第63輪
「明日詳しいことを聞きに行くから説明宜しくね。どうせ裏で色々有ったんでしょう?」
「……はい。……1つ聞いて良い?」
「何かしら?」
「怒ってたりする?」
「……サクラ姉ぇがやったことで私が怒るようなものに心当たりがないわ。そうやって聞くってことは私が知れば怒りそうなことをしているのだろうけど、その辺りも明日話して頂戴」
会話が終わって一拍置くと再び攻撃を仕掛けてくる。後方に跳んで回避し、様子を見る。気を使ってくれたのか、会話が終わるまで待っていてくれたようだ。律義というか何と言うか。
「2人とも下がって、《ファイアジャベリン》!」
「大体30本くらいかしらね……、どんな馬鹿げたMPしてるのかしら」
サクラ姉ぇの背後に某ゴージャスが宝を礫のように放つ時のように炎の槍が並ぶ。流石に全部避けるのは不可能だ。直撃コースで飛んでくるのだけ防いで残りは余波を喰らわないように避けるのが良いかしら。
「行くわよっ!」
「……っ《シャドウシールド》、《月衝波》!」
正面から飛んでくるのを《シャドウシールド》で防ぎ、シールドを避けるように飛んでくるのを《月衝波》で弾く。
「破れるのが早いわねっ、《シャドウシールド・サークル》!」
「《ライトニングシャワー》!」
「っ!?」
只の《シャドウシールド》3発も耐えられずに破られてしまう。移動を続けるから少し勿体ない気もするが結界魔術の補助も入れたのだが、真上から攻撃が降ってきたのでは厳しいものがある。
しかし、サクラ姉ぇが魔術系特化のプレイスタイルをしているのは知っていたけれど、今までの4種類の他に光と闇属性の魔術まで取ったのかしら。厄介な。それよりも問題なのはこちらの弱点の属性と言うことだろうか。確か被ダメージ300%だった気がする。
《ライトニングシャワー》の弾速は幸いそう速いものでもないので目視してからの回避が一応間に合っている。サクラ姉ぇの背後に魔法陣は残っていないので炎の槍はどうやら防ぎきったようだが大分MPを削られてしまった。割とすぐに回復してくれるけれど。
「《グランドウォール》」
「……」
距離を詰めようかと思った矢先に横一列に20枚ほど、非常に頑丈そうな土の壁がせり立つ。魔術の詠唱時間を稼ぐつもりだろうか。一応壁から距離を取り、改良したマナポーションを飲む。前だったらむせていた自信が有るが、改良済みなのでそんな事は無い。
「よくそんな物平然と飲めるなぁ……」
「飲みやすいようにしたのよ」
「へぇ、是非秘密を教えてほしいもんだ」
「残念だけど企業秘密よ。といっても貴方達のギルドなら簡単にこれよりもいいものを作りそうなものだけれど」
「へぇ……」
呆れたような声で呟くように言いながら斬りかかってくる軽戦士を薙ぎ払いで弾き飛ばし、着地点を狙って《ダークボール》撃つが、あっさりと回避される。さっきあんな状況になっておきながら随分と余裕が有るものだ。それだけこっちの動きに警戒していると言うことでもありそうではあるけれど。
「こちらも忘れないでほしいものだ」
「忘れはしないけれど、気がつかなかったりはしてるわね」
「防御が間に合っておいて何を言っているのやら」
「自分で言うのもなんだけど、これだけパワーのある一撃を容易くいなしているようなあなたに言われたくないわね」
相変わらず背後から攻撃を仕掛けてくる軽装のプレイヤーの攻撃を大剣の腹で防御しつつ反撃にでる。一応攻撃をいなしていても微小なダメージは入っているようでどことなく苦い顔をしている。
上からの振り下ろし、自分の腕を膝で蹴りあげての返しの刃と追撃をするが、相手が防御から回避に切り替えたので距離を取る。軽戦士が距離を詰めようと近付いてきているので魔術を使って牽制、一瞬動きが止まったところでこちらから距離を詰めて《横薙ぎ》を放つ。
しかし、狙ったかのように出現した三重の盾で防がれる。サクラ姉ぇの仕業だろうけれど、どれだけ射程が広いのやら。耐久度も高いし、スキルレベルが相当高いと見た方がよさそうだ。魔術スキルの他にも補助系のスキルをいくつか取っていそうでもある。
「はぁ……正面突破は難しそうね」
「俺達を倒しても壁が有るからなー」
「タンカーもまだ残っている。それに……」
「そろそろもう1度退避しないとな」
