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第64輪

「《クレセントセイバー》!」


 先に仕掛けてきたのは向こうだった。距離が有るので普通に躱し、接近して剣を袈裟がけに振るう。もちろん当たるような攻撃ではないので避けられるが、続けざまに突きともう1歩踏み込んで体ごと回転して剣を振う。


「あまりこっちに来られると不味いんだけど」

「まともに防いだらこっちがやられるから許してくれ」


 タンカーの盾の裏から声が聞こえる。サクラ姉ぇの声ではないので、タンカーかもう1人のサポートに徹しているプレイヤーだろう。


「《クレセントセイバー》!」

「……せいっ!」


 再び飛んできた三日月の刃をタイミングを合わせて剣を振り、打ち消す。そして、そのまま前進。向こうも距離を詰め、剣を振って来たので正面から迎え撃つ。大剣だと手数の上で不利では有るけれど、その場合は攻撃を避けて対応する。


「アーツを通常攻撃で打ち消すのか……」

「話しながら剣を振る上にそれにアーツまで紛れ込ませている貴方に言われたくないわ」

「そのアーツだけ避けるアンタはどうなんだか」


 アーツだけを避けられる理由は簡単で、相手の攻撃の挙動が何となく固定されたものであると分かるからだ。ユズやユージも使うので流石に何度も見れば分かる。避けること自体については《蹴り》スキルを鍛えるときに同時にレベルの伸びた《見切り》スキルのお陰だろう。ドキリとする瞬間も結構あるが今のところ直撃を貰ってはいない。


「ふっ」

「うおぉ……、流石に女性としてヤクザキックは如何なものかと……しかもかなり強烈」


 剣戟の中に混ざるアーツ、恐らく使っているのは全て《スラッシュ》だと思われるが、それを避けた隙にたまたまガードの空いていた腹目掛けて蹴りを放つ。確かに形としてはそうなってしまったが、わざわざ指摘しなくてもいいでしょうに。


 蹴られた拍子に後方へ押された彼と間合いを詰め、更に剣を振う。タンカーの居る位置まではそう空いていない場所まで迫っているが、サクラ姉ぇがこちらを油断なく見ているので何となく誘導されている気はしている。


 少しわざとらしく相手の動きを見る振りをして自分の位置をタンカーから見て真正面に移す。


「流石に駄目か」

「サクラ姉ぇの魔術で足止めして2人で攻撃するつもりだったのかしら」

「結構鋭いな」


 いつの間にか復活していたシュウが私を挟んで軽戦士のプレイヤーの対角線上に立っている。それに気がついたのはついさっきだったが、微かに足音がしていたので薄々気がついてはいた。


「……流石に疲れてきたし、正直なところしつこいわね」

「それも含めての作戦だしな」

「こうも長いと眠くなってくるわ。……そういう訳だから、ちょっと悪いのだけどそろそろご退場願うわね」

「「は?」」


 相手が素頓狂な声を上げると共に大きく後ろに跳んで今の今まで隠していたそれを引っ張って巻きとる。


「うわっ」

「チッ……」


 インビジブル・ワイヤー、やっぱり見えない物って卑怯よね。向こうも姿を消して襲って来たりしたからこれでお相子だと思いたい。


「くっそー、いつの間に……」


 わざわざ答えはしないが、これを仕掛けたのは魔糸を伸ばしてシュウを追いかけ始めた辺りからだ。地面に垂らしながら移動を続けていたので、かなり面倒だったが、無事に2人を捕まえることが出来たので結果的に良しだ。


 サクラ姉ぇは気が付いていたのではないかと思わなくもないけれど……とりあえず自然回復でそこそこ回復したMPを消費して《月衝波》を放ち、2人に退場願う。


 これでこちらに攻撃を仕掛けてくる前衛は居なくなったけれど、どうにも違和感が残る。最初の大剣のプレイヤーだってサクラ姉ぇなら守れたはずだ。今の瞬間だって盾を出そうと思えば出せたのではないだろうか。


