「周りが石煉瓦だから地下だとは思わなかったわね」
貴重な情報をありがとう、と心の中で唱えておく。この男に秘密守秘義務とかは無いのだろうか。ゲーム敵には脱出クエストみたいな物なのだろうけれど、牢に捕えている者に情報を提供するのは現実だったら無能どころの騒ぎではないだろう。まあどうでもいいと言えばそうなるが。
ついでにユズにもメッセージを入れておく。こんなところに入れられては呼ばれても暫くは行くこともできないし。
「さて、と。そろそろ帰るわね」
「そんな友人の家から帰るみたいに易々と帰れると思うな!」
「《ダークボール》!」
私の剣を振り上げてきたのでがら空きになった腹に魔術をお見舞いする。不意打ち臭いのは仕方が無い。
魔術の勢いで壁に叩きつけられたが、死んでは居ないようだ。鉄格子の間から落ちた剣を拾って牢を破って脱出する。壁と鉄格子の距離をもう少し開けておかないと剣みたいに長い物は簡単に拾えるわね。
牢から出て周りを見てみると、どうやらここが一番奥の牢であるらしく、道は一方通行になっている。分かりやすくて実に良い。ただ《警戒》には結構な数の敵が表示されている。大半は上手くやれば避けて通ることが出来そうだけれど。
『お姉ちゃん!?大丈夫!?』
「いきなり大声でボイスチャット入れて来ないでよね。ウィスパーじゃなかったら敵に見つかってたわ」
送ったメッセージを見たのかユズの声が響いてくる。ヘッドフォンしながら会話している感じで未だに慣れないが、そこは割り切るしかないだろう。
「私は今のところ大丈夫。1人でも抜けだせそうだし、助けは別にいいわ」
『でも心配だから念のためそっちに行くよ』
「居場所分からないでしょ」
『カリナちゃんの勘を使えばすぐに行けるよ』
「何それ怖い」
その後、適当に最後に居た場所辺りを説明してチャットを切る。牢から続く廊下は直接階段につながっており、途中に敵は居なかった。
階段を上ると重厚そうな扉があり、微かだが足音が聞こえる。暫くすると遠ざかって行ったが、別の足音が聞こえてきたので恐らく複数人で巡回しているのだろう。《警戒》スキルも同じところを回る赤い点を2つ映し出している。
「……さて」
思いついたことを試すべく、足音が近付いてきたときに扉を叩く。扉の向こう側では何かブツブツ言っているのが聞こえ、足音が止む。恐らく扉を開けてくるだろう。
引きずるような音と共に石造りの扉がゆっくりと開く。その背に隠れるようにして相手が出てくるのを待ち構える。
「なんだ、誰も居ないじゃ―――」
「《ダークボール》」
致命的になる外傷を残さない可能性の高い魔術で意識を刈り取る。一般人よりちょっと耐久力が高いくらいの下っ端とかならこれで十分なのよね。
気を失った男は階段の下に転がしておく。のんびりしていると巡回している奴が来てしまうのでさっさと進む。
「単純な構造で助かるわね」
巡回用の通路とは別に分かれているところがあり、そっちが出口への道で間違いないだろう。そういえば巡回していた男たちは牢屋に誰も居ないときは何をしていたのかしら。誰も居ないのに巡回とかさせられてたら少し気の毒ではある。
「近くには誰も居ないようね、無駄に広いったらないわ」
簡単な迷路状の通路が続く。何人かさっきみたいに巡回しているのが居るようだが、どれも避けて通れた上に見るからに弱そうだったので鉢合わせしても問題はなさそうだった。まともに戦えるのは私を捕まえた奴と仮に居るならここの親玉くらいだろうか。
《警戒》スキルのミニマップを頼りに敵を避けながら進んでいくと、突然一本道に切り替わる。敵に気付かれてここまで逃げてきたら、騒ぎに気がついた敵が正面からも襲ってきて挟み打ちとかそういう感じになっていた可能性が高い。
敵をなぎ倒しながら進もうとか考えなくて良かったわ。
「……」
一本道を通り過ぎると、通路の壁に扉が多くみられる場所に辿りついた。部屋が多いのだろう、居住区的なものだろうか。考えてみれば、結構な人数のいるこの場所だが、何か有る度に召集をかけるのは時間がかかる。それならばこの場所に住まわせてしまうのが一番早いわね。
