第68輪
森を奥へ奥へと進んでいくとさっきの熊のものと思わしき足跡が多数見つかる。わざとそれを無視して暫くに歩きまわってみたが、どうやら足跡は特定の場所から放射状に広がっているようだ。となるとその場所が巣か何かになると思われるけれど……、住処を奪われでもしたのだろうか。
動物で特定の場所から何度も何処かへ行くとなると思い当たるのはそんなところだ。しかし、この周辺で見つかった足跡はどれもそれなりに時間が経っているものなのでここ最近は住処に戻れていないのだろう。
「魔物にも色々あるのね」
正直魔物の力の上下関係なんてどうでもいいが、それは人に被害が出なければの話だ。人間側に被害が出るなら今回のように討伐依頼が出されてしまう。迷惑な話だ。
「さて、着いたわね」
見つけた足跡をどれもこれも追っていては非常に面倒なので、先ほどまで無視していた足跡を追って大元の場所に辿り着いた。見た目は良くある洞穴という感じで、入口の近くの土が踏み固められているのでかなり長い間この洞穴を住処にしていたのだろう。
今では何が居るのか分かったものではないが、ともかく進まなければ今回の依頼も解決しないのでもう少し頑張るとしよう。
「そこそこ広いのね」
洞穴の中は人が2人か3人通れるくらいの広さだが、高さは結構ある。それでも山の時の洞窟に比べると狭い。そもそもあの場所が広すぎるのかもしれないが。まあ、進むのに支障は無いので正直どうでもいいことではある。
洞窟内は所々に怪しい茸らしき物が生えているが、素手で触るのがはばかられる色合いをしているので回収は手袋か何かを用意してから来るとしよう。何かの材料になったりするだろうか。その辺りもそのうち考えるとしよう。
他には何かないだろうかと進みながら探して見たが、これと言って珍しいものは無かった。その代わりにこの洞穴の最奥に着いたようだ。
「今は何も居ないみたいね。今のうちに色々と調べるのが良いかしら」
とは言った物の、調べるまでもなく明らかに不自然なところが有るせいでそこだけ警戒しておけばいいだろう。ここまで封鎖空間の洞穴だったくせに天井にぽっかりと大きな穴があいているのだ。
その上、外から内に来たかことを証明するかのように最奥であるこの空間内に大小様々な岩が散らばっている。強引に天井を突き破ってここに侵入してきたのだろう。……そうなると余程パワーが有る魔物になるかしらね。
「来るまで待たないといけないわね」
待つ、と言うか何もしていない時間は特に苦にもならないのでこの場所でじっとしていることに抵抗は無い。言うならばただ暇なのが残念なところだろうか。ポーション類を作っていようかとも考えたが、相手が来た時に片付ける暇もなく攻撃されそうなので却下だ。
何もせずに待つのは苦にはならないとは言った物の、しかし、どうせならこういうときに攻略情報だの何だのを見たほうが良いような気がする。もちろんグランドクエスト関連以外のものに限るが。
「遭遇した魔物まで纏めてあるのね。名前が分からないのも居るようだけれど、ラック依存の確率と《見識》スキルか《知識》スキルで分かるのね」
最近魔物の名前が表示されないと思ったら、ただ単に運が良かったから名前が分かってただけのようだ。
少し読み流していると熊型の魔物の頁が有ったのでいくつか見てみる。このゲームを始めて最初の方に戦った〈グレイベア〉の項目もちゃんとある。各魔物に天敵の項目まで作られていると言うことはフィールドボスと言えど捕食されることが有ると言うことだろうか。後半になると初期のフィールドボスが雑魚のように出てきそうで少し怖い。
「ん、来たようね」
などと苦笑いを浮かべていたら《警戒》マップの端から赤い点がかなりの速さでこっちに一直線に接近してくる。この天井の穴の真上に来るまであと10秒かからないだろう。……、あと3、2、1……。
「………………?」
