第61輪
約20分後。昨日料理をした時についでに補充しておいたサンドイッチを食べ終わり、ちょっとした疲れも取れたので奥に進む。いくら進んでも変わり映えのしない洞窟の壁が続くので本当に進んでいるのか怪しくなる時もあるが、こればっかりは進んでいると信じるしかないだろう。
暫く進んでいたが、さっきの蝙蝠の大群が出てきたのが嘘のように魔物が出て来なくなった。これでこの先の洞窟内に何も居ないとなると少し不気味なところがあるけれど、奥に何かしらの原因が有ると考えてよさそうだ。
「……?何かしら、これ」
魔物がいない理由を考えながら進んでいると地面の壁際に小石程度の大きさの白い塊が転がっているのを発見。もしかするとこれが糖鉄というやつだろうか。手にとって《研究》スキルで確認してみる。
《劣化糖鉄》
採掘後かなりの時間が経過し表面が酸化した糖鉄。この状態になると内側から徐々に液状化を始める。
この状態でも食用利用は可能だが、砂糖としての味は数段落ちる。内部の液状化した部分は逆に味が濃縮されている。
「まあ、金属だし。劣化くらいするわよね……」
どちらかと言うと酸化なのかもしれないけれど、味が落ちるなどのことも考えると劣化で正しい……のかしら?細かいことは気にしない。
しかし、この辺りで漸く糖鉄が出てきたということはそろそろ洞窟の最奥と言うことだろうか。しかし、《警戒》のマップには敵の反応は無いのでもしかしたらボスがいるわけではないのかもしれない。
それでも念のため《警戒》スキルだけでなく目視での周囲への警戒もしながら先へと進んでいく。と言っても一本道なのでほとんど意味がないと言われればその通りである。
洞窟に入ってから約1時間半。この前のイベントで使っていたテントなら4つは張れそうな広さのある空間に出た。これ以上奥には道は続いておらずここで行き止まりのようだ。分かれ道の事を考えると洞窟でここが1番深いところだと考えるのは難しいが直進ルートでは間違いなく1番深いところだろう。
それから目に入ってくるのがこの空間の端のほうにある、さっき拾ったのと同じ劣化糖鉄の積み上がった山だ。採掘には危険が伴うとあの店の人は言っていたのでここに人がいるとは考えにくい。つまり、この洞窟内に居る何かが採ったと言うことになる。餌にでもしているのだろうか。
ついでにここの壁も少し掘ってみたが糖鉄は取れなかった。この場所は既に採りつくされてしまっているようだ。出来ればもう少し探検したいところではあるけれど、帰りの時間を考えるとそろそろ戻らないと駄目そうだ。明日がPVPじゃなければ分かれ道から別の方向へ行くところなのだが。
「ん?メール?」
帰る前に空間の端に積み上がっている劣化糖鉄を持って帰ろうと鞄に詰めているとメールが届く。差出人はサクラ姉ぇだ。こんな時間に何だろうと思いつつメールを開くと明日のPVPのルール変更とその他詳しいことのようだ。
特に重要そうな部分だけ見るとルール変更のみなのだが、その内容がPVPによってプレイヤーにかかる全ての補正を無しにする、だそうだ。多対一の補正を消すのと何が変わるのか分からないが、変更を知らせてくると言うことは何かしら変わると言うことだろう。
レベルもほとんど変わらず、これと言った収穫も無かったけれど今日は洞窟から引き上げよう。一応試しておきたいことは色々と出来たが、PVPは明日の昼からなのでそれくらいの時間はあるだろう。
―――side Sakura―――
「これでよし、と」
モミジにメールを送ってメニューウィンドウを閉じる。いきなり向こうでルールを変更したいなんて言った時はどうなるかと思ったけど、このくらいならモミジも軽く流してくれると思う。意外と大雑把なところがあるし。
「でもこれだと勝てないよなー」
「目的は勝つことじゃないから大丈夫よ」
私を含めた複数人でギルドの円卓を使って会議のようなものをしていたのだが、補正をなくすと言った本人が気だるげにそんなことを呟く。しかし、私の隣に座る人が言ったように今回の目的は勝利ではなく飽くまで大勢の前で戦闘をすることである。
目的は吸血鬼を選んだプレイヤーが居ることと、スペックが公式の提示したカタログ程度であることの証明。流石に妹をチート呼ばわりされるのはいささか不快なところがある。まあでも公式チートみたいなものなのよね。
今回のPVPでモミジが不正を働いていないことが証明できればこれからも問題なくプレイを続行出来るが、後ろめたい部分が無いわけではない。それどころか晒し者になるような時点でかなり不機嫌になってそうではある。
「でもさ、サクラ。これ完全に茶番みたいな物だよね、あの子怒らない?」
「怒るかもねー。まあ、怒られるのは私だし、気にしないで頂戴な」
「そういうなら良いけどさ」
まあ、終わったらちゃんと謝ろう。




