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第58輪

 翌日、朝食を済ませた後にログイン。


 PVPまで残り2日とあまり余裕は無いけれど、かといって焦っても何かがいきなり変わると言う訳でもなさそうなので、予定通り昨日手に入れた魔物の素材で久々に《料理》スキルを上げることにする。


 と言う訳で街中で邪魔にならなさそうな場所を選び簡易キッチンを広げる。組み立てたら意外にしっかりしたキッチンになるこのアイテムの仕組みが気になるところではあるけれど、考え始めたら夜も眠れなさそうなのでそういうものなのだと思っておく。


 とりあえず昨日倒して手に入れた元が魔物だった食材を取り出していく。《ダッシュキノコ》、収穫されそうになると飛び回るジャガイモ《フライングダンシャク》、収穫しようとすると飛び出してくるニンジン《キャロケット》。魔物食材はこの3種だけで、他は普通の食材を使う。


 昨日考えていたクリームスープは材料が足りないので諦める。キノコと野菜を使った料理だと何があるかしら。幸い、攻略情報や掲示板を開くことが出来るようにゲーム内からネットに繋ぐことが出来るので適当に調べてみる。


 数分程時間をかけて調べてみるとアヒージョが細かいものを買い足せば作れそうだったのでこれにする。ゲーム内での現時間は夜だが、人の通りが少ないのでキッチンは広げたままで大丈夫だろう。


 材料を買って戻ってくると、早速作業に入る。今買って来たニンニクをみじん切りにして、オリーブオイルに似た油を引いた熱したフライパンに入れる。塩コショウを振って、ニンニクに色が付くまで中火で火にかけておく。


 その間に他の食材を切っていく。魔物食材も普通の包丁で切れるようで助かった。普通の食材はナスやカボチャ等を選んでみた。どれも食べやすい大きさで薄く切る。


 切り終わったころにニンニクが丁度良い具合になっていたのでそのまま野菜とキノコを入れ、塩を振ってからフライパンの蓋を閉めて10分ほど熱する。


「このくらいなら現実でも簡単に作れそうね」


 熱している間に包丁やまな板を洗って片付け、盛るための皿を取り出しておく。片付けてから数分待つとできあがったようなので、皿に移しかえる。


 この時点でゲーム側で完成品と判断されるようで、アイテム名と製作評価が表示される。製作評価は4。昨日だか一昨日だか調べた情報だと今のところ製作評価9が一番良い出来らしい。


「いただきます」


 初めて作った料理なので少し自信が無いけれど、とりあえず食べてみる。


「魔物だった食材がイマイチね……、何か間違えたかしら……」


 元が魔物だったニンジン、ジャガイモ、キノコの3種があまり火が通っていないような気がする。ニンジンは硬いし、ジャガイモはえぐ味(・・・)が出てしまっている。キノコに至っては独特のにおいが出てしまって少しきつい。


 とりあえず完食して片付けてから何が原因なのか色々と考えてみることにする。普通の野菜はしっかりと火が通っているので調理法よりは魔物食材の下処理と言うか、もっと手を加えないといけないのかもしれない。


 なんだかんだで料理で失敗らしいことをしたのは今回が初めてだ。一応貴重な体験かもしれない。


「何で火が通らなかったのかしら……?」


 火が通らなかった理由について色々と考えを巡らせてみるが、それらしい原因は思いつかない。火力を強くしてしまうと他の野菜が焦げそうだし、魔物食材も表面が焦げるだけになりそうだ。


 試しに手持ちの数の多かったニンジンで火にかける時間を長くした場合どうなるのかを試してみたけれど、20分もそのままにしておくと表面が焦げて中が生の状態と言う結果になってしまった。ちなみに火加減は弱火である。


「……自分で考えても駄目そうね。誰かに聞くのが良いかしら」


 自分1人で考えて行き詰っているのも仕方がないので、この街の人に聞いてみることにする。周辺にこの野菜の魔物が生息しているこの街なら1人くらい調理法を知っていてもおかしくは無いはず。と言ってもまだ夜なので広い通りでも人は少ないので、朝になるまでまた野菜の魔物達を狩ることにする。





 昼食を済ませた後に再びログイン。新しい魔物食材は手に入らなかったけれど、結構な数が手に入ったので利用できるようになれば当分はニンジンとジャガイモとキノコに関しては困らないはず。


