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第57輪

 夕食を済ませ、向こうで夜になる頃の午後8時になったのでログイン。


 ここ何回かログアウトをしている馬車の荷台で目を覚ますと、既に辺りは真っ暗だが、まだ馬車は動いているようだ。


「お、起きてきたな。丁度こっちも街が見えてきたころだ」


 御者台に顔を出すと、行商人が進行方向を指さしてそんなことを言う。それにしたがって前方を見てみると確かに建物の明りらしきものが見えてきている。


 マスドレイクのようにグランドクエストに関係している街ではないようだけれど、何も無いということは無いはずだから街が有るなら全部寄ってみたいと考えている。


「着くまであと20分はかかりそうだから周りの警戒でも頼む」

「ええ」


 20分もあれば魔物の1匹位は出そうなので《警戒》スキルをオンにする。すると、マップにちらほらと赤い点が浮かび上がる。しかし、これと言ってこっちに向かってくるような様子は無い。こっちに気がつくか、こちらから攻撃を仕掛けない限りは襲って来ないタイプの魔物だろうか。ユズもいつだったかアクティブがどうとか言ってた気がする。


 魔物が襲って来なさそうなので、適当に周りを見回しているとゲーム内で昨日見つけた草系のアイテムの他にも雑草とはまた違う気がする見慣れない物が有ったりする。それとは別に気になったのは花の類だ。最初に居た街周辺には無かった覚えがある。誰かが持って言って育てていたりするなら勝手に数を増やしていたりするかもしれないけれど。


「嬢ちゃんは夜でも外が良く見えるんだよな。ランプの燃料代が浮くのが羨ましいな」

「確かに明り無しでも見えるけれど、明りは有った方が見やすいわよ?」


 私は《暗視》が常時発動しているので真っ暗な外でも明り無しで結構良く見えるけれど、馬車を走らせている行商人や馬はそんなことは無く、前方にランプをかざして視界を確保している。燃料は油のようだ。


「で、何で急にこの話を?」

「目が光ってるのを見てな……」

「そう」


 すっかり忘れていたけれど、周りから見ると《暗視》発動中は目が光っているのだった。意識していたのは初めのころだけだったし。隠れる必要があるときなどは《暗視》を切るようにしておこう。こうなると、何か明りが確保できる物を用意する必要がある。丁度街に向かっているのだし、街に着いたら商店を見るのが良いだろう。明りになる物以外にも目ぼしい物が見つかるかもしれない。


「そろそろ着くぞ」

「分かったわ。……ところで、この街って何か変わった物とか施設とかはない?」

「何か変わった物?嬢ちゃんが何を欲しがっているのかは知らないが、ここの街は小規模な図書館が有ることと、大分値が張るが蜂蜜が売ってるってことか」

「そうなの?」

「ああ。この周辺には花がよく咲いているからな」


 確かに値段が怖いところではあるけれど、蜂蜜は貴重な甘味である上、薬効もあるそうなのでポーション等の材料にも出来そうだ。見つけたら少量でいいので購入しておきたい。


 これも自分で何とか出来ればと思わなくもないけれど、拠点すらも持っていないので仕方が無い。夕食前に調べたことによると、上級の薬ほど高度な設備が必要とも書かれていたので、何とかしたいところだ。PVPが終わったら遠くの街に引き籠って作業するのが良いかしら。


「さて、着いたぞ。……色々と助かった。ありがとう」

「……、どういたしまして。また何処かで会ったらよろしくね」

「ああ」


 そういって街の門をくぐった辺りで別れる。時間にして30時間ほど。ログアウトしていた時間を考えればもっと短いけれど、1人じゃない道中って言うのも悪くなかったわね。





 行商人と別れてから十数分。1度門の外に出て街の外周を回ってみたところ、それなりに広いが第一の街、第二の街程の広さは無い。3、4時間あれば街中を回れると思う。


 といっても、それは住宅街を含めての話であり、商店街だけなら1時間もかかりそうにない。基本的にポーション類はどこでも売っているらしいので薬屋やこの周辺なら売り物のさほど変わらない武器防具の店などはスルーして、目当ての蜂蜜を探すことにする。


「砂糖は良く売っているのに蜂蜜が無いと言うのも変な話よね。放っておけば普通に流通しそうではあるけれど」


 気になった店に入って砂糖を見つけたところで呟く。そもそも砂糖の原料になっていそうなものが栽培されているところを見ていないのにこの砂糖はどうやって手に入れているのだろうか。