 ならば、考えられるのは……


「《マジックブースト》!」

「《エクスプロージョン》!!」


 今まで使って来たような魔術とは違う、複雑怪奇な模様を描いた巨大な魔法陣が私が居る場所を中心に複数展開される。どう考えても最上位の魔術だ。


 私はそれを避ける行動を取る暇すらなく一瞬にして膨れ上がった爆炎に飲み込まれた。













―――side Sakura―――




「……大丈夫?」

「私は何とか。ただ、途中から魔術のコストにHPも使ってたルゥは退場したわ」

「了解」


 自力ではコスト的な理由から同時に3つまでしか発動できない《エクスプロージョン》を、ルゥのバックアップを受けて8つまで増したものの、闘技場という狭いフィールドではやはりこっちも被害を受けてしまった。


 タンカーをやってくれているヤヨイやHPがフルの状態でヤヨイに庇ってもらっていた私は平気だったが、ルゥは耐えきれなかった。しかもまだPVPが続いているところを見るとモミジはアレを耐えきったことになる。我が妹ながら化け物染みている。


「サクラ、モミジちゃんは?」

「生きてるわ。後でルゥにしばかれ―――突っ込んでくる!」

「ッ!?」


 私の叫ぶような声にヤヨイが正面を向くのとヤヨイが後方に回転しながら吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。それをやった人物は1人しか居ない。


 8連エクスプロージョンですら1歩たりとも後ろに押されることが無かったヤヨイをいとも容易く上空に吹き飛ばしたモミジの正面には地面を抉った後がある。大剣をスコップのようにして地面ごとヤヨイを吹き飛ばしたのか。


 それよりも、正面で剣を振り上げたままの体勢のモミジから発せられる威圧感のようなもに体が縛られるような錯覚を受ける。例のアイテムを使ったのか元の身長に戻っているが、それでも身長的に見下ろす形になっているはずなのに、巨大な山を見上げているかのような―――


「《ハイスラッシュ》」

「サクラ、横に転がって!」


 後ろから聞こえてきたヤヨイの声にはっとなりとっさに横に転がり、振り下ろされた剣は地面に突きささる。


「《ブーストチャージ》!」

「ゼェェイッ!!」

「なっ!?」


 人間戦車とでも言うべき重量の突進をモミジは蹴りの一撃で止める。


 そこから先はこれまでパーティーを組んできた私として悪夢か何かとでも思いたくなるような光景だった。


 勢いを止められ、前方に向けてバランスを崩したヤヨイの右手の大盾をかちあげ、その後に横に振られた大剣が左手の大盾を吹き飛ばし、手を離さなかった右手の大盾を急いで正面に構えるも1回転して勢いをつけた大剣に吹き飛ばされ、袈裟がけに切られヤヨイが光の粒子になって消えて行く。


 僅か5手で私のパーティー、……いや、ギルドマスターすら務める現在私が知るなかで最強のタンカーが沈められた。


「《フルパワースラッシュ》!!」

「ぐっ―――」


 それが信じられず茫然としていたが、次の瞬間距離を詰めてきたモミジの攻撃にほぼ無意識に近い動作でとっさに正面に構えた短剣で防ぐが、壁まで吹き飛ばされ叩きつけられる。


 運がよくHPが残ったと思ったのも束の間、モミジがそれを追って剣を構えて突っ込んでくる。大剣が振り下ろされるその瞬間に思わず目を瞑ったのは仕方がないと思う。


「……………………?」


 いつまで経っても剣が振り下ろされた様子が無い。


 恐る恐る目を開けてみると、私の眼前に刻まれた小さな谷と突き刺さったままの大剣。そしてその傍らに大の字で倒れている、先ほどの威圧感はどこへ行ったのかと言いたくなる、ある意味見慣れてしまった小さなモミジ。


「……参った」

「え?……そう」


 そう口にしてもう動けない様子のモミジに、半ば茫然としながら震える手と口を誤魔化しながら短剣を突きたて、止めを刺す。


 全身から冷や汗が吹き出しているのに気がついたのは闘技場内が喝采に包まれ、PVPに参加していたプレイヤー全員が闘技場中央に再召喚された時だった。

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