思わずため息を零しながら呟くと、追い打ちをかけるためなのか、それとも親切心か、わざわざ答えを返してくる。まあ親切心である訳が無いので精神攻撃のようなものだろう。何より1番精神的に来るのが、通常のPVPだと言うのに強固な要塞を落とそうとしているかのように錯覚させる向こうの守りの堅さと、ヒットアンドアウェイを繰り返す長期戦だろう。
要塞を落とす時は大抵壁を貫く様な圧倒的な攻撃力か、向こうの戦略を上回るような策が必要になってくるのだけれど、相手がサクラ姉ぇではあの壁を破ったところで3手ほど先までは考えているだろう。戦略という面ではこれを超えることは難しい。かといって、火力の勝負を持ちかけたところでさっき私のアーツを軽々と防いだあの防御魔法の存在が厄介だ。
常に状況が変化するこのゲームで詰みと言う状況はほぼ有り得ないが、こちらが札を下手に切れなくなる状態まで追い込まれたのは事実である。
「……ユズならどうするかしらね」
壁の向こう側に戻って行く2人を眺めながら考えるより先に行動を起こすようなユズなら何をするのかを考えてみる。こういう状態になった時は単純なことの方が意外に有効な手段になりうることがある。
それとは別に、サクラ姉ぇがイベントのボスに止めを刺した時と同じ魔術の四重の魔法陣が頭上に浮かんでいるが、こっちは大した問題にはならない。発動にももう少し時間がかかりそうではあるので耐える準備をする時間はある。本当は慌てるべき状況なのだろうけれど、不思議と冷静になってしまって逆に何か落ち着かない気分だ。
(ここなら大丈夫そうね……後は仕掛けるタイミングかしら)
やけに冷静になった頭で考えられた比較的被害の少なさそうな場所が数カ所。そのうちの1つに移動してサクラ姉ぇの魔術の発動のタイミングを待つ。アーツを使用するときにアーツ名を叫ぶ必要は無いと言えば無いのだが、技のイメージがしやすいという理由でほとんどのプレイヤーがアーツを使用するときにそれを口に出している。これは私やサクラ姉ぇも例外ではない。今回のような複雑な魔術なら尚更だろう。
「三重魔法陣、《ディザスター》!」
移動してから若干の間を置いてからアーツの名前が聞こえる。直後、頭上の魔法陣から若干黄色がかった光が降りてくる。
「《シャドウシールド・サークル》、《ダークネス・エンチャント》―――」
アーツの名前を言い切るとほぼ同時に辺りが光りに包まれる。黄色がかっていたのはやはり光属性が付いていたのか、 私が身を隠すように張った盾は数瞬で破壊され、実際に盾と言えるような役割を果たしてくれたのはエンチャントで属性を付与した大剣だけだった。
しかし、結果を言えばこの攻撃を耐えることには成功した。理由は割と単純で、サクラ姉ぇは円形の闘技場の円周を直線で結ぶように壁を建て、その壁を壊さないようにするためか、魔術の範囲を壁に当たるか当たらないかの所に指定したからだ。
立方体の箱の中にボールを入れると分かりやすいかもしれないが、直線の端と円の端が交わっている場合、交点から離れるほど隙間が大きくなる。その隙間に自分の身を押し込めて魔術と大剣を盾にして今回の魔術を凌いだ。しかし……
「状況は最悪ね……」
弱点属性のせいかHPはほとんど残っていない上、魔術の射出角度の調整でもしたのか壁にはほとんど傷が入っていない。逆にそのおかげで助かったとも言えるけれど。
急いでHPポーションを飲み干し、壁から距離を取る。すると、若干の間をおいて何度目かわからない2人が出てくる。
「なんだ、結構削れてるな」
「今のところ大抵のボスをワンパン出来るアレ喰らって生きてる方がおかしいって……」
「イベントのボスは無理だって言ってたけどな」
「……」
何かおかしなことを聞いた気がするけれど何も聞かなかったことにしよう。これでは私がボス扱いだ。HPが残り少ないのもあるし、ポーションを使っているような時間を取るのも難しそうな上、あの攻撃をもう1回やられようものならほぼ確実に私の負けになる。それならこちらから攻めるしかないだろう。
「……話しているような余裕はなさそうだな」
「ああ」
2人が口を閉じ、武器を構えなおしたと同時にユズの真似をしてそこそこの距離を一瞬で詰める。その勢いのまま軽戦士のプレイヤーの少し横に剣を突きたて、柄を使用して反回転から背中にひざ蹴りを叩きこむ。派手に吹き飛んだのを見るとどうやらサクラ姉ぇの魔術は間に合わなかったようだ。
「……えげつない速さだな」
「それはどうも」