しかし、敵の数は多いはずなのにマップに表示される数と実際にいる数が釣り合わない。罠が仕掛けられていて、それに反応しているのだろうか。しかしそれらしいものは見当たらない。謎だわ。
『お姉ちゃん生きてるー?』
「さっきの慌てぶりは何だったのかと言いたいくらいに落ち着いてるわね」
『着いたよ』
「あ、そう。こっちでは確認できないけど。……本当にあってるんでしょうね?間違って別の犯罪組織の拠点なんか狙ったら酷いことになるわよ」
『大丈夫大丈夫、ユカちゃーん、やっちゃってー』
『ほいなー。《エクスプロージョン》!』
そんな軽い雰囲気で大丈夫かと思った直後、少し離れたところで爆発音が聞こえる。もしかしてこの拠点って物凄く広いのかしら。というか今の爆発のせいか、私の通って来た道から敵がこっちに向かってきている。
侵入者を撃退するためか、逃げるためなのか。大半が後者だとは思われるが、状況としては宜しくないのは確かだ。
「うわ、やめろ、押すなっ」
「馬鹿、急ぐぞ!」
近くの部屋の扉が倒れて男が2人飛び出してきた。直前まで寝ていたのだろうか寝癖が酷い。こちらには気が付いていないようなので卑怯に感じるが背後から《ダークボール》をぶつけて意識を奪う。
「……このまま置いておいたらこの2人踏まれそうね。流石にそれは可哀そうかしら」
そのままだと後ろから迫ってきている奴らに踏まれるのは目に見えているので出てきた部屋に放り込んでおく。さて、私も急がないと。
長い通路が続く。マップで言うなら南北に広い建物のようだ。
敵に追いつかれないように進むこと数分。戦闘音が聞こえるようになって来た。ユズ達が間違って他の場所に居る上で、たまたま別の人がユカの撃った魔法と同じタイミングで爆発を起こさない限りはユズのパーティだろう。
「くそ、このガキどもっ!どこから嗅ぎつけやがった!」
「大方目撃者から役場か何かに連絡が行ったんだろう。こうなっては勝つかヴァルハラか?」
「余裕そうだな、逃げるのには自信が有るのか」
前方では怒号を放ちながら戦っているのが見えるが、後ろの方、私にとって手前側にいる奴らは何処か余裕そうだ。それに、片方は声からしてさっき牢屋に居た奴だろう。私を罠にかけたのはこいつか。
「……なんだ、抜けだしてきたのか」
「吸血鬼か。俺の部下どもじゃあ準備運動の代わりにもならんだろうな」
「ボス級が2人、ね。正面から突っ込んできているのはともかく、私は貴方達が何もしないと言うならこのまま出て行くだけなのだけれど」
流石に目視できる範囲だと気がつかれたのか、こちらを向かないまま声をかけてくる。その辺に居たのよりレベルは結構高そうだ。
「ここは俺の管轄ではないからな。俺はこの場を去る」
「あー、俺1人で吸血鬼相手にしろって?しかも後何分も持たないうちに敵が増えるってのに」
口調が淡々としているのは全身が黒い装備で纏められ暗殺者のような印象を受ける男だが、私が言えたことでもないけれrどいかにも絡め手を使って来そうで相手にするには厄介そうだ。
逆に、少々乱暴な言葉使いの体格の良い男は背負っている斧で正面から打ち合ってくるだろう。相手にするにはやりやすそうだが、何となくこの男が正面からの勝負に慣れていることがわかる。
…かといって引き下がるつもりもないけれど。
「さて、仕方ない。こうなったなら一暴れするか!」
「そうね、私も少し暴れ足りなかったのよ」
「それは丁度良かった。後ろで部下どもを吹っ飛ばしてるのがこっち来るまで楽しもうか!」
斧を上段に構えながらの突撃。見た目とは裏腹にかなり早い。《横薙ぎ》で突進と止めつつ、すぐさま空けた左手で牽制の《ダークニードル》を乱射し、直後に《ダークネス》で視界を奪う。
「ぬんっ!」
「なんて無茶苦茶な、《ハイスラッシュ》!」
「《パリィ》!」
