第55輪
既に太陽が昇り始め、空の端が朝焼けに染まりつつある。そんな状態にも関わらず、まだ行商人のいる所に戻るどころか、MPの残りも少ないため《エリア・シャドウシールド》も解除し、その上で飛行で高速移動を続けている最中だ。
「距離的にはそろそろのはずなのだけれど……」
いい加減〈ウルフコマンダー〉を追い掛けた時と同じくらいの時間を飛び続けているはずなのだけれど……、1回高度を上げて周りを確認してみる。
「あ、見っけ。結構近かったわね」
辺りが良く見渡せるくらいに高度を上げると意外と近くに馬車が見えた。狼の姿が無いのが気になるけれど、馬車が無事なので言ったことはしっかりとやってくれたのだろう。
そこまで距離もないのでそのまま飛んで行って馬車の近くで着地する。
「……戻ってきたのか」
「起きてたのね。少し手間取ったものだから時間がかかったわ」
日傘を取りだしたところで行商人が後ろから話しかけてくる。振り返ると、何か難しそうな顔でこちらを少し睨むように見つめてきている。
「本業が冒険者だと言っていたとはいえやけに強いと思ったら、嬢ちゃんは魔族だったんだな」
その言葉を聞いた瞬間、どことなくしまったという気持ちが沸き上がる。よく考えれば彼は人間で私はこっちでは吸血鬼だ。
「……魔族は嫌いかしら?」
「嫌い……というよりは怖い、だな」
「……」
「申し訳ないが、こればっかりは仕方が無いと思ってくれ。魔族の持つ力は人間と比べると強すぎるんだ。戦いになったら勝ち目のない相手にはどうしても恐怖心を抱くもんだ」
彼の言っていることは十分理解することが出来る。魔族、獣人、人間の中で最も戦闘能力の低い種族はと言われれば、基礎ステータス的にも特徴的にも確実に人間だ。
まだ獣人や魔族のNPCには出会っていないから断言はできないけれど、冒険者でない一般人NPCでも獣人や魔族の方が身体能力に優れているはずだ。
「私より強い人なんていくらでも居るけれど」
「そういう問題じゃあ無いけどな。まあお嬢ちゃんが魔族だからと言って何かするわけでもないから気にしないでくれ」
「……ええ」
プレイヤー同士なら気にする人も居ないが、NPCの間では種族の関係でそれなりの溝があるようだ。この行商人は余り気にしないみたいだけれど、中には完全に敵対視している人物がいてもおかしくは無い。
いつもは翼をたたんでいる上、髪で隠れているから良いけれどこれからは少し行動に気をつけなければいけなくなりそうだ。
「また荷台を借りるわね」
「分かった」
日も昇り、完全に朝の時間帯になったので満腹度を回復するために朝食を済ませてから行商人に一言断って馬車の荷台でログアウト。
VRギアを外し時計を確認すると既に日付が変わっている。色々と確認したいこともあったけれど、今からパソコンを起動するのも面倒なので調べるのは明日でもいいだろう。今は寝よう。
翌日。PVPまで後3日。いつも通り7時ごろに朝食を済ませると向こうで夜になる時間になったのでログインする。
馬車の荷台から降りると外は真っ暗で行商人は夕食の支度をしているところだった。周りの景色が変わっているので結構な距離を移動したのだろう。
それだけの時間が経過していても私は寝ていた、もといログアウトしていたので満腹度は寝る前から減っていないので何かを食べる必要は無い。
「昨日ちらっと見た翼と、起きてくる時間を考えると嬢ちゃんは吸血鬼か何かか?」
「随分と察しが良いわね。朝が苦手な魔族ってもっと色々居ると思うのだけれど」
「日に弱いと言ったら吸血鬼だしな」
起きてきた私に気がついた行商人が、既に確信を得ている様子で私に聞いてくる。一応プレイヤー以外の吸血鬼も日光には弱いらしい。起きてきた時間に関してはリアル側の関係があったりするので色々と違うのだけれど。
しかし、プレイヤー以外でまだ獣人も魔族も見ていないけれど、本当に居るのか怪しくなってきた。もしかしたら難易度が高くてまだ誰も他の種族の住んでいる場所に辿り着けていないか、マップが物凄く広いのかもしれない。あるいは両方か。
「少し聞いても良いかしら?」
「どうした?」
「貴方は行商人だから色々な所に行っていると思うのだけれど、その間に私以外で他の種族に会ったことはどのくらいあるのかしら?」
「俺は大陸の中心の方には行かないからな……、こんな端っこだと多くても20回ってところか」
この辺って端っこの方なのね。山の方にばかり行ってるけれど、反対側は海でも広がっているのかしら。これもログアウトしたら調べることにする。
「そう、ありがとう。そろそろ魔物も出そうだし、私は準備しておくわね」
「そうか。昨日の様子を見ると大丈夫そうだが、気をつけてな」
「ええ」
私が武器を取りだすことで変なプレッシャーを与えないよう行商人から少し離れてから武器を取りだす。一応、会った時と同じように気さくに話してくれていたけれど、何となく表情が硬かったりしていたのでどうしても気になってしまった。
このゲームのキャッチコピーから種族間の関係もプレイヤーが何とか出来そうでは有るけれど難しそうだ。