「さて、誰に聞くのが良いかしら?」


 朝になった街中は夜の間の人の少なさが嘘だったかのように賑わいを見せている。昼になればもっと増えるのだろうか。


「あれは……、屋台かしら?」


 街の大通りを歩いていると道の脇に祭でよく見るような屋台が並んでいるのが目に入る。まだ物を売っているわけではなく、今は仕込み作業をしているらしい。


 とりあえず話を聞ければいいので、1番近かった屋台の店主に話しかけることにする。


「すこし、いいかしら?」

「ん?まだやってねえぞ?」

「買いに来たんじゃなくて、少し聞きたいことが有るのよ」


 屋台の店主に話しかけると、まだ物は売っていないと言われるが今の用事はそれではないので、自分の用件を伝える。


「聞きたいこと?」

「ええ。この街の周辺に野菜の姿をした魔物がいるのは知っているかしら?」

「ああ」

「その魔物達を試しに調理してみたのだけれど上手くいかなかったのよ」

「それで、どうやって料理をしているのかを知りたいってことだ」

「そうよ。何かわかる?」

「うーん…………」


 こちらの聞きたいことを察してくれた店主だが、そのまま考え込んで黙ってしまった。


「俺が使うときは普通に焼いているだけだから、多分この街で使われている魔物の食材は出回る前に加工されてるかもしれないな」

「流石に仕入れ先は教えてもらえないわよね」

「ああ、悪いけどそうだな」

「気にしないで頂戴。使う前に加工されているかもしれないって分かっただけでも十分だわ」


 そう言って屋台を後にする。とりあえず調理する前に何かしらの下処理が必要だと言うことが分かった。面倒な作業じゃなければ良いけれど。





「悪いがウチは普通の野菜しか使っていないんだ」


「野菜の魔物?さぁ……?もしかしたら食べたことはあるかもしれないけど、料理したことは無いねぇ……」


「野菜の魔物なんかが居るのか!最近ここに来たばかりだから知らなかったよ。魔物って面白いのが居るんだなぁ」


 その後も暫く色々な人に聞いてみたのだけれど、屋台の時以上の収穫は無し。ゲーム内ではそろそろ昼間の時間帯になるころだ。少し疲れたので広場の噴水の近くにあるベンチに座る。


「こんなに歩いたのは久しぶりな気がするわ……」


 メニューウィンドウから時間を確認すると、昼食を終えてログインしてから1時間以上が経過している。買い物に行っても1時間はかからないのでここ最近で言うなら確実に1番長く歩いているだろう。サクラ姉ぇが大学に行くようになったから連れまわされることもなくなったし。夏季休業は例外だったが。


「それにしても……、一体どうしたものかしら……」


 カバンから《キャロケット》だったニンジンを取り出してこねくり回しながら観察してみる。《キャロケット》だったと言っても本当はドロップ品で、説明文にそう書かれているだけだったりする。


「あんた、《キャロケット》持って何しとるんかいの?」

「え?」


 気がつけば最近またアニメが溜まり始めているな、なんて考えていた私の目の前に柔らかい雰囲気をしているのに、やけに背筋の伸びたおばあさんが立っていた。


 私の持っている物を《キャロケット》だと言ったので、恐らくこの食材を見慣れているのだろう。


「ちょいと貸しんさい」

「あ、ちょっと……」


 おばあさんはそう言って私の持っていたニンジンを取り、日にすかすかのように持ち上げて見ているようだ。


「ふむ、まだ下処理がされてないねぇ。嬢ちゃん、やり方知ってるかい?」

「いや、知らないけれど……あなたは知っているの?」

「当然さ、今この街に出回ってる《キャロケット》の下処理はあたしの弟子がやってんだよ」


 誰かに教えてもらおうとは思っていたけれど、まさかこんな人に出会うとは。


「それで、下処理の仕方を教えてもらえたりは……」

「下処理って言っても簡単なもんだよ。表面の皮を1ミリ剥いて水に暫く付けておくだけさ。野菜なら他の奴もそうだよ。そうすると熱したときにすぐダメになる皮が無くなる。あとは水分を吸収して柔らかくなって火が通りやすくなるのさ」

「へぇ……」

「あと、皮をむいたら生で食べても大丈夫だよ。はい、《キャロケット》のスティック」


 そう言ってどこからか取り出されたニンジン……《キャロケット》をスティック状に切ってあるものを差し出してくる。とりあえず大丈夫そうなので遠慮なく貰って一口齧る。


「甘い」

「元が生きていたからね、栄養たっぷり糖たっぷりさ」


 甘いと言っても砂糖とかのように甘いわけではなく、ニンジンの独特の甘さが口の中に広がっているのだ。これなら結構食べやすいのではなかろうか。


「嬢ちゃんは《ダッシュキノコ》も持ってそうだね」

「え、ええ」


 何故持ち物が分かるのか不思議なところではあるけれど、気にしないでおく。


「時間がないから簡単に言うとね、《ダッシュキノコ》は表面から5センチは硬くて使えないだけだからね。じゃあ、あたしはもう行くよ」

「あ、ちょっと……」

「この近くに店が有るから暇が有ったら来ておくれよ」


 それだけ言うと急いだ様子でおばあさんは行ってしまった。もう少し詳しく聞きたいこともあったけれど、ベンチでニンジンを弄っていただけの私に話しかけてくれただけで有難いことだったのかもしれない。


 それにしても、一体何者だったのだろう。昔は冒険者だったりしたのだろうか。……何となく、今は礼は要らないから店に来て金を置いて行けって言ってたような気もしなくもない。


「まあ、良いけれど」


 手に持ったままだったスティックニンジンを口に放り込んで《キャロケット》の下処理に取り掛かる。


 この後もう1度アヒージョを作ったところ、製作評価は6で今度は美味しいものが作れた。

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