《ダークネス》の霧を斧の一振りで払った男に《ハイスラッシュ》で斬りかかる。しかし、大剣にぶつけるようにして振るわれた斧で両手を打ちあげられる。
「そらよっ!」
「うっ!」
胴体に蹴りを貰い後ろに下がらせられる。恐らく、斧のアーツを入れることもできただろうが……、手を抜かれたのだろうか。
「パワーはあっても対人経験が足りないな」
「……ご指摘どうも有難う」
「牽制に細々としたものを使って来たのは良い判断だったが、その後が大振りじゃあ話しにならねぇ、俺が今したように決定的な隙を作らないと」
「そのようね。どうしたものかしら」
恐らくさっき使っていた《パリィ》は複数の武器などで使用できるのだろう。大分前にユズが使っていた《ピンポイントガード》と似たような物か。
「準備は良いか?行くぞっ!」
「……《パワースイング》!」
「《フルスイング》!」
私のアーツに合わせてぶつけてきたアーツごと筋力に任せて強引に振り抜く。武器を奪うまでは至らなかったが、腕を弾くのには成功した様でこちらに背中が向いている。
……しかし、さっきの蹴りの事を考えればこれはブラフと考えるのが妥当だろうか。
「……ふむ、引っかからないか」
「忠告された直後ならさすがに警戒するわ」
「それならわざわざ教えた甲斐があったってもんだ」
楽しそうに笑う男だが、笑っている最中も隙らしい隙はない。
「さて、続きと―――」
「ぐぶぅっ!お、お頭ぁ……」
「お待たせっ!お姉ちゃん!」
男が斧を構えなおそうとしたところで別の男が1人吹き飛ばされ、ほぼ同時にユズ達が私とお頭と呼ばれた男の間に割って入る。
「……」
「……ここまでか」
残念そうに男が斧を下げる。
「じゃあ俺も逃げさせてもらうかな!」
「えっ、うわぁ!」
「煙幕ですね。それから転移アイテムの類も使用されたかと」
勝負を続けられないと判断したらしい男が地面に何かをぶつけるとそこから大量の煙が出る。それとほぼ同時にその男の反応が《警戒》のマップからも消失した。
「逃げられちゃったわね~」
「ん、不覚」
「さて、カリナは姉さんに伸ばしたその手を諦めんとユミに打ち抜かれるで」
……一気に場の空気が緩くなったわ。戦闘も終了したので剣を鞄に仕舞い裾の埃を払う。
「で、お姉ちゃんは何でこんなところに来る羽目になったの?」
「……たまには冒険らしい冒険がしたいと思って森に入ったら罠に引っ掛かってここの地下牢に入れられたわ」
「ふーん」
笑われるかと思ったが、意外と興味なさげなユズの反応に安心する。
「しかし、あの男たちも出入り口がほとんどなく、こんな広くて入り組んだだけの城塞みたいな建物をよく使う気になった物ですね」
「実際に魔物が攻めてきたら兵の動員が間に合わんやろうな」
なるほど。この建物は外壁の役目を成すような建物だったわけね。まあ、それにしてはセリカの言った通り無駄に広く、対して通路が狭い。その上出入り口も少ないとくれば廃れて犯罪組織的な輩が住み着くのも納得がいかないでもない。
「じゃあ私たちはもう行くけど、お姉ちゃんは?」
「……私はもうログアウトして寝るわ。なんか疲れたし」
「分かった。じゃあおやすみー」
「おやすみ。ユズもほどほどにして寝なさい」
「はーい」
……結果的にユズ達を読んで助かったと思う。あの頭領は一撃を加えれば私の勝ちだったかもしれないが、恐らくその一撃を入れるのがそうとう難しかったと、そう考えざるを得ない。
ステータスもある。敵を倒すのに有効なアーツもある。なら足りない者はプレイヤースキルね。いつもこの壁にぶつかっている気がするわ。
PCを買い替える目処が立ったので復帰。
もうすぐこの2007年製の化石PCともおさらばなので使い潰すつもりで張り切って行きたいです。
しばらくはブランクが有りそうなのでいきなり週一更新とかは難しいと思いますが。
更新が止まっている間に届いていた感想も全て読ませて貰ってました。
厳しい意見もありますが、いつ見ても嬉しいものです。