「お嬢さん、蜂蜜を探しているのかい?」

「お店の人?」


 私の呟きが聞こえたのか、お店の人らしき中年の女性が話しかけてくる。やんわりとした雰囲気をしている。商店街のおばちゃんを思いだす。


「そうだよ。蜂蜜が欲しいなら、向かいの黄色と黒の看板をしたお店だよ」

「そう。ありがとう。ところで、砂糖はどうやって手に入れているのかしら」

「砂糖?砂糖は一般的には一部の野菜の汁を煮詰めて残った物が砂糖ですよ。それ以外だと、採掘で取れる糖鉄を細かく砕いたものだね」

「糖鉄?」

「このあたりだと森の奥の洞窟の壁を掘れば出てくると思うよ。砂糖みたいに甘くて、細かく砕くと液体に溶ける性質が有るんだ。ただ、鉄よりは柔らかいけど砕くのに手間がかかるし、採掘に行くにしたって結構危ないから余り店には並ばないね。甘みも強くて、飽きが来ないらしいから砂糖の中では良い値段がするよ。悪いね、少し長くなっちゃって」

「気にしないで頂戴。私としてはいい話を聞かせてもらったと思っているから」


 鉄みたいな砂糖なんてものがあるのね……。それが素材のゴーレムが居たら持って帰りたいくらいだわ。採掘のリスクは恐らく採掘中に魔物が襲ってくると言うだけだろうから私にとって問題にはならない。


「で、何か買っていくかい?」

「マナポーションはある?」

「1本100Gだよ」

「じゃあ10本」

「はいよ」


 蜂蜜を手に入れたら実験に使うので買っておく。効果と味の変化を調べるためだ。ちなみに前にサクラ姉ぇが私に飲ませたマナポーションは上位版ではなく10倍濃縮で良い値段がするものだったらしい。濃縮だけで効果が上がるとは単純な。


「いらっしゃいませー」


 店を出て向かい側の黄色と黒の縞模様の看板の店に入る。こっちの店員は若い人だ。


「蜂蜜が欲しいのだけど、いくら?」

「小瓶1つで1800Gになります。大きいものですと2500G、5000Gの物があります」

「聞いてはいたけれど高いわね……」

「まだ生産量が少ないもので……」


 バスタードソードを買ってもまだ余裕が有った所持金とは言え、この値段の物を纏めて買ったりするのは少し躊躇われる。まあ今後の為に買うけれど。


「……2500Gのやつを5本」

「12500Gです」


 残りの所持金が15万Gを切った。貯金をして置きたいところではあるけれど、その気になれば割と稼げそうなのでもう気にしないことにする。


 ちなみにこの2500Gの中くらいの瓶は小さいサイズの1.5倍くらいの大きさだ。そこそこの量を使うことになるだろうし、若干お得だったのでこのサイズの物にした。マナポーションと混ぜる実験は時間がかかりそうだし、1度やり始めたら何時間も続けていそうなので明日にしよう。


 朝になるまで残り2時間半ほどなので後はこの辺りの魔物でレベルを上げようと思う。あと魔物の素材を売って資金稼ぎだろうか。目的とは別にこの辺りの魔物に興味が有ったりするのが理由だったりもする。





 ここ周辺の魔物はこちらから手を出さないと襲って来ないようなので、《警戒》スキルのマップに映った赤い点に向かって進んでいく。


「……キノコ?」


 赤い点のある場所まで来てみると、不自然なくらいに大きく、周りに馴染まない色のキノコが鎮座している。まだそれなりに距離を開けているが、近づいた瞬間に状態異常を発生させる胞子を撒かれたり不意打ちされても厄介なので、逆に距離を開けて《ダークニードル》を当てて様子見をすることにする。


「《ダークニードル》」


 針は狙った通りに真っ直ぐ飛んでいき、そのままキノコに突き刺さる。その瞬間怪しく動いたかと思うと、埋まっている部分から足らしきものが出てくる。


「……足で間違いないわね。こっちに来てるし、接近される前に倒そうかしらね」


 スピードは遅いけれど、確実にこちらに向かってきているので遠距離攻撃の出来る魔術で迎撃する。


 無事に倒せたようで戦利品が手に入る。手に入れたアイテムによるとあの魔物は《ダッシュキノコ》と言うらしい。とても走っているとは思えない速さだったけれど。


「やっぱり食べれるのね……」


 手に入れたアイテムは説明文によると食用になるようで、調理の仕方によっては美味しいようだ。……クリームスープにでもしようかしら。


 その後も暫く周辺の魔物を倒して見たのだが、どれも野菜や果物のような魔物ばかりでここの街の砂糖の原料はこの魔物達なのではないかという考えが嫌でも出てくる。あとは料理の素材もそうなのかもしれない。


 明日はマナポーションの実験と魔物の素材で料理かしらね。

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