既に赤い点は真上に来ている。と言うか真上のまま動いていない。一体何が起きているのだろう、と天井の穴を見上げた瞬間だった。
「―――KYUWURRRUUUUIIIIIIN!!」
「耳が……!?くぅ!?」
耳の痛くなるような高音の鳴き声を上げながら大型の鳥が洞窟の中に槍のように墜ちてきたのだ。
幸い直撃はしなかったものの、その衝撃で地面が砕け辺りに砂埃と岩が飛び散る。もう少しで私も吹き飛ばされるところだった。この洞穴の分厚い天井を突き破ったのはこの急降下攻撃だったのか。
しかし、それなら戦う場所を間違えているだろう。この破壊力とスピードを十全に生かすならもっと広い場所で戦うべきだ。……メタな話し、もしかしたらこういうハンデなのかもしれないが。まあ、そうなるとこの周辺を攻略しているプレイヤーの手に余ると言うことだろうか。
「夜じゃないけれど、どうにかなるかしらね」
自分よりも確実に強い相手とはイベントの時と女王蜂くらいしか戦ったことがないし、その時は私以外の人も居たから倒せたが、今回は私1人だし場合によっては逃げることも考えなければいけない。
砂埃が晴れると、その巨大な翼をはためかせること無く鋭い爪の着いた足を地面につけてこちらを見下ろす鳥型の魔物。あの熊の背中の傷はこの足のせいだろうか。熊の足跡が途中で消えることが有ったのは途中でこいつに捕まったからということで良さそうではある。
しかし、この狭い場所ならほとんど飛ぶことはできないはずだし、気をつけるべきはくちばしでの攻撃と翼で殴られることくらいだろう。あとは踏みつけが有るかないか。
「ユズだったら喜んで飛びこんでいきそうだわ……。―――《ダークパイル》!」
様子見と言うには少し高レベルの魔術だが、貫通製のある物を選ぶ。そこそこの大きさある杭のはずが結構小さく見えるから困る。
「キュルルル……」
「……」
私の魔術をこの鳥は避ける素ぶりすら見せず、そのまま防御もせずに直撃を受けた。……はずなのだが。
「弾かれたわね……、夜でないと厳しいか」
余裕そうな表情のようなものを見せながらこちらを見下してくる態度には非常に腹が立ってくる。何か策がないだろうかと、次の手をどうしようか考えているうちに向こうが徐に翼を大きく広げる。
「……何処かで見たわね。鳥系の生物がファンタジーでこのポーズを取るの。何だったかしら」
「KYURYYWIIIIIIIIIIIIIII!!!」
「あっ、これダメな―――」
顎に手を当てて何時か見たことのあるようなこの状態を思い出そうとしていると、いきなり向こうが鳴き声を上げたかと思えば次の瞬間、羽がこちらに向かって逆立ったと思ったら弾幕となって押し寄せてきた。
「……どうやら、生きてるらしいわね。物量の暴力ってこういうのを言うのかしら」
とっさに近くの岩陰に隠れてやり過ごし、轟音が収まった後周囲を見渡す。
私の周辺一帯に足の踏み場もないほど突き立っている羽。1つ1つが小さいながらもクレーターを作っているところからその威力が窺い知れる。その証拠と言うべきだろうか。幾つか腕に貰っただけでHPがほとんど削られている。
さすがにこんなものが相手では、今の私ではまともな戦闘が出来る自信が無い。今回ばかりは逃げるしかないだろう。幸い、向こうは私が生きているのを知っているようではあるが追撃をする素振りは見せてこない。
「そのうちその余裕ぶった顔を斬り落としに来てやるわ」
「キュリリリィ……」
若干の悔しさを噛み殺しながら腹の立つ鳴き声と表情を背中に私はこの洞穴から脱出した。
遅くなりました。申し訳ありません。
先日200万PVを達成しました。これも読者の皆様の応援のおかげです。
この作品を書き始めたころは200万どころか50万すら遠い目標だったのですが、
本当にどうしてこうなった。
近いうちに記念のSSを上げられたら良いなと思っています。
現在、生意気にも軽くスランプ気味なので期待せずにじっくりまったりお待ちください。