「大剣のアーツが増えてるわね、いつ25になったのかしら?私が忘れているだけかしらね……」
《警戒》をオンにして周りに敵対反応が無いのを確認してからステータスの確認をする。この手の物は私が面倒臭がって確認をしないからいつの間に伸びていたり、頻繁に見ることもないので印象が薄かったりでほとんど把握していなかったりする。ユズやサクラ姉ぇに言ったら致命的だと言われそうだ。
「……青い点?」
暫くステータスの確認をしていると《警戒》のマップに青い点が出現しこちらに向かってくる。そこまで距離も離れていないのでここからでも見ることが出来そうだ。
『バウッ!』
「あら、どこに行っていたの?」
青い点の正体は昨日の狼だった。胴体に血を吸った後が残っているので使役下に置いてある狼だろう。そうなると青い点は味方を表すものになるはずだけれど、行商人がマップに表示されていないところを見るとパーティーか何かを組んでいないと駄目なのかしら。
ユズ達と遊んだときに表示されていなかった理由が気になるけれど、レベルが上がったから映るようになったということにしておく。常にパーティーを組んでいればもっと早く気が付いていたかもしれない。
『クゥ~ン……』
「……日の光に当たるのはダメってことかしら」
『ガウッ』
何を伝えたいのかは分からないけれど、それらしい反応をしているのでそういうことにしておく。言葉で意思疎通の出来る魔物が居ればその辺りのことも聞けそうだ。
「……それにしても、魔物が来ないわね」
暫くしていると暇なのか狼が寝る体制に入ったので、私は狼のお腹の部分を枕にして寝転がる。毛は硬いがこういうところが柔らかいのは現実の動物と変わらないようだ。
行商人は少し前に夕食を済ませ寝袋に入っている。昨日だったら20体は軽く襲ってきている時間なのだが、焚き火に寄ってくるような魔物の姿は見えないしマップにも赤い点は映らない。昨日が特別だったのだろうか。
「暇だけど、ログアウトするわけにも行かないし……、敵が来ないなら周りで使えそうなものを散策しようかしらね」
魔物が来ないせいで静かな夜になっているため暇になっているが、体を起こせば見渡す限り草が生えている。戦闘以外でやるとなれば生産だろう。PVP用に用意する必要もあるし。
という訳で、とりあえず鑑定の必要のない薬草と霊草を目に入ったところから回収していく。次に何となく変わった形をしているような気がする草を片っ端からむしって行く。夜の採取作業はほとんどやらないから新鮮だ。
約10分後、未鑑定の草が100を超えたあたりで採取作業を一旦止める。未鑑定の草の形をしたアイテムは雑草でひとくくりにされているので変わったものが有ればとりあえず回収する必要があるから何かと面倒だ。
なお、この辺りにはイベントで入手したような毒草の類は無いらしい。もう少し森の方に行ったりすれば話は変わるかもしれないけれど。
「最近はポーションもマナポーションもレベルの上りが悪いのよね」
鑑定した結果雑草だったものを除けながら最近気がついたことを呟く。戦闘系のスキルは戦っているうちに勝手に上がるが、生産系のスキルは作ったことのある物を作り続けるより新しく何かを作る方がレベルの上がり方が良いのをイベントの時に体験している。
同じものを作り続けるのが悪いという訳ではないが、レベルを上げたいならやはり新しい素材を求めるべきだと思う。生産をしているプレイヤーは知っておいて損は無いだろう。伝える機会が来るかどうかは別だけれど。
「……?」
ほとんどが雑草で目新しい物はなさそうだと思い始めた時、鑑定しようとした草の根の辺りに白い小さな実のようなものがついていることに気がつく。
深いことは考えず鑑定してみると〈ヒプル草〉という名前のアイテムのようだ。名前からでは全く使い道が分からないので久々に《研究》スキルの出番だ。《魔術・回復》と入れ替えて〈ヒプル草〉の研究を開始する。
数分後、研究が終わると〈ヒプル草〉の用途がポップアップされる。どうやら薬効を強化するための物のようだ。これなら混合ポーションの強化やハイポーションあたりも作れるかもしれない。
ちなみにこの〈ヒプル草〉、薬効を強化するのは出来あがった薬ではなく素材の段階から混ぜた時で、その他に甘みが有るため甘味料として使われることが有るらしい。
実験も兼ねて色々と試すことも多いだろうからもうしばらく素材を集めることにしよう。これ以外にももっと色々あるかもしれない。
空も白んでくるくらいの時間になってきたけれど、結局魔物は数えるくらいしか出て来ず、《威圧》スキルで追い払えるものだった。昨日〈ウルフコマンダー〉を倒したのに何か関係が有るのかもしれない。
素材の方は薬効を緩和する〈イルム草〉、素材の反応を促進する〈ユーク草〉の2つを新しく発見した。
薬効を緩和する物が有ると言うことはそのままでは劇薬同然で使えない物が有るのかもしれない。反応の促進は万能薬を作るときに使えそうだ。朝になるまでの残りの時間は消耗品を作って潰すことにしよう。