軽装のプレイヤーが呟くのに軽く返事を返して斬りかかる。流石に真正面からでは避けられるが、背中で圧縮している魔糸を操作して地面に突きさし、体を強引に引っ張る。
今日の午前中にずっと練習をしていたのはこの魔糸の扱いだ。半径10メートル程度までなら魔糸の形状を槍のようにしたままでも操ることが出来る。それを地面に突き刺せば今やったように体を引っ張ることもできるし、攻撃の手段としても使える。おまけに枝分かれ状に伸ばせるので数に制限は無いと言っても過言ではない。
「また妙な物を使って……」
「隠していたら負けそうだもの」
私から距離を取ろうとする彼の後を新たに魔糸を伸ばしながら体を引っ張りつつ地面を蹴って追いかける。彼の足に謎のエフェクトが発生しているので何か補助魔法でもかけてもらっているのだろうか。それが無くても厄介な速さと体捌きが有ると言うのに。
「一体何本有るんだ?」
いつの間にか復帰していた軽戦士のプレイヤーが渋い顔をしながら考えたことを口に出している。HPがごっそり無くなっているところを見ると、さっきのひざ蹴りは結構効いているようだ。牽制として彼の正面に魔糸を3本突きたて、マナポーションを1本空にする。
「ちっ!」
「《シャドウシールド》」
追いつきそうになると反撃を狙ってくるのでシールドで防ぎつつ剣を振る。武器の質量と向こうの体勢的に吹き飛ぶのは軽装のプレイヤーの方だ。向こうから仕掛けてくれば魔術で動きを止め、魔糸で相手を狙う。
「おい、シュウ!そっちはダメだ!」
「―――ッ!?」
回避の着地点を狙って魔糸を伸ばし地面を穿つ。着地点が不安定になったことで体勢を崩したプレイヤー、シュウにさっき軽戦士にひざ蹴りを見舞った時と同じ方法で接近し、《横薙ぎ》で更に足を刈り取るり、相手の体を完全に宙に浮いたところで《ダークパイル・サークル》で串刺しにする―――はずだったが杭と彼の背中の間に光属性と思わしきシールドが3枚現れそれを防がれる。
この魔術の発動位置の正確さを見る限り、何かを使って壁の向こうからこちらの戦況を窺っていると思われる。一応私とシュウと言うプレイヤーを閉じ込めるような形で魔糸を地面に突きたてて行ったのだが、向こうの動きの幅が狭まる以外にこれと言ったメリットは無かったようだ。
「さて、行くわよ」
「……厳しいな」
再びマナポーションを飲み干し、剣を構える。魔糸は動かさない限りはMPを使うことは無いけれど、最大値が高いので1本程度では半分も回復してくれない。……サクラ姉ぇは私よりもMPの量が多そうではあるけれど、それなりのペースで魔術を使って来ているからマナポーションの他に回復手段を持っていそうだ。
「《月衝波》!」
「くっ……」
魔糸で塞いだ空間の広さは半径10メートルほど。完全な円を描いて囲うことはできなかったので所々直線が広いところが有るが、それでも元のPVPフィールドの3分の1程度の広さである。これを仕掛けたのは私だが、広さがこうなったのはサクラ姉ぇが原因の一端を担っている。
フィールドの一部分を壁で区切り簡単には攻め込めないようにするのは確かに有効とも言えるけれど、戦術にはデメリットが付き物だ。私のこれ場合は相手と一緒に狭い空間に居ることで相手だけでなく私も逃げられない上、さっきの合成魔術のような広範囲攻撃をこの閉鎖された空間に設定されたら避ける手段がないと言っても過言ではない。
しかし、空間が狭くなったのなら相手の避ける方向なども予想しやすい。《月衝波》のような広範囲かつ射出系の技なら尚更だ。《月衝波》を避ける為に上に跳んだシュウを追って、剣を振り上げながら同じように跳ぶ。
「《ハイス―――ッ!?」
振り上げながら放とうとした《ハイスラッシュ》は剣を振り上げようとした瞬間に柄を握った両手の手元に出現したシールドに遮られる。それどころか、手をぶつけた衝撃で剣を離してしまった。
「《スパイラルピアー》!!」
「《ダークシールド》!」
アーツの効果なのか、体ごと回転して彼の武器である短剣を突き出して襲いかかってくるのを何とか間に合った《ダークシールド》で防ぐ……つもりだったのだが、
「このアーツの貫通性能ならシールド1枚程度は貫ける」
「きゃあっ!」
《ダークシールド》に相手の短剣が触れると、1秒を拮抗すること無く無残にも穴をあけられ、次の瞬間には砕かれてしまった。私の使う《パワースイング》もガードクラッシュが有るけれど、相手が使うとここまで厄介とはね。
盾を貫かれた勢いのまま攻撃の当たった左腕を反射的に抑えながら《飛行》を使用して空中で体勢を整えてから着地する。地面に墜落したらそのまま追撃が来そうだったし、あのアーツはまだ続いている。急いで飛び退くと、その場所にシュウが回転したまま着地……と言うよりは着弾という表現が正しいと思えるほどのそれなりの衝撃と砂埃を巻き上げて地面に降りる。
「さて、どうしようかしら……」
砂埃が張れると彼の足元は抉られており、あのアーツをまともに受けていたらと思うとぞっとする。サクラ姉ぇの魔術のダメージは自然回復で多少はどうにかなっていたのに、今のでまた削られてしまった。しかも私の大剣は彼の近くに落ちている。状況は非常に悪い。
魔糸は動かそうと思えば動かせるし、新しいのを伸ばそうと思えばできるのだがマナポーションは残っていないのでMPを温存しておきたいのも事実だ。
「くそっ、硬いな」
後ろの方から声が聞こえるから何かと思ってみれば、この魔糸の檻を破壊しようとしているようだ。このPVPは装備品が破壊されないという設定だったはずなので壊すことは恐らく不可能だろう。
「余所見をする余裕が有るのか」
「武器を奪った途端に強気ね」
後ろから突き出された短剣を避け、蹴りを返しながら返事をする。武器が使えない状態になっても戦闘が継続できるように《蹴り》スキルも上げておいたのだ。この程度で詰みなどと考えてもらっては困る。
「近接戦闘のスキルを複数持っているのか」
「サブスキルってところかしらね」
短剣と蹴りで打ち合いながら言葉を交わす。どうでもいいことではあるが、結構な速さで蹴りを放っているのに体勢が崩れないのが不思議でならない。スキルの恩賜だろうか。現実だったら2回目には転んでいるだろう。
「……?」
「ぬぅ……」
打ち合いは30秒とやらないうちにシュウが距離を取ったことで中断される。突然短剣を大ぶりに振るったと思ったらバックステップで私から距離を取ったのだ。短剣を持つ手の手首辺りを抑えている所を見るに向こうにはダメージが入っているらしい。
それを見て今度はこちらから攻めに入る。数歩の助走をつけて跳びひざ蹴りで顔を狙って襲いかかる。もちろんガードされるので頭の上に手を置いて相手を飛び越し背後に周り、魔糸を操作して背後の大剣を持ちあげるとそのまま体を回転させて遠心力で大剣を叩きつける。
「シュウ、大丈夫か!?」
「何とかHPは残っている」
吹き飛ばした先には軽戦士のプレイヤーが居たようで壁に叩きつけられる事は無く、受け止められていた。何処かに人が通れるくらいの隙間でもあったらしい。もしかしたら無理矢理こじ開けたのかもしれないが。
「……丁度いいわね」
「は?」
「良い位置に固まってくれたわ」
私の呟きに素頓狂な声を上げる軽戦士のプレイヤーを無視して、私たちを閉じ込めるように地面に刺さっている魔糸を全て動かす。これでMPはほぼ空になるだろうけれど、こればかりは仕方がない。
「……また随分と」
「壮観ですなぁ……」
全ての魔糸を私の近くに移動させた後、先端を全て相手の方に向ける。
「てぇーーッ!!」
「伏せろォォォォォ!」
彼らに槍の壁が襲いかかったのは時間にして10秒にも満たない僅かな時間だっただろう。残念ながら彼らには避けられてしまい倒すことはできなかったが、本来の目的を達成できたので良しとする。魔糸は魔力切れによって元の長さに戻って私の左腕の袖の一部に紛れ込む。マナポーションは残っていないので自然回復を待つしかない。
「……シュウ達じゃなくって、初めから私の張った壁を狙っていたのね」
「壁の奥に引き籠ってばかりじゃ体に悪いわよ、サクラ姉ぇ」
「お気遣い感謝するわ。でも、その2人を倒さないとこっちには来れないわよ」
「そういうこった。第2ラウンド、おっぱじめるか」
動けないシュウを後方に押しやって軽戦士のプレイヤーが剣を正面に構える。ここからが漸く攻め時だ。
お久しぶりです。非常に遅くなってしまい申し訳ありません。
この時期は何かと忙しくそちらの影響でモチベーションが上がらなかった関係で約1カ月という時間が空いてしまいました。
やはり長期的に続けるものはモチベが大切になってきますね……。暫く投稿間隔が空くことが続くかